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6 ――平和の終わり――

「疲弊し、油断が大きく出たレベル一七相手に、全力を尽くして行動に出ればレベル五でも逆転は可能であると君が実証したんだ。少しは誇ればいいよ」


 ノートリアスは椅子に座りうな垂れる少年へと、励ますように声を掛けた。


 少年は体力の消耗と痛みが激しく、指先に力も入れることが出来なかった。ユーリヤから治療をされたものの、それは簡単なモノで、回復魔法を使用されないものだった。どうやら生真面目に学校の規則を守っているらしい。


「それで結局、あの人はどうなったんですか」


 彼はどうでもよさそうに首を振った後、大きく息を吐いてから、病院送りにされた男についての疑問を投げた。


 ――――風紀委員会室には夕日が差し込んでいる。時刻にしてみれば既に一七時を過ぎているのだろう。


 諜報員役の少年少女はその場に居らず、皆心配そうに少年の周りを取り巻いている。なにやら妙な緊張が走るそこで、ノートリアスは軽い口調でソレに答えた。


「偉そうに注意し停学だの退学だの言ったけど、結局のところ全ての判断は生徒会に任せてあるからね。正直なところはわからないし、その結果が出るのも彼が退院した後だろうね」


「なんっか、凄く適当じゃないですか」


「ボク達は飽くまで不正を見つけて注意する。それで素直に頷かなかったら強行手段に移るだけの組織だ。ただ特別、ちょいと激しい行動が許されているだけだからね」


 少年は顔に貼ったガーゼを優しく撫ぜながらその言葉を聴いた。

 

 彼等の行動は果たして自分の信念に突き動かされたものだったのだと、少年は俄かに理解し、少しばかり、また見直した。ただ自分勝手にやりたい事をしていたわけではないのだと、そう考えられるのだが、尊敬は出来なかった。


 会長机の横の長机に座るヤマモトは暇そうに窓の外を見て、腰の刀の柄を終始握っているスロープは少年等の様子を伺っていた。


 スズ・スターは腕を組んで静かに、扉のない出入り口近くの壁に背を預け、ユーリヤは会長机にて生徒会へ出す報告書を書き綴っている。またノートリアスは、何かを感じたようにふと窓の外を、その真赤な夕焼け空を見て――――。


 次の瞬間。


 その大空は、一瞬にして漆黒の闇に包まれた。





 帝国『ズブレイド』。城の最上階に、中身のない腕部分の服を風になびかせながら、彼、レイド=アローンは北の空を睨んでいた。


 空は黒く、全ての光がその闇に飲み込まれてしまったような威圧感を孕んでいた。どこかで魔物の咆哮が鳴り響いて、彼は強く歯をかみ締めた。


 彼が睨む北の空には――――二日前には不完全だった”魔王”がその身を完全に復活させて現れていた。


 だがそれは幻影に過ぎず、本体はどこかに隠れているのだ。背景は無く、ただ空にその身を巨大に映して、やがてソレは、口を開いた。


『諸君。愚かな人類諸君。聞こえているかな、私の声が。最も聞こえてなくとも関係ないがな』


 不気味に歪む声が大気を介さず頭に届く。

 

 城の外。城下町で街人の悲鳴が轟いた。それが連鎖的に広まって、あたりはやかましくなるのに――――その声だけは、鮮明に脳に響いていた。


『私の傷は癒えた。この体躯も、昔のままよ。無論、そのためには犠牲は付き物だったがな』


 どくん、と。レイドの心臓は高鳴った。拳に力が籠り、自制の利かない指先は手のひらに食い込んで、血を滴らせる。だが感覚の麻痺する身体に痛みは無く――――数百年前と同じ状況に、彼はただその姿を見ることしか出来ないで居た。


