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3 ――顔合わせ――

『そのまま誤って舌噛み千切って窒息しろ』


 不法侵入してきた上級生に急かされて朝早く登校した少年は、早速、風紀委員へ挨拶にと連れてこられたのだが、その部屋の扉の前に立つと、そんな不穏な言葉が不意に飛んだ。


「……あの、”風紀委員”ですよね」


「うん、間違いなく風紀委員だね」


 穏やかな変人は何でも無い様に答えて見せた。どうやら自分の思い違いではないようだったのだが――――だからこそ、少年は不安を禁じえなかった。


 風紀を守る人間たちが居るはずである。あらゆる意味でレベルの高い人間たちが、この扉を隔てた向こう側に居るはずである。


『貴様このそれがしを愚弄するというのならば今この場で――――割腹せよ』


『しねーよっ! なんで自分から!? 理解できねーって』


 にしても、少なくともエリート校で通ってる割には口の悪い人間が多すぎでは無いだろうか。馬鹿丁寧なのが良いというわけではないが、少なくとも内なる感情を表に出しすぎなような気もする。


 この会話を聞く限りでは、学園へ入る事が出来る条件は、ただレベルと知能が高いことだろう。適性検査などは恐らく、無意味に近い。


 ――――だとしたら、なぜ僕はこの『自由学園』へ入れたのだろうか。


 知能だけが良かった、というのも納得ができるような気もするが、レベルが圧倒的に足りなさ過ぎる気もする。少なくとも、僕の次に低いレベルが九なのだ。そんな現実を見ては、そう疑問を抱かざるを得ないだろう。


「はは、もう嫌になったかい? 口は悪いけど、そう悪い奴等じゃないから――――」


 男の言葉を遮って、不意に轟音が目の前から迫った。


 肉薄するのは音だけではなく――――その茶色い、巨大な石版じみた壁も少年たちへと高速度で迫り……。


「うわ――」


 咄嗟に身構える少年だが、そんな行動のみで保身出来る筈が無く――――上級生は落ち着いた様子で一歩前に出ると、そのまま斜めに構えて腕を突き出した。


 次の瞬間、襲い掛かる扉は、その突き出した手に接触して――――全ての動きが静止した。


 凄まじい衝撃が空気中に波紋となって広がり、受け止めた際に生じる音は同じような激しい音を掻き鳴らした。


 男は扉の勢いが完全に失せたのを確認してから扉を投げ捨て、声を上げる。


「まだ朝七時にもならない時間だというのに、君たちは随分と早い登校じゃないか? っていうか、勢揃いじゃないか――――ま、それは置いといて」


 つかつかと校内履き用の革靴の裏を鳴らして、扉が失せた室内へと入場する。少年は騒動が収まってから入ろうと、その背を見守った。


 男が見る、その室内は――――なんら変わらぬ風景に、人員に、図式だった。


 赤いブレザーを着て、それに相反する青色のネクタイを締める二年男子は血気盛んに腰元で構えた刀を抜きかけている。


 対峙する、少年、緑髪の男と同色のベージュ色ブレザーを着て、抹茶色のリボンを締める三年女子は二挺の拳銃を床に対して平行に構え、引き金に指を掛けたまま男を睨んでいた。


「この状況でどうすれば扉が吹っ飛ぶんだ? というか、中間試験一週間前だから、一年生以外は皆休みのはずなんだけど……」


 だが彼は、来ていると確信して少年を連れてきたのもまた事実。


 一般生徒には嫌味になるかもしれないが、彼等は腐っても風紀委員に所属する力、知能を持つ人材なので、中間試験程度ならば授業さえ真面目に聞いていれば問題は無いのだ。


 彼が呆れた風に肩をすくめると、彼等が対峙しあう奥の長机に腰掛ける、紺色のブレザーを着る、抹茶色のネクタイを締めた三年男子が声を上げる。ここぞとばかりに、救いを求めるように。


