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第2-4話 及ばぬ力

 木箱の裏に隠れてしばらくすると、ジャンの声が聞こえてきた。


「おーい、ガキ共!これはかくれんぼじゃねーぞー?早く出てこねえとこいつを殺しちまうぞー?」


 ジャンは私達に聞こえるぐらいの大声でそう喧伝していた。

 

 不安と緊張、そして殺気で動悸がする。

 決して虚ろな心情というわけではないけれども、自分の息が上がっているのを感じる。


(大和、今は待て。鈴原が死んでしまえば、僕らはあとは逃げるだけってことをあいつは分かってる。だからあいつは鈴原を殺さない。分かったか?)

 

 ルイ君のその言葉に、返事はしなかった。

 香蓮が死ぬ可能性というのはほんの少しでもあってはならないのだ。


 暫く経つと少しだけジャンの姿が見えた。

 ジャンは触手をばたつかせながら、その細い足で廃工場街を闊歩している。


 そしてその恰幅の良い胴体の背中に、香蓮が触手で縛り付けられているのが見えた。


「かれっ!むぐっ!」


 思わず声を上げてしまった。

 私の口元をルイ君が押さえつけるが、そのときには既に遅かった。

 

「おやぁ?そっちにいるのかいぃ?」


 しまった、こっちに来る!

 お互い木箱の裏に隠れながら息を殺す。

 

「おやぁ?いないねぇ」


 ジャンの触手が私達の頭の上を通過するほどまでに近付いてきたけれど、バレそうな気配は無かった。

 彼がその場を通り過ぎようとしているのを、私は息を殺しながら眺めているしかなかった。


 しかし、私はそこで見てはいけないものを見てしまった。


「……ッ!」


 香蓮が、触手で口を塞がれながらも助けを求めるような目でこちらを見ていた。

 よもや流す涙さえ枯れてしまったかのような表情で、目元を真っ赤に腫らしてこちらを見ていた。


 ああ、どうしてだろう。なんでこうも”あの時”の景色と重なるんだろう。

 ごめんよ、ごめんよ香蓮。私のせいでこんな目に二度も遭わせてしまって。

 今、助けるからね。


 「……ごめん」


 ルイ君に一言謝罪を残し、鞘からナイフを抜く。

 バッと駆け出し、ジャンのその巨大な背中に飛び乗る。


「おやぁ?そんなところにいたのかいぃ?って痛いなこの野郎!」


 香蓮をジャンの背中に縛り付けていた触手を、次々に切断していく。


「ぷはっ!めぐちゃん、だめ!逃げて!」

「待ってて!今助けるから!」

 

 ルイ君には悪いけど、私は捕まっても良い。

 せめて、私のせいでこんなことになっている香蓮だけでも解放しなきゃ。そうしないと、私が香蓮に顔向けできない。


 触手は合計六本。既に四本切断した。


「痛えんだよこの野郎!大人しく捕まりやがれ!」


 ジャンの触手が、さっきよりも強く私の胴に絡みつく。

 それと同時に、私の口から見たこともないような量の血が吹き出された。


「めぐちゃん!」


 私の胴が強く圧迫されるごとに、私の頭にまるでスクイーズを無理やり握りつぶしたときのように血が偏るのを感じる。

 そんな中でも死にものぐるいで背中にしがみつき、触手が最後の一本になるまでこぎつけた。


 あと一本!あと一本で香蓮が解放される。

 そうすれば、私はもう、もう――。


「なぁにやってるんだぁ!?痛いからやめるんだぁ!」


 その瞬間、残り一本だった触手に五本が追加で継ぎ足され、私の努力は露となって消えた。


「くっそおおお!」

 

 ルイ君も私を救い出そうと突貫してきたけど、ジャンの触手のその一撃でかるく吹き飛ばされ、ゴミ山に埋もれてしまった。


「ルイ君……」


 意識が朦朧とする中で、私は砂煙の向こうで地に伏すルイ君を見ていることしかできなかった。


「まったく、お前が何も学ばずに突っ込むことしか脳の無いやつで助かったえぇ!ケハハハハ!」


 ジャンの高らかな笑い声が、あたりに木霊する。

 私は首を座らせることすら困難なほどに意識が薄らいでいく中で、ひたすら「どうにかしなきゃ」「どうにかしなきゃ」というもはや意味のない義務感に苛まれていた。


「さて、じゃ帰るとするべぇ」


 ジャンはそう独り言をつぶやくと、触手を自分の足元にキュッと集めたうえで、それをバネのようにして飛び上がった。


「さて……こいつをロムルス様に差し出したあとはこっちの小娘をどう料理するかぁ……下手に解放して軍に見つかったらめんどうだなぁ……やはり捨てるべきかえぇ?」


 ジャンがそんなことを独り言で呟いている中。

 消失しかけていた意識が、またぼんやりと戻った。

 

 あれ……私、何をやってたんだっけ。

 ああ、そうだ。

 香蓮を助けなきゃいけないんだ。

 ……何から助けるんだっけ。

 ……まあ、いいや。

 そんなことよりも、あっちに見えるのは、香蓮の髪だ。きれいだなあ。昔よりも、断然綺麗だ。

 てことは、あっちに香蓮が……。


 ジャンは、跳躍に伴って触手の締付けが弱まっていることに気がついていなかった。

 そして、私がその手を香蓮の方へ伸ばしたその瞬間。

 私の体は、ジャンの触手から滑り落ちてそのまま地面へ、真っ逆さまに――落ちた。

 それと同時に私は体のコントロールを完全に失い、宙空を舞う。

 

 これ、何メートルぐらいだろう。まあいいや、よくわかんないや。

 時間の流れがゆっくりに感じる。

 横目に写ったジャンの表情がはっきり見える。頭を抱え、驚愕している。

 顎がは外れんとばかりにあんぐりと空いている。

 あれ、なんでこうなったんだっけ。

 私はただルイ君のお願いを受けて話をしにきて、けどジャンが私を攫いにきて。

 私はただ、話を聞きにきただけなのに。

 

 もう少し、よく考えて動けばよかったなと思いつつ、西へ目を向ける。

 時刻は夕刻、陽の色は橙色に光り輝いていた。

 最期に見る夕日は、綺麗だった。

 まだやりたいこといっぱいあったけど、ここで終わりだ。

 結局、香蓮のこと助けられないまま終わっちゃった。

 ていうか、アハハ。私、”あの頃”となんも変わってないや。

 私の人生、なんだったんだろう。

 そう思いつつ、私はゆっくりと目を閉じた。。

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