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2 ――平和な人生――

 遠くで学園の鐘の音が鳴り響いた。


 その頃少年は、何故アカツキ・シズクとローラン・ハーヴェストが自宅に居るのか、少しばかりの疑問を抱いていた。


 壁に掛かる時計を見ると、時刻は朝の八時四五分が少し回ったくらいで……。


 いつ招き入れたのだろうか。


 朝、やかましいチャイムの音に目を覚ました覚えがおぼろに蘇るが、それが夢だったのか現実だったのか、定かではない。


 彼等がここに居るという事実を考えれば答えは後者だという事が容易に分かるはずなのに、少年の脳は未だ寝ぼけているようだった。


 少年はそれを完全に醒ます為に仕方なくベッドから起き上がると、テーブルの上で盤上ゲームを展開していた彼等は気づき、顔を上げた。


「おいショウ、遊びに来たのに二度寝は酷いんじゃないか?」


 気がつくと机の下には無造作にビニール袋が放られていて、そこからは溢れ返っている菓子のパッケージの一部が顔を覗かせていた。


「そうよ。せっかく色々と持ってきたというのに」


 恐らく冷蔵庫は買ってきたであろう飲み物が豊富に蓄えられたことだろう。そこまでは良いのだ。まだ嬉しいと感じられる。


 だが――――この寄宿舎は女子禁制だった筈だ。


 嬉しくないといえば嘘になるが、もしコレが寮長にばれてしまえば自宅謹慎で済む話ではなくなってしまう。例え、誰もがするであろういかがわしい想像を実行していなくても。


 そんな微妙な心境に少年の頬は強張った。それを見て受けて、察したらしいシズクは穏やかな微笑を浮かべ、


「大丈夫よショウ君。ちゃんと許可とっておいたから」


王手チェックメイト。お前は死ぬ」


 そんなシズクの隙を突いて、ロランの手は素早く盤上を駆け巡る。脳裏に一閃が過ぎったようで――――彼の指は、素早く相手の強い駒と倒された雑魚駒とを入れ替えていた。


 そして次いで自分の駒にソレを倒させて……。


 卑怯極まりない戦法である。というか、規則ルールに違反する行為イカサマを実行した時点で戦法とは呼べない代物であり、規則以前の問題である。


ルール破りは必然的に私の勝ちになるけどね」


 そう言って、彼女が手を伸ばすとジャラジャラと金属片が音を鳴らす。どうやら――――タチが悪いことに賭博かけをしていたらしい。金属音は恐らく貨幣同士の摩擦音だろう。


 本当に彼女はクラス委員長で生徒会の一員なのだろうかと、彼は疑いたくなった。


 ロランは賭け金が奪われて行く様を心の底から悲しそうな顔で眺め、それからうな垂れた。


 どうやらアカツキシズクには慣れたようなので、少年は安心して、寝巻きのままベッドから立ち上がる。


 それからおぼつかない足取りで洗面所へと向かい、洗顔と口内洗浄を手早く行ってから、また寝室兼居間である部屋へと舞い戻った。


 戻ると時計は九時を少し回った所だった。


 彼はそれから、また部屋着から適当な洋服に着替えなおそうと考えた。そうするとシズクが不平を漏らし、少年は仕方なくまた洗面所で服を着替え、それからまた彼等の居る許へとやってきた。


 歩調は不思議に思うほど軽快で、気分は疑問を浮かばさぬ様な清々しいらしい。


 居間へ戻ると、彼等は既にゲームをやめていたようで、そのテーブルの上では菓子が展開されていた。少年は誘われるがままにロランの隣に腰を落とし、それをつまみながら、ふと聞いた。