「暇だから全員集合だとよ。それで、またいつもの口論だ。格好つけて逆手で不器用に刀を使ってる所に、こいつが、一挺ずつしか扱えない拳銃を二挺抜いて馬鹿にしたんだよ」


「なっ――――巫山戯ふざけけるなよ”ヤマモト先輩”! 拙者は……」


「某か拙者か、一人称ハッキリしろよ似非えせ倭皇国人わこうこくじんが!」


 対峙していた赤ブレザーとベージュブレザーも同時に会話に入り込んで、その場は再び活気を取り戻し、やかましくなる。鬱陶しいと言い換えてもよいだろう。


 だから男は大きく手を叩くと――――乾いた発砲音じみた音が辺りに響いて、一瞬にして風紀委員室内には静寂が蘇った。


 ――――そこは全ての学科のホームルーム棟が作り出す円の中心部である。


 そこには数多の実験室や保健室等が内蔵されている巨大な建物があり、また別に巨大な図書館、体育館などが存在する。


 公園のような構造で、そこらかしこに巨大な建造物があり、またそこから自由に様々な学科の棟へ向かえるようになっている。つまりは学園の中心と言っても良い場所である。


 そして委員会棟、三階建ての二階部分、廊下の突き当たりにあるのは風紀委員室。


 内部構造は簡単なモノで、扉を開けた真正面に会長机が鎮座しており、その両脇に、扉と対面になるように配置される長机。そこから壁に沿ってまた机が並んで――――という風に、ディベートがしやすい様に机が並んでいるわけなのだが……。


 そうすると、自然的に中央部分には空きが生じる。


 そうすると、口論の際には大抵その場に当事者が火花を散らしながら肉薄してしまう。


 そうすろと、今現在のような状況が出来上がってしまうのだ。


 ――――現在、その三人の他には、後三名の委員達が部屋の隅に固まっているだけである。


 委員会は、通常全学科の全学年から人材を募る為に、入会退会の嵐が落ち着いた後に会員数を数えても、少なくとも五○人ほどは居るはずなのだ。


 生徒会のような組織でも今現在は二○人以上居る。だというのに――――この風紀委員は、少年と会長を含め、現在の会員数を九人で留めていた。


 その中には赤ネクタイを締める一年生の姿は無く――――果たして彼等の存在が新規入会に悪影響を与えているのか、入会させるに値する”質”を持つ人材が居ないのか、この状況では分かり難いものである。


「僕は後悔しているよ。そのうち一般人に淘汰されるだろうと思ってた変人たちが、まさか逆に一般人を淘汰して、この場に変人の園を作り出すとは思わなかったから」


「アンタが言ったって説得力ねえっす」


 ヤマモトと呼ばれた三年男子は目に掛かるほどの長い髪を掻き揚げて、息を吐く。どうやらこの場では彼が一番まともらしいと、少年は客観的にそう思った。


 彼がそう言うと――――部屋の隅で固まっていた中の、オレンジ色の髪をした女子が机を勇ましく飛び越えて、だがしかしスカートの内部構造を決して露にしない華麗な動きで着地し、緑髪へと指を指す。


「この委員会を統べる会長と、副会長のアンタが一番ヘンなのよ! あと、あたかもこの場の全員が変人みたいな言い方は止めて欲しいわ」


 長い髪を頭の両脇で結う彼女は、緑色のブレザーに緑色のリボンを締めている。


 彼女はそうして、いつものような高圧的な態度で口を開き――――その背後に佇み、今にも逃げ出そうな腰つきの少年を視線の先で捉えた。


 直後、身体が硬直する。


 足元から動かなくなっていく身体を生々と感じて、視線が揺らぐ。


 これは悪い状況だ。彼女は心の中で叫んだ。


 緑髪はその瞳の微妙なたじろぎだけで全てを理解し、鼻を鳴らした。


「ショウ君! もう入ってきていいよっ!」


 ――――少年は不意に言葉を振られて肩を大きく弾ませた直後、風紀委員室内の、視線という視線が、眼球という眼球が自分を捉える緊張に臓腑を喉許まで迫り上げて、それを強く飲み下してから、促されるままに中へと入った。


 それから緊張した面持ちで男の隣に並んで、乾いた喉で唾を飲み込んでから、口を開いた。


「あ、あの……えー、規約違反気味に入会させられた、キ――――」


「あだ名はショウだ。気安く呼んでくれ」


 またもや名前は発表できず、そして訂正する間も無く。馴れ馴れしく本人が言うべき台詞を横取られている間に――――腰に刀を携える、紅ブレザーの二年男子が颯爽と彼の前へとやって来る。それから酷く嬉しそうに、その表情を崩して、少年の両手を包み込むように手を握った。


