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ACT3.『休日』

 流れ行く時間はようやく、中間試験前の連休へと突入した。


 そのため、流石に風紀委員諸君も少年に迷惑を掛けることも無く、勉強をしているかは別として、大人しくしていた。


 そして、一年生には中間試験が無く、そのために試験中の一週間は丸々休みとなっていた。


 それは――――九連休の一日目、土曜日の事である。


「よォ、元気だったか」


 見舞いにいけなかった為に、迎えだけはどうしても行くとしつこく告げる少年に折れたロランは、病院の前で待っていろとだけ言って電話を切った。


 少年はそれから適当な外用の服に着替えて、言われたとおりに待っていると、三○分程経過した辺りで、彼は軽快に手を挙げ、軽い足取りで病院の中から現れた。


 電話を掛ける度に来るなと強く言われたので、少年はてっきり、実は本当に大怪我をしていたのではないか、と思っていたのだが、彼の様子を見る限りそれはないらしい。


 恐らく心配を掛けまいとしていたのだろう。もしくは、ただ単に恥ずかしかっただけか、など、理由は幾つも挙がるのだが、それ以上を考えるのは野暮のすることである。


 少年は手を挙げ返し、手に持つ紙袋を彼へと差し出した。


「おっ、気が利……かねぇな。退院早々嫌なモノを見せ付けんなよ」


 彼が嬉しそうに中を見ると、ここ一週間分のあらゆる授業の板書を写したノートがあった。そしてついでに、彼が貸していた本がその中に突っ込まれていた。


 ロランはあからさまな不機嫌を顔に表すと、少年は謝りながら口を開いた。


「まぁいいじゃん。今日は大事を取って寄宿舎の大食堂で小規模退院パーティ開いて、その後――――」


 言葉を遮って、不意に、聞き覚えのある声が、背中に突き刺さった。


「あれ~? もしかして、ショウ君じゃなぁーい?」


 ――――思わず背筋に悪寒が走った。


「あっ、本当まじにござる。おーい、ショウ殿ォ――!」


 そして頭痛が襲い掛かった。


 さび付いた可動人形のように首をかくかく動かして振り返ると――――ドライヤーに当てすぎて赤くなった髪を真ん中で分けるヤマモトロクロクと、何を勘違いしているのか、浴衣に刀を指したシップ=スロープが大きく手を振って近づいてきていた。


 なぜ彼等がいるのだろうか。偶然出くわした、などと言う事は絶対にありえない。仮に可能性があるとしてもほんの○、数パーセントの確率である。


 ある面においてはある程度の信用、信頼に置ける彼等でも、それ以外の面では絶対的に信用をしてはならない彼等である。


 そんな不完全と思わしき信頼関係を保ちたく、また保たなければならないのに――――。


「よっショウ!」


「お早う、でござる」


 なにやら、白いシャツに黒いベストを着て、さらに黒いネクタイを緩めて装備し、とんがった靴を履くヤマモトは、ちゃらちゃらしているのかフォーマルなのか、よくわからない格好であった。


 しかしどうも、この二人組みは良く見かける。仲が良いのだろうが、変態と似非侍という組み合わせは珍妙な事この上ないのだ。


 ふと気がつくと、人見知りを公言しているロランはそんな彼等――主にスロープ――から距離を置いて、口を閉ざし視線を逸らしていた。


「え、えぇ。お早うございます。えっと、先輩方は、どこかへ勉強をしに?」


「勉強はしたくないでござる。というか、しなくても余裕なのでござるが……」


「はは、余裕ですね。まぁ学年の違う二人がいるんですから、勉強ではないんですよね。因みに他の連中は何処で監視を?」


 この二人に探りを入れるのは無駄な話。直接尋ねた際の反応を見れば、少なくとも監視をしているか居ないかの判断材料くらいにはなる。


 だから少年は狡猾に視線を尖らせながら辺りを睨みつけているのだが、姿はおろか、気配すらもみつけることができない。やはり伊達に学園の戦闘員的役割についている訳ではないようだ。


