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第2-2話 及ばぬ力

 ははーん、さては私のことが心配でついてきたな?

 陽の光が強くて顔がよく見えないけれど、多分もう帰る流れになったから出てきたな?ただもうちょっと後の方が良かったとは思うね。これだとついてきてたのが私だけじゃなくてルイ君にもバレちゃう。

 

 にしても、何も言わないな。

 ……もしかして怒ってる?なんで?

 って思ったけど、もしかすると最後私が突っぱねるようにルイを扱ってしまったのに対して腹を立てているのかも。

 だとしたらなんて説明しよう。香蓮にはもうアレを繰り返さないため、とか言っても通用しないしなとか思いつつ彼女の方へ歩みを進める。


「ご、ごめんね。まさか香蓮が見てるとは思ってなくてさ。けどこれにはちゃんとした理由が……」


 なんて説明しようか頭の中を巡らせながら歩み寄る。

 けれど、私の目が本格的に光に慣れてきた頃。シルエットから浮かび上がってきた香蓮の表情は、どこかで見たことがあるような表情だった。

 ……そうだ。これは十年と幾年か前、あの公園で目にした――。


「大和!下がれ!」

「え?」


 後ろからそう怒号が飛んでくる。

 下がる?なんで?そんないきなり――。


 私の体が、急に後ろに引っ張られる。それと同時に私の目の前に何か大きなものが通り過ぎる。

 後ろに引っ張られた私の体はそのまま数メートルほど宙を舞い、段ボール箱の山に雑に激突した。


「いったた……」


 勢いよく尻もちをついたけれど、なにか私と地面の間にクッションがあったおかげでそこまで痛くはなかった。

 ……あれ、このクッションあったかいな。一体どんなクッション……。


「ってルイ君!?」

 

 振り返ると、私がクッションだと思っていたものはルイ君だった。

 ルイ君は私の腹を両腕でガッチリホールドし、まるでスープレックスするかのように後ろへ勢いよく引っ張ったんだと、今このときに分かった。


「ちょ、ちょっとどこ触って……」

「すまない、謝罪なら後からするから今はどいてくれるか?」


 剣幕を立てるようにルイはそう急かした。思わず私もそれに気圧されるようにその場から退く。

 ルイは誇りをぱっぱと払うと、前へ向き直り香蓮の元へ進み始めた。


 ……そうだ。そんなことはどうでもいいんだ。

 それよりも、香蓮だ。香蓮は、何かに怯えるように目の端に涙を浮かべ、私へ助けを求めるような視線を送ってきていたんだ。

 さすがの私でも、それがただならぬ事態であることはすぐ分かった。


「……香蓮、どうしたの?何があったの?」


 大きな声でそう聞いても香蓮は首を横に振るばかりで何も言わない。様子もおかしい。

 とりあえず、とりあえず香蓮の下へ……。


 そう思いながら歩みを進めた。けれど、その途中で歩みを止めていたルイが腕を私の前に差し出した。


「……ちょっと、邪魔!」

「行っちゃだめだ!」

「なんで?」

「なんでもだ。()()()

「え?」


 思わずその言葉に私も足を止める。なんで……?

 ルイはもう少し歩を進めると、その右腕を低く横に差し出した。

 すると、ルイ君の右手の周りに光の粒子が集まり、光の粒子は細身で刀身の短い剣を形作った。


 な、なにあれ!?しっかり見てたけど、一体なにが起こったか分からなかった。手品か、何かの超常現象か。

 私にはさっぱり見当がつかなかったけれど、ルイ君はそれに目もくれずその剣を香蓮の方へと向けた。


「こそこそと汚い手を使わずにでてこい。それでも王冠の一員であり一部を名乗るつもりか?ジャン・ド・モンフォール」


 ルイ君がそう問いかけると、トタン板に映し出された影が到底人間のものとは思えないような動きで蠢き出し、その姿を現した。


「シャルルんとこのガキがこんなところに居たのかぁ、こりゃ驚きだあ!」


 男……いや、ジャンはねっとりとした醜悪な声で私達に語りかけた。

 深緑で腕まであるワンピースのような衣服を着ており、腰にはベルトを巻いている。正直なところ、かなり浮世離れしている印象。

 それ以上に目を見張るのは、そのワンピースの下の隙間からタコのような触手が伸びており、それらが蠢いていたことだ。

 触手の合間には人間の足らしきものが見えるのだが、それを持ってしても到底人間の容姿とは思えなかった。

 昔見た人魚姫のアニメ映画の悪役にこんなのが居た気がする。


 けれど私の関心が寄せられたのはその異形の男じゃなかった。


「な、なんで香蓮が……!」


 香蓮は触手によってその両腕を後ろに縛られていた。

 ひどく怯え、目は虚ろい、端には涙が溜まっていた。


「シャルルさんとの休戦協定はどうした」

「いやぁ今日の用事はお前じゃなくてそっちの娘さぁ!」

「……大和のことか!なぜ大和を狙う?」


 え、わ、私!?

