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4 ――休み時間――

 二人一組で組み手を行う戦闘実技の授業を心優しい男子生徒に手取り足取り教えてもらいなんとかこなした少年は、着替え終えてから廊下の端にある自動販売機へと赴いた。


 その横には扉があり、そこをあけると移動用魔法陣が六つ、二列になって三つずつ並ぶのだが、基本的には一年生には使用されない。というか、利用出来ないのだ。


 起動させるための、発動させるための魔力量が足りないとかいう問題ではなく、レベルで認証し起動するものであるために。


 なぜそんな面倒な事をするのかと言うと、レベルを上げる向上心を持たせるためだという。勿論、その効果があったらしく、殆どの者は大きくレベルを上げて、そして殆どのものが移動に魔法陣を使用しているという話だ。


 それだけでも移動用の魔法陣がどれほどまで便利なのか窺い知れて、またレベルの足りない者の向上心を湧かせる、という仕組みらしい。


 最も、自分には関係の無い話だろうが。少年は自虐的に心中呟いて、サイフから銅貨を取り出し、自動販売機の硬貨挿入口に落とす。


 箱型の機械内に落ちた硬貨は小気味良い音を鳴らして、サンプルの下のボタンを点灯させた。


 少年はその中から適当なモノを選んで、ボタンを押すべく指を伸ばすと――――不意に背後から伸びた黒い一閃が、素早く、暖かいコーンスープのボタンを叩いた。


 どんと、やかましく自動販売機は音を立てて、さらにがこんと、少年の求めたものとは遥かに異なる缶スープを吐き出した。


 一体どこの馬鹿野郎が――――そう思って振り返ろうとすると、不意にまた、後頭部に突きつけられる銃口がかちゃりと音を鳴らした。


「あたしの名前を言ってみろ」


 またこの変人ばかか。というか、風紀を取り締まる委員が一体なぜ風紀を乱しているのだろうか。


 少年はなぜ彼女がここに居るのだとか、風紀委員としての自覚がどうだとか、そんな事は一切言及せず、聞かれたことだけを口にした。下手を口にして”ズドン”とされては困るからである。


「えっと、スズ・スターさん、ですよね……」


「先の授業は見ていたが――――なんだあの貧弱ぶりは。貴様それでもアストロノースに見定められた男か?」


 彼女は自分の質問に対する答えに反応せず。


 さもそれが当たり前のように。


 まるで秘密の合言葉を言い合ったように。


 言えて当然という風に、彼女は本題らしき話題へと移った。


 それだけでも少年の精神に負担がかかるのだ――――が、更に、その登場人物の名前に聞き覚えが無かった。だがあたかも知っているような口ぶりから察するに、恐らく少年も知っている人間なのだろう。


 だから少年は、その語感からなんとなく、似たような名前を記憶から引っ張り出して口にした。


「もしかしてノートリアスさんの事――――」


 言いかけた、否、言い終えた瞬間――――背後で、彼女は気でも違ったように『バンっ!』と叫んで、


「口ごたえをするんじゃあない。貴様、本当だったら今ので二度目の死を迎えたぞ」


 いつ一度目の死を迎えたのか甚だ疑問であったが、尋ねると恐らく、答えも聞かずに三回目の死を迎えてしまうだろう。


 いや、精神的な意味かもしれない。彼女が現れた所為で、少年の貧弱な精神は既に幾度か死に掛けている。だが、彼女がそんな自虐するとも思えないので、恐らく違うのだろう。


 謎を謎のまま、自分の心の中で葬り去って――――しかたなく「すみません」と謝罪をしてから、少年は缶スープを取ろうと腰を曲げる。


 すると、尻を蹴り飛ばされた。


 理由わけも分からずバランスを崩す少年はそのまま自販機に頭を激突させて、首に鈍い痛みを走らせた。身体が動かなくなるような、下手をすれば致命的な痛みである。


 少年がうずくまり両手を首の後ろで組んで唸る中、スズ・スターは得意気に鼻を鳴らした。


「ふん。軟弱だからアンタは転んだのさ。次の授業はサボりな、あたしが鍛えてやるよ」


 銃をクルクルと回転させた後、華麗に太腿に縛り付けてあるホルスターに差込み、彼女が言った。少年は長く続く痛みの波長が弱まり、完全に引くのを待ってから立ち上がり、そして振り向いた。