 そんな中、ロランはただ、早く帰りたいなぁ腹減ったなぁと人事に考えていて、少年の苦悩などには全く気づいていなかった。


「監視?」


「むぅ、他の連中と言われても、我々は中間試験が始まる前に息抜きをしようと散歩していただけにござるからなぁ……」


 彼等は揃って左上方向へ視線を流した。


 口はぎこちなく笑ったようにゆがめられていて、どうにも嘘の隠せない彼等なんだと理解して、少年はロランへと振り返る。


「それじゃあ行こうか」


「あ、あぁ」


 少年はそう言ってロランを促し、ヤマモト達に軽く頭を下げてその場を後にする。


 彼等はその姿をじっと見送って、仕方が無いよな、と共に言い合い、肩を落として少年等とは逆方向へと足を向けた。





「なんなんだ、あの仮装ペアは」


「風紀委員の人たちだよ。多分、”あの時”先生やレイドさんが魔王に勝てなかったのは、僕がその場にロランやアカツキさんを連れてった所為だから……。っていう風に、僕がいつまでも引きずっていて、更に昨日、魔王のあの演説があったから、余計気に病んでるのかと勘違いしてるんだと思う」


 彼の推測は当たっている。


 最も、一年で――――不良に絡まれた際の会話を聞かれた為に、かなり”ひねくれた人間”だという印象を周囲に、無自覚に与えてしまっているので、元々はある程度の”監察”をされる予定だったのだが。


 風紀委員に入ったものが皆受ける洗礼というわけではなく”殊少年に限り”であった。そしてその少年は、魔王に関わった関わらないを別にして、初めてノートリアスが見込んだ人間である。故に、風紀委員内では、ある程度、良くも悪くも特別視をされているのだ。


 だから彼等が積極的に接するのだが、最も、シップ=スロープ辺りは個人的にお気に入りらしいので全ては個人の判断である。


 彼等はその”監察”の事を指摘されたのかと思って視線を逸らしたのだ。ちなみに監察は諜報員の少年少女の仕事のため、彼等には活動中か否かの判断は伝えられないために、わからない。


 ヤマモト達はただ純粋に、少年の後を付けて接触しただけである。


 ――――ヤマモトロクロクは、隙あらば性的嗜好の話に持ち込んで、話が合うか否かを判断し、スズ・スターはその貧弱さを鍛えなおそうと。そしてユーリヤ・ピートはひたすらに関心がない。