 なんだか分からないけれど、こうもいろんな人から狙われるだなんて……嫌なモテ期だ。


「フフフ、ロムルス様がその娘をご所望だ」

「くっ……鈴原は人質ってことか」

「ああ、だからこの嬢ちゃんを攫ってきたんだけどねぇ……嬢ちゃん、もっと上手に”誘わないと”だめでしょう?じゃないと……ほら!」

「ひっ……」

 

 ジャンはそう言うと、そのデロデロに濡れた触手で香蓮の頬を撫で回した。

 その跡にはねとっとした粘液が残り、滴った粘液が顎のあたりから垂れて落ちた。


 ああ、そうか。

 香蓮は、私を誘い出す餌に使われたのか。

 

「ご、ごめんねめぐちゃん……あたし……”また”……」


 ああ……。

 ごめん、ごめんよ香蓮。謝るのは私の方だ。

 元からこんな所来なければ良かったんだ。

 

「ッ!」


 さっきの衝撃で地面へ落ちたカッターを拾い上げ、ジャンの元へ突撃する。

 

「大和!待てっ!何をする!」

「うおぉぉぉ!」


 彼の声は私の思考にまで届かなかった。

 ただただ闇雲に、カッターを突き立てながらジャンへ突っ込む。


 また”あの時”の事を繰り返してくない。

 私のせいで、”また”香蓮が傷つくだなんてことはあってはならない。ならないんだ――。


「っ!?」


 いきなり足元が不安定になった。というか、何かに転げさせられた。

 そしてその衝撃でカッターが手から滑り落ちる。

 

 しまった、拾わなきゃ、じゃないと、香蓮が。香蓮が。


 手を必死に伸ばしたけれど、ジャンの触手のうちの一本がそれをひょいと拾い上げた。


「だめじゃないか嬢ちゃん、こんな危ないモノを人に突き立てちゃ……!」


 ジャンは私の右手首をその触手で巻き上げ、そのまま私を持ち上げた。


「くそっ!離せ!香蓮を離せ!」


 手首の激痛に耐えつつ抵抗したけれど、なんだこれ!力が強いってもんじゃない!

 左の拳で触手を叩いても殴ってもびくともしない。


「香蓮……ああ、こいつのことかぃ?お前をロムルス様のところへ送るまでは解放しないえ!」

「くそっ!いますぐ解放しろ!」


 ジャンの言うことに目もくれず必死に抵抗したけれど、相変わらず離す気配がない。

 くそっ!どうすれば!どうすれば!


「たあッ!」


 ルイが高く飛び上がり、私の足を掴んでいた触手を一刀両断。

 その瞬間、私の体が地へ落ちるとともに、触手の血液らしきものが私の顔に滴った。

 そしてそのままルイ君は落下する私の体を抱き抱え、後飛びをした。


 こ、こんな小さな身体のどこにこんな力が……!?私、体重60はあるはずなんだけど!?


「あ、ありがとう。もう大丈夫だから……だから降ろして」


 そう言ったけれど、ルイは私には目もくれていない。

 私は今すぐにでも香蓮の下へ行かないといけないのに。


「ちょっと、ルイ君!まだ香蓮が!」

「うるさい黙れ、今の状況を考えろ!」


 だけど、それが香蓮を見捨てて良い理由にはならない。

 いつもそうだ。これだから他人は信用できないんだ。

 

「さっきロムルスがどうとか言ってたが……なぜロムルスが出てくる?」

「フフフ……ならばこれを見よ!」


 そうすると、男は左腕の袖を捲って二の腕に刻まれた紋章を見せつけてきた。


「これこそ列強が三位、ロムルス様の傀儡の刻印!恐れ慄け!」


 男の二の腕には、「ROME」というアルファベットを、両翼を広げたワシだかタカだかが鷲掴みにしているものだった。

 それを見たルイは、その顔に悩ましい表情を浮かべた。

 

「くっ……馬鹿な真似を……」

「……ってことだ、その女の体を生きたままロムルス様がご所望だ。今すぐ寄越せばお前は見逃してやる」


 そうやってジャンはルイ君に交渉を持ちかけたが、ルイ君はすぐさま返事をした。


「やだね。友達を売り渡すもんか」

「なら……力ずくでやるまでだ!」


 そう宣言したジャンは、その無数の触手をデロデロと伸ばし、部屋の内装ごとなぎはらうような素振りを見せた。


「大和、ここは逃げるぞ!」

「逃げるったって……わっ!?」


 逃げるったって私はルイ君に抱えられたまま、と言おうとしたけれど、そんな私にお構いなしにルイ君は裏口へ飛び込んだ。

 裏口は工場の棟と棟の間に繋がっており、路地の裏を駆け抜けてそのまま臨海部に出た。

 目の前には伊勢湾が広がっていて、到底海に飛び込んで逃げられるような状況じゃない。


「ルイ君、香蓮を見捨てるつもり!?」


 ルイ君の背中をぽこぽこと叩く。

 さっき触手に巻き付かれた手首がまだ痛い。

 

「違う、後から助ける!まずは一旦敵の力量を見極めつつ場所を変える!」


 ってったって、この間にも香蓮がどんな目に遭ってるかもわからない。

 いますぐにでも助けに行きたかったところだけど、ルイ君の力が思ったよりも強くて全く離してくれそうにない。

 ていうかこれどうなってんの?私、体重は60とかそこらあるはずなのに、私より腕の細いルイ君が軽々と運んでる。

 くっそ、ルイ君の力がもっと弱かったら今すぐにでも助けに行けたのに。


「……ってルイ君!後ろから触手が追ってきてるよ!」

「分かってる!」


 ってたって、今は私の事を右手で抱えてるからさっきみたいに剣は使えないし!

 そうこう言ってる間にもどんどん触手が迫ってきてる!


 触手が私の目と鼻の先に来た瞬間、まばゆい数本の光の柱が触手を貫いた。

 貫かれた触手はしばらくその場でじたばたとした後、さっきのルイ君の剣を形作ったような光の粒子となって消えた。


「し、死んだ?ていうか何今の!?」

「死んでないし、今のは後で説明する!」


 そしてそれを最後に、私達の後を触手が追ってくることはなかった。

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