『憎き勇者の生誕の地を我が住処とする事にした。ただの廃都市にするには勿体無いのでな』


 クククと気味の悪い笑い声が口から漏れて脳に響く。


 勇者の生誕の地とはすなわち――――ロンハイド王国のことであり、また都合よく勇者が現れるかもしれないという、僅かな希望は、彼の中で決定的なまでに断たれてしまう。


 不意に、絶望が心を襲った。不安が全身を身震いさせる。無力感が、彼の足を崩させて――――。


 レイド=アローンは何も出来ぬまま、どうしようもない位、敗北感を得てその場に倒れていた。




 城の失せた北の孤島では、砂の城を建築していた魔族が居た。


 彼は膝くらいまで出来たソレを踏み潰して、空を見た。その顔は酷く苦く、煮えたぎる湯を飲まされている最中のようだった。


『勇気ある者……違うか。自殺志願者は我が許へ来るが良い。死を実感する暇も無く、その身に死を与えてやる』


 魔王はまた不気味に笑い、マントを翻す。どこか気取った動作は何故だかよく似合っていて、二本の角の、片方が折れている魔族は唾を吐いてまた空を見上げた。なんだか魔王を見上げているようで、酷く気分が悪かった。


「いやに仕事の速い奴だ。だというのに、死ぬ事だけは人一倍遅いときやがる。……タチが悪い野郎だ」


 そう吐き捨てて、魔族は空へと飛び立った。


 向かうべきは、そう――――最も親しき友人の許。





「魔王……?」


 ソレはふと呟いた。


 魔王、それは世界を支配し悪行の限りを付くす絶対悪である。彼はそう理解していた。


 そう、ソレは”自分にとって最も必要な相手”であり、”最も縁のない相手”であった。


 彼の人生の中で長きに渡り求めてきた存在が、やはり要らぬと、無駄だと心の底から思った瞬間に、現れたのだ。彼の中に現れた虚脱感は、彼の想像を絶していた。


 神とは一体何者か。どれほどまでこの自分にいやがらせをすれば気が済むのだろうか。


 ――――漆黒の肌が、筋肉で膨らんだ。暗黒の一本角が、暗闇に煌めいた。


 アレは恐らく”先代”が倒した筈のものであろう。魔界から、新たな魔王が現れる気配は一切無かったからだと、ソレは判断し、頷いて、


「俺はどうすべきなのだろうか」


 ――――彼の時代に魔王は居なかった。魔王とは常に勇者と対になって現れるが、勇者は人間である故に、定期的に地に落とされる。


 だから必然的に、魔王の居ない時代――――勇者それが要らない時代が存在してしまう。


 そんな時代は、力があるが故に勇者は淘汰され、その人生を終えるのだ。酷く悲しく虚しい、意味のない物語は、幾度と無く始まり、終えてきたのだ。


 魔王は勇者の為に在り、勇者は魔王の為に在る。


 だが今回の魔王は勇者不在だというのに現れてしまった。先代の魔王であるために、彼の片割れと言っても過言ではない勇者は現れる事は無いのだろう。


 だとしたら、ようやく――――出番なのか?