「あ、あああ、あ、あの、そ、某、君の一年先輩にあたる者なのだが、初めて後輩というものを持てて感激でそうろう


 無理がありすぎではないか。何かに――恐らく倭皇国で侍と呼ばれる戦士――に憧れてこんな口調をしているのだろうが、口調やらなにやらが、全てごっちゃになっていてワケが分からなくなってしまっている。


「拙者の名前はゲジンマル。外の世界ではシップ=スロープで通っているのでそう呼んでくれて構わないでござる」


 頭が痛くなる環境だ。


 一番初めに心の中に浮かんだ感想は、そんな困った第一印象だった。


 次いで、先ほどの二挺拳銃の同学科三年女子は、太腿に巻き付けたホルスターに拳銃を差し込んで、スロープを蹴り飛ばし、少年の前で入れ替わった。彼は少年の返答を得る間も無く、勢い良く転んで刀を地面に叩きつけていた。


 今度は一体どんな――――変人だろうか。


 少年は一度大きく深呼吸をしてから、彼女の言葉を促した。


「あたしの名前はスズ・スター。別にお前なんかの興味は微塵も無いんだがな、一応”この世界”に踏み込んだんだ。同じ学科みたいだから顔を見かけたときには声を掛けるかもしれない。そん時に名前覚えられてなかったら――――その眉間に、『ジュドン』だ……ッ!」


 最後まで格好をつけようとしたらしいのだが、ズドンを噛んでジュドンと言ってしまい――――目を丸くするほど素早く抜かれた拳銃の銃口は、既に少年の眉間に突きつけられて居た。まだ名前を忘れるどころか、間違えても、言葉を振られてすらいないのに。


 少年はたじろぎ、背筋に嫌な冷たさを走らせていると、不憫に思った緑髪の男がなだめるように助け舟を出してくれた。


「ズドンだかジュドンだか知らないけどスズさぁん。風紀委員だから特別許されてるけど、それでもこの建物から外での武器携行は禁止だからね」


 男口調の彼女は、殆ど不必要だった前ぶりによって致命的なまでに顔を紅潮させられ、健康的な太腿を露にしながら拳銃を仕舞いこみ、ついでに緑髪の男を強く蹴り飛ばして――――連鎖的に少年もぶつかり、大きくバランスを崩す中、彼女はその部屋を後にした。


 つまりはそんな人である。


 やりにくいなぁ。少年は心の中で感想を漏らしていると、今度は比較的まともそうな、”ヤマモト先輩”がやってきた。


 目に掛かる銀髪を掻き揚げ、色男のように軽く焼けた肌を見せながら、彼は丁寧に握手を交わす。少年は好意的にそれを受けながら、まずは彼の自己紹介を待った。


「俺はヤマモトロクロク。名前を聞いての通り倭皇国の出身で、その国の術が得意だ。学科はブレザーの色を見てもらえば分かると思うが、工学科だ。基本的に色々な事をやってる」


 あぁまともな人だ。こんな人が大勢居ればいいのに。少年は心の底からそう思う瞬間――――耳を疑う言葉が脳に響いた。


「それはそうと、君は犬と猫どちらに性的興奮を覚える? それとも自分より小さい子が好き? 靴? 死体かな、それとも年寄り? 肉体の部分? ちなみに俺はそ――――」


「せいっ!」


 工学科の三年男子は不意に迫る緑ブレザーの同級生に鼻筋を殴り飛ばされて――――そのままヨロヨロと千鳥足になり、やがては地面に伏せた。


 その様は酷く貧弱であり、危険な発言であったが、そこを見るとどことなく可哀想にも思えてきた。


 いわゆるツインテールでオレンジ頭の三年女子は「ごめんね変態で」と軽く頭を下げてから、自己紹介をし始めるのだが――――少年は早くも帰りたくなっていた。


 色々と思うところがあるのだが――――こんな環境でまともに仕事を成し遂げられる事が凄い。いや、これから自分もこの一員になるのだと思うと、不登校になってしまいそうだ。しかし、勝手に部屋に入ってくるこの男が居る限り、それも無理だろう。