「今日は何の用?」


「おいおい、忘れたとは言わせないぜ」


「ふふっ、そうよ。とぼけちゃいけないわね。ショウ君」


 彼等は得意気な顔で、何か特別な――――彼だけをのけ者にするような、特殊な一体感をまとっていた。


 奇妙な事もあるものだ。そう思って、少年は、恐らく刻んであるだろう、自分だけが忘れている約束事を思い出そうとするのだが、思い出せないので直ぐ首を振った。


「いや、本当に忘れちゃってさ」


「だったら」


 少年が言うなり、ロランはおもむろに立ち上がり、


「外へ出ましょう」


 同様に立ち上がるシズクは、彼の言葉を引き継いだ。





 ――――かくして彼等は、巨大な温室の様な建物の中へとやってきたのである。


 温室のような外見とは裏腹にそこは高層ビルであり、更に内部は受付フロア以外、鬱蒼と生い茂る木々などが自然的に道を作り出す。


 そこには魔物が生息していた。


 外に居る魔物と個人で戦うのは危ないから、という過剰保護的理由で作られた、対魔物模擬戦闘が一般的に行われる場所である。


 その建物は都市の端の方に作られていた。何が起こっても街に被害が及ばないように、と最大限の考慮の末であったらしい。


 ――――基本的に、都市内での武器携行は学園内と同様に禁止である。魔法も同じく。


 だから、この施設を利用するにあたって、武器を利用する時は受付に入場料を支払う際に、武器レンタル代を付け加える事で貸してもらう事が出来る。


 どんな長大な武器でも短小な武器でも、木の切れ端でもなんでも揃い、一律三○○ゴールドなのはお得といったところだろう。ちなみに入場料は一人六五○ゴールドである。


 また入場する際は、年齢確認の為に身分証明証の提示が決められていて、確認できない場合、また規定する年齢より下の場合は、中に入る事が出来ない。


 怪我や死亡事故などは自己責任であるが、怪我や死亡する事が容易に予想出来るものは極力避けたいというのは誰もが思う事だろう。


「お前が訓練に付き合ってくれって言ったんじゃねーか」


 鉄製の、トゲトゲが甲に付いた鉄甲を両手に嵌めるロランが嬉しそうに口を開く。


 隣のシズクは、短い薙刀のような武器を片手に、静かに微笑を浮かべていた。


 そして、ショウと云うあだ名が定着した少年の手には――――トゲトゲの付いた木製棍棒が、力強く握られていた。


「まずはレベル一○区域に進みましょう」


 階層レベルごとに別れている其処は上の階に行けば行くほど魔物がより強くなり、最上階には一○○レベルの魔物が居るといわれている。最も、十三階建ての其処では、九階――レベル七○区域――より上に行った学生は、記録上居ないとされていた。


 ――――魔物をどう制御しているのかわからない。だがその昔、地下牢獄でケロベロスを手なずけることに成功していた都市があるとの噂を聴いたことがある。


 火の無い所に煙は立たぬと言うし、少なくとも、魔物を制御する、あるいはある程度の凶暴性を失わせる事が出来る技術があるのだろう。


 それか――――魔物が逃げ出せないような、強力な結界を張っているのかもしれない。


 後者が有力だな。


 少年はそう考えながら、人用箱型魔導式昇降滑車エレベータに乗り込んで、それが三階――――シズクが言った、レベル一○の魔物が生息する階にたどり着くのを、頬を強張らせながら待った。


 階数を表示するプレートは順調に一から、二、そして三へと数字を進ませて……。


 ちんと言う軽い鈴の音と共に、僅かな振動が身体を襲い、負荷する重力は消え去った。


 ――――扉が開いた瞬間。


 淀んだ空気が身体を襲った。


 異様な、まるで別世界に飛び込んだような不快感に少年は思わず後ずさりすると、その背はロランの身体にぶつかって、


「ビビんなよ。……ほん、よくソレで魔王の前で意識を失わずに居られたと思うぜ」


「わ、わかってるよ。今度は愛用の武器もある。だけどあの時は、感覚が麻痺してて――――」


「言い訳はしないっ! ほら、行きましょうっ」


 情けなく身を縮こませる少年の手を引いて、シズクは先頭を歩き、そしてしんがりをロランが務める形となった。


 少年は決まりが悪くなり、彼女の手を引き剥がしてから、棍棒を握る手に力を込めていると――――耳を澄まさずとも、不意にその獣の唸り声は腹に響いてきた。


死招ヘルハウンドね。五匹……群れからはぐれたのかしら」


 五匹でも、この屋内ならば十分群れと判断しても良いものだろう。


 ところで――――。皆が皆、思い思いに武器を構える中、少年も漏れずに引け腰のまま棍棒を持つ手を下げて周囲を警戒する中で、疑問を胸の中で捉えた。


 この魔物たちの餌は一体どうなっているのだろうか、と。


 そう考えた瞬間――――脇の茂みが音を立て、一匹の狼がそこを飛び出し襲い掛かってきて、


「うわっ!?」


 悲鳴を上げたのは、手甲を勢い良く噛みつかれたロランであった。がちんと、牙と金属が音を立てた。


 次の瞬間、一筋の閃光が閃いた。


 そして一瞬にして、その首は胴体から切り離された。


 ずずずと、胴体は落ちて地に沈む。水がはじけたような音を立てて、またロランが生首を手甲から引き剥がして茂みに投げると、獣たちが引いて行くように、気配は徐々に薄れていった。


 先頭のシズクは血に濡れた刃を振って払い、それから背を向けたまま、


死招ヘルハウンドの牙には猛毒があるらしいから注意したほうが良いわよ」


 ロランは先ほどの出来事――数秒前の奇襲――を思い返して、背筋を凍らせて、カクカクと、小刻みに首を上下運動させる。


 少年はそれに軽く笑いながら腕時計を確認すると、時間は嫌になるくらい、あまりに余っていた。


 それから永きに感じる時間が、彼に大した経験にならぬ出来事を体験させた。

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