 彼は魔族の身を抱きながら、小さく唸る。溜まった静電気が弾けた様な痛みが胸に走って、思わず身を屈めてしまう。


『平和に呆けた貴様等に、この私は殺せぬ。この時代での賢い判断は、逸早く命を絶つ事だろうな! クハハハッ!』


 不要だ。俺の存在は要らない。こいつを殺すための力ではないのだ。


 自分の敵ではない。眼中に無いのではなく、入れられない。自分の為の魔王ではないのだ。


 そもそも、この身体では――――。


『しかし、魔族諸君。貴様等に募集を掛けよう。私に従いたい者は無差別に抱え込んでやろうと云う事よ。三日後、日が落ちるまでとする。賢い判断を、私は望んでいるぞ』


 そして不意に、その巨大な魔王の影は空から消えて――――直ぐに空からは、夕日が差し込んだ。


 まるで今までの漆黒や脳に伝わる嫌な声は無かったように、空には偽りの平穏が取り戻されていた。


 彼は眩しく、日を腕で遮りながら、人間と圧倒的に異なる自身の身体を再び見て、やはりと、首を振る。


 勇者とは云えど、それは”人間”に限る話だ。今の俺には関係がない。ただ今すること、今出来る事は、少しでも魔王からの被害を抑える事。


 かつて”少年”だった一本角の魔族は、決意に満ちた瞳を夕日に輝かせて、大空へと飛び立った。





「なるほど。”噂”は”本当”だったと言う事か」


 彼、ノートリアスは落ち着いた様子で、掛けても居ない眼鏡の位置を直す仕草をして見せてから、いつもの口調で言葉を発した。


「魔王を封印していた小島にて、その封印石が失せたという話を聞いた。そしてつい二日前、背丈格好は今の姿と明らかに異なるが、マントと、内に着る鎧に、あの顔つきを持つ”良く似た少年”が、学園長であるレイド=アローンと、この教員であるシャロンと健闘していた、という噂があった。そしてその場に、君と、アカツキ・シズクと、ローラン・ハーヴェストが居たという噂もある。これは事実かどうかは、別にして――――魔王はかくして復活したと言うわけかい」


 こいつ、まさか全てを知った上でこの僕を……? 少年は疑念を抱いたが、今はそれどころの話ではない。


 あの姿は確実に、以前、目の前にした魔王本人である。そうに違いはないし――――その力は全盛期のもの、あるいはそれ以上だと判断して間違いないだろう。


 そうなると、この世界に彼を倒せるものはいるのだろうか。いや、居ない。


 かつて彼を封印した勇者と同じパーティに居たらしいレイドとシャロンでさえ半殺しにされたのだ。何とか命が助かったのは、謎の魔族のお陰である。


 魔王の目的は未だ判然としないが、最早希望など持っていたとて無駄なのは確実だろう。


「”復活した”という事は、唯一彼を倒せる勇者の誕生は望み薄だね。魔王には勇者が一人だけ。勇者には、魔王が一人だけだからね。だから、新たな存在はない。生き返ったり、また現存する勇者の血族がどうにかしてくれるのなら話は別だけど、その血縁者の存在自体、二○○年前から途絶えているからね」


「ちょっと、不安になることを言わないでよ」


 ユーリヤが震えた声を上げる。常どおりの威圧的な態度は何処へやら、ペンを持つ手は震えていて、それでも気丈に吊り上げる目は不安を隠しきれては居なかった。


 少年は彼女の発言から気がついて、あたりを見てみると、魔王の再誕発言はこの小さな風紀委員室内にまで影響を及ぼしている事が良く分かった。


 まずヤマモトロクロクは、外を眺めていたはずなのに、気がつくと椅子の下に隠れていたり。


 シップ=スロープは床にへたり込み、刀を抱いて強く目を瞑っていて、さらにスズ・スターは――――好戦的に、拳銃を二挺引き抜いて、誰よりも勇ましく、誰よりも頼りがいがあるように辺りを警戒していた。


 ノートリアスはいつもと変わらぬ様子で言葉を続け、そして少年は、痛みなど忘れたように、思惟に忙しくなったように、一点だけを見つめて動かなくなっていた。


「スズさん。さっきの見えた?」


「あぁ。なんとか、だがな。やはり暗闇などで物を見る場合は少し厳しい気がするが」


「そう。――――それじゃ、とりあえず今日は解散で。皆、お疲れ様」


 ノートリアスは皆に聞こえるように声を上げると、彼等は静かに行動をし始める。皆緩慢な動作で数分掛けて出て行って、残るのは、未だ報告書を書き終えていないユーリヤと、少年。そして、その前に立つ、ノートリアスだけだった。


 彼はそうして辺りが静まり返ったのを確認してから、冗談っぽく口を開いた。


「魔王、空に知ろしめす。そしてこの世は大惨事ってね」


「洒落になってませんよ」


 少年が即座に口を挟むと、彼は軽く笑って、そして何でも無い様に、言葉を続けた。


「君、都市伝説って、信じるかい?」

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