 キツイ口調の割には然程目は吊り上がってはいない。彼女の顔を見て少年はそう判断したのだが、それは間違いである。


 必死に眼を見開いてこめかみに力を込めるのだが、そもそも垂れ目気味故に普通の目に見えてしまう。


 彼女は大きな瞳と垂れ目が相まって柔和な雰囲気を作り出せるはずなのだが、性格が真逆であるために、そのなまじ美形な顔造りは半ば無駄なモノとなっていた。


 栗色の短髪は無造作に立ち上がり、百獣の王を表しているようであるが、どうにもだらしなく寝癖を直していないようにしか見えない。


 そんな内面と外見が食い違わない彼女を改めてみて、少年の口から出るのは一つの溜息だけだった。


「シップ=スロープさんと遊んでてくださいよ」


 呆れた風に息を漏らし、また小ばかにするように肩をすくめて背を向けて、求めてもいない熱々の缶スープを取り出してブレザーのポケットに、彼は入れた。


 そうすると――――彼女はいつにない真剣な眼差しで、再び、何百何千と練習してきたであろう拳銃の引抜きを素早く、慣れた手つきで行って、向き直った少年の眉間に銃口を突きつける。


 ひんやりと、そこから無機質な冷たさが伝わった。


 どうやら面倒くさすぎて相手を適当にしすぎたのかもしれない。


 彼女は怒っている。


 無駄にプライドの高い彼女は確実に激昂している。


 このままでは引き金を引くかもしれない。


 ――――そんな事を、酷く冷静に察知する彼は、この状況では八方塞がりなのを自覚していた。


 同時に、彼女がそう簡単に引き金を引く人間で無いことも知っている。自分に逆らえば、自分に不満を持たせたらズドン、だなんてのは仮想現実おはなしの中の台詞だ。


 プライドが高い彼女が、自分の思い通りに動かないからといって相手を殺す筈がない。良い意味で誇りが高いのだ。自分の思い通りにならなければ、思い通りにさせてみせる。彼女はそう考えるだろう――――多分。


 そもそも、幾らなんでも学校内での殺人はいけないだとか、それ以前に人殺しがいけない等の常識くらいは持ち合わせているだろう。


 そんな性格は全て少年の推測である。だから少年が一秒後確実に生きている、なんて保証はないし、だからといって死んでいる、という保証もない。ただ、言動からの簡単な推察に過ぎないのだ。


 だから少年は、静かに彼女の言葉を待った。


 そうすると間も無く、彼女の唇はそれぞれを引き離して、その健康的な色のソレを大きく開いて言葉を紡いだ。


「死ねえっ!」


 その表情は一瞬にして怒りに満ちて、口は大きく開かれた。指を掛ける引き金は一気に絞られて――――。


 だがその発砲音は、弾き出される魔法の弾丸は、何処にも響かず、何処も貫く事は無かった。それは、明らかな妨害が横から入った事が原因であり――――その撃鉄は、落ちきれぬ様に動きを止めていた。


 少年がふと顔を横に向けると、額から一筋の汗を流すクラス委員長――――アカツキ・シズクの姿。


 彼女は右手を伸ばし、手を開いて、何か――――その撃鉄を指差すような格好で立ち止まっていて、彼女が発砲を止めてくれたのだと、少年は直ぐに理解できた。


「武器の携行は規則で禁止されているはずですが……? スズさん。私も魔法を使いましたし、それでチャラって事にしましょう。……退いてくれますよね?」


「ふっ、あたしに逆らって良いと思ってるのか?」


生徒会わたしに逆らって無事でいられると思っています?」


「ちっ……、おいショウ! 後で覚えていろ!」


 完全な敗北だと悟る彼女は情けない捨て台詞を投げつけて、特に慌てた風も無く移動用魔法陣が設置されている部屋へと向かった。シズクは弾丸の信管が反応しない様に、慎重に撃鉄を元の位置に寝かせてから、ふうと息を吐いた。


 彼女は汗を拭ってから、口を開いた。


「今朝の話で概ね事情は理解したけど……、スズさんに目を付けられるなんて災難ね」


「うん。でも、風紀委員がこれほどまでとは、思わなかった」


 あらゆる意味で。


「勉強が出来る馬鹿達の集まりって言っても過言ではないわ。最も、ちゃんとした活動を始めれば、真面目なんだけどねぇ……」


 たちが悪い人たちよ。彼女はそう会話を締めて、教室へと促した。廊下には人が多いのにも関わらず、助けに来てくれたのがシズク一人だけ、というのは、風紀委員の悪い噂が有名だという事だろうか。


 そして――――そんな十把一絡げされてしまう中に、彼は入り込んでしまう、否、入り込んでしまったのだ。


 少年は熱々の缶をポケットの中で転がしながら、シズクの隣で小さくまた、溜息をついた。

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