 諜報員二人組みの心情は誰にも分からぬが、どうやら居れば興味を示すらしい。犬猫と同じようなモノである。


 そしてノートリアス。彼は何を考えているのか、よく喋る分、諜報員の彼彼女等よりも、一層分からなかった。


 それは少年の推察が未熟なのではなく、ノートリアスが本心を完全なまでに表にださないが故。


 いくら想像力豊かでも、実在の人物の心情を考えるにあたり、飛びぬけた思考はできないので、少年はいつも彼のことには頭を痛くしてしまうのだ。


「――――なるほど。俺の代わりにお前が入ってくれたのか」


「やめてよその生贄だとかお供え物だとかで悲劇を免れたような発言は。多分、学校行き始めたら付きまとわれると思うよ。罠に掛けられて強制的に入会――――」


「そいつは酷い言い草だなショウ君」


 ――――病院から寄宿舎までは一時間ほどかかる歩き道である。タクシーやバスも利用できるのだが、個人的経済状況が芳しくないために、徒歩が暗黙の了解なのだ。


 そして彼等が現在歩く場所は、病院の前にある大通りを左に曲がり、真っ直ぐ歩いているところで……。


「酷いって、本当に強制的だったじゃないですか。ノートリアスさん」


 彼は緑髪を風になびかせ、颯爽と彼等の前へ登場した。


 なにやら普通の、シャツにジーンズ姿であるために特徴を捉えきれず、少年はその派手めな頭でようやく誰なのかを把握できた。


 少年が反論すると彼はにっこりと、それが嬉しかったように笑って、


「だったら、強制的でなければ良いんだね?」


「っ……、はい」


 しかしどちらにしろ、ロランは風紀委員に入ることになるのだろう。


 少年が委員会に居るから、というのも理由の一つであるが、彼には心に秘めた一つの思いがある。


 それは――――人見知りを直すこと。


 彼は騎士の家系である。


 そのため、将来は騎士になる事を約束されているのだが、騎士になればコミュニケーション力が必要になってくるだろう。そして人と人との争いが起きれば、人を殺さなければならない。


 人に慣れてもいないのに、その命を自らの手で断たすことなど、想像を絶する――――。ロランはそう考え悩んだ末に、この学園の、人が最も多い冒険科を選んだのだ。


 最も、この事実は彼の心の内に秘め死ぬまで隠し通す故に、誰も知るよしは無いのだが。


 一ヶ月以上経過したが直らない現在、彼は酷く悩んでいたことに、少年は気づかない。最も、それは仕方の無いことでもある。隠しているのだから。


 ――――彼の問いかけに、少年は仕方なく頷いた。その瞬間、ノートリアスは標的ターゲットを挿げ替え、少年の背後に佇むロランの両目を視線で貫いた。


 彼はそれに驚き思わず肩を大きく弾かれたように揺さぶると、次いで、その耳に言葉が飛び込んだ。


「ローラン・ハーヴェスト君。君は一年生、未だ一六歳だというのにレベルが八○という優秀さだ。その力、持て余していないかい? その力、有効活用してみたいと思わないかい? ……まずは身近で、多くの人間に慣れてみようとは思わないかい?」


「……えぇ、まぁ」


 ぶっきらぼうに彼は答える。なんら動揺はせず、その低く鳴らした喉は常どおり。少年は緑頭の奇妙な問いかけはともかく、そう判断した。が、ノートリアスの判断する点はそこではない為に、同程度の頭の回転でも、その思考は大きくずれていた。


 彼は瞳をじっと見た。目は口ほどにものを言う。それは体言したように、視線は質問を完全に理解した瞬間、戸惑ったように宙を二、三度空転して、やがて右へと視線を向ける。


 口は堅く一文字に閉ざされたが、恐らく次の質問に対する答えは良い結果だろう。


 ノートリアスはいつもの、異様な自信のある口調で、次を口にした。


「だったら、風紀委員に入って見ないかい? 勿論、体験入会もあるから、考えてみてよ。もしその気があったら――――試験明けの月曜日、ショウ君と一緒に、委員会室に来てくれ給え」


「……、はぁ。わ、はい」


 ロランは戸惑いつつも返事をして、ノートリアスは笑顔のまま、「それじゃ」と軽く手を挙げて背を向けた。


 そして少年は――――あまりに予想外な展開に、思わずたじろいだ。


 口数が少ないロランでも、そうそう言葉をかむことはない。人が苦手でも、いや、慣れていないだけか。そうであっても、冷静に言葉を選んでの返答だ。


 だというのに、彼は一度どもった。「わかりました」と「はい」のどちらで返答すべきかを迷ったのだ。


 それは――――その返事を、口にする直前まで思考をさせられたということ。返事をする余裕が失せたと言う事である。


 つまりは――――心を、わずかでも動かされた、という事に結びつく。


 即ち、彼の心は既にどちらかに決定しかけていて、またノートリアスはそれを確信しているのだ。


 彼が一枚上手だったか。いやしかし、最近はどうにも、変人だからといってその人の本質まで貶して下に見てしまうことが多いかもしれない。


 この判断ミスは、――魔王のせいで疲弊していても――自分のせいである。


 少年は大きく深呼吸をして、再び隣へやってくるロランに歩調を合わせて、寄宿舎を目指した。

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