 僕の平穏はどこに逃げたんだ――――心の叫びは虚しく木霊こだまし、少年は肩を落として彼女の言葉を聴いた。


「私はユーリヤ・ピート。学科は傭兵を中心とする派遣人材を教育する戦闘技術科。通称戦技科よ。この委員での役割は書記で――――この嫌な理屈屋が副会長」


「言ってなかったね、ボクは副会長のノートリアスだ。気安くノートンと呼んでくれ」


 取ってつけたような、簡単すぎて、さらにどうでもいいように告げられる挨拶が行われた。


「それであの――――凄い消極的な二人が、諜報員の役割をしてるわ。だから、紹介はもう少し後になるわね」


 彼女は振り返り、壁へと視線を流しながら言う。少年はその言葉に反応して、ようやく言葉を発するタイミングを得た。


「……、信用に足る存在だと、証明できてから、というわけですか?」


「まあね」


 彼女は悪戯っぽく微笑んで頷いた。まぁ、それも仕方が無い話だろう。少年はそれに対して頭を縦に振って、息を吐いた。


 あの緑頭――――ノートリアスが副会長だとは、薄々は勘付いていた。彼がある程度の権力を持たなければ宿長だって、いくらなんでも鍵は開けてはくれない。


 おそらくこの器用な口先で全てを言いくるめたのだろう。恐ろしい男だが――――不思議と、嫌な感じはしなかった。


 彼女――――ユーリアは、凛と吊り上がる目は無自覚に目の前に居るものを睨みつけ、上がり気味な眉は相手がそう受け取るよう促しているようだった。


 彼女は簡単に周囲の関係を説明をしてから、握手を求めた。少年は戸惑いながらも幾度めかの握手を交わして――――ようやく気づく。


 もう後戻りは出来ないのだと。


 似非倭皇国人に、男気溢れる暴力少女、性的嗜好の幅広い男に、威圧的な強気娘、理屈屋、消極的過ぎて壁と化す少年少女。


 そんな構成の中に加わるのだ。最もレベルの低いという特徴を持つ自分が。


 少年がそんな生活を思い描き、苦痛を耐える様に目を力強く瞑る中、緑髪の男――――ノートリアスは、入会届けをユーリアに手渡した。


「ちゃんと適性検査もスルーした人材だから安心してくれて構わないよ」


「アンタが連れてきたぐらいだから、誰だってわかるわよ。ったく、今度は逃げ出さないように頑張らなくっちゃ」


「君が頑張っても他の皆が、ねぇ」


 人事のように、彼はあたりを見渡した。


 鼻血を垂れ流して天井を仰ぐ銀髪の男、ヤマモトロクロクに、転んだ衝撃で刀に傷が付いて無いか慎重に確認する自称ゲジンマルの、本名シップ=スロープ。


 顔を上げれば壁のほうで――――名前を失念した少年少女。


 まるで連帯感も協調性も無い変態たちだ。彼が改めて抱いた感想は、完全なる第三者の意見だった。


 だが、だからこそ面白い。ノートリアスはそう付け加える。


 普通ではつまらないのだ。一般的な行動で、何が生まれる? 一体感、安心感だけではないのか? 安心してなんになる。四六時中ぬるま湯に浸かって何が楽しい? 


 この普通から異なるからこそ、阿呆共だからこそ、行動の予測が不可能な彼等だからこそ、この日常が、自分の世界が構築される。


 倭人気取りに、サバサバ気取りに、異常者気取りに、知的気取りに――――消極的なのは本物かもしれないが、少なくとも、完全ではない変人ばかりだ。


 根本を見れば普通の人間かもしれない。だが少なくとも、今はそんな馬鹿なことに真剣に取り組んでいる。


 そうしてこれから、またこの少年が――――。


 彼の思考を遮るように、授業開始五分前を知らせるチャイムが鳴った。

 

 ノートリアスは時間の流れの速さに、否、自分がこの状況を楽しんでいたことに驚いてから、口を開いた。


「ボクらは自由やすみだけど、君は授業だ。さ、学生の本分に励みたまえ」


 ――――勝手に連れてきて、勝手に巻き込んで、時間を潰して。


 こんな環境に時間と精神を潰されてしまうのだろうか。少年はそう考える一方で、だが――――文士になりたいと思う自分だからこそ、こんな特異な環境を味わう必要があるのではないか。そう考える自分を、少年は見つけていた。


「はい、それでは」


 少年はその場で深く頭を下げてから、背を向ける。


 確か一時限目は――――戦闘実技の授業だ。少年はそれを思い出して気分を一気に最下層にまで落としてから、急ぎ足で教室へと向かった。

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