第1-5話 満足してるから
なんてことを考えてると、パチっという音と同時に工場内により強い明かりが灯った。
若干薄暗くはあるけど、それでも電気はしっかり通っているみたい。
建物の中には幾つかのデスクと広い机、そしてその上に積まれた大量のガラクタたち。
ガラクタをよくよく見てみると、レンチやはんだごてなんかの道具、配線やネジなどの電子部品が箱の中に雑に積まれていたかと思えば、部屋の奥にはへんてこな形に改造された十数年前のものらしきパソコンやゲーム機がピカピカの状態で陳列されていた。
「ここは?」
「僕の工房さ。機械をいじるのが楽しくてね。小学校高学年の時、義父さんに建物ごと買ってもらったんだ」
こ、工場を1個まるごと……。
土地なんかも含まればさぞ高くついたんだろうね。
「お、お金持ちなんだね……」
「あー、まあそうかもしれないね」
他人が金持ちだとかどうとかはどうでもいいけど、さすがにここまでやってることのレベルが違うと感嘆せざるを得ない。
しかもルイ君はそれを自慢する様子はまったくない。
「けど今はそんなことどうでもいい。良ければそこに掛けてくれるかい?」
ルイは立てかけてあった折りたたみ椅子のうち1つの椅子を広げると、サービスの良い店員さんみたいに私へ椅子を勧めてきた。
言われたとおりに座ってしばらくすると、一杯のティーカップを差し出してきた。
「良かったら、どうぞ」
「ど、どうも……って熱っ!」
「ご、ごめん!ホットティーは飲み慣れてなかったかな。けど今はそれしかなくて……」
だなんてルイ君は言ったけど、お茶は柑橘系のいい匂いがした。
私でも分かる。良いお茶だ。
それにルイ君はさっきまで動揺していたけど、平静さを取り戻したみたいで「コホン」と1つ咳払いをすると、ルイ君も私の向かいの席についてこちらの方へ向き直った。
「さっきは悪かったね。もっと早く熱いって言っておけば良かった。実はこうやってもてなすのは初めてで……やっぱ、初めてやることは上手くいかないね……」
「いや、私もただ軽く触っただけだったし……」
もっと早く言ってほしかったのはそのとおりだったけど、ルイ君の喋り方が明らかにさっきと違って見えた。
失敗したからか、少し取り乱して見える。
「……じゃ、さっきの質問に答えるとするか」
さっきの質問……?
って思ったけど、上の名前に関してのことかな。
私も聞けと言われただけで別に知りたくもないんだけど、まあ質問したからには聞いておくか。
「結論から言えば、僕は自分の苗字を覚えていないんだ」
「……?」
ルイ君が何を言っているのか理解できなかった。
な、何を言っているの?名字を覚えてない?
認知症のお爺ちゃんってわけでもないんだし、自分の苗字なんて下手をすれば二歳児でも言えると思うんだけど……。
「ていうのも、僕はこっちに来る前の記憶が無いんだ」
こっちに来る前?記憶?一体何を言ってるの?
まさかだけど、気が付かないうちに厨二病の遊びに付き合わされるためはるばるここまでやってきたとかないよね……?
「覚えていたのはルイという名前だけ。気がついたときには義父さんがすぐそこにいて……」
「ちょ、ちょっと待った!」
思わずルイ君に待ったを掛ける。
「私はルイ君の名字を聞いただけなのに、なんでそんなにいろいろ喋るの!?こっちに来る前だとか、記憶がないだとか、私はあんたの厨二病のごっこ遊びに付き合いに来たわけじゃないんだけど!」
思わず声を荒げちゃった。
けれどいきなりこんな意味不明なことを言われて、不愉快に思わない人の方が少ないと思う。
私が何か変なことを言ったのならまだしも、私はルイ君の名字を聞いただけなのに。
「……もしかしてだけど何も知らないのか?」
「知らないって何を?」
「……まじか」
ルイ君はその場で突っ伏してしまった。ってことは何?もしかしてだけどあっちが一方的に勘違いしてたってことなの?
「ご、ごめん……最初に確認すれば良かったな。先走った僕が悪かった」
顔を上げて謝意を述べたルイ君の顔は、気のせいかほんの少し赤らめさせていたような気もした。
「ほ、本題に戻るけどな」
「本題ってなんのこと?」
「今日ここに呼び出した理由だ」
「あー、なるほどね」
そんな話をされた覚えがないのに本題と言われても困るけど、まあそれに関してはツッコまないほうが良いかな。
多分本人も取り乱してて頭が回ってないんだろう。
っていうか私が昨日振られてフリーになったからてっきり告白でもしてくると思ってたんだけど、それにしてはいろいろ回りくどくない?
いきなり前世の話がどうとか言い始めるし、もしかして「前世からあなたのことが好きでした」なんていう少女漫画でもやるか怪しいぐらいの痛々しいシチュエーションに持っていこうと画策してました、とかないよね?
「コホン……えーと、本題なんだけど」
そうやって思慮を巡らす私を置いてルイ君は語りを始めた。
「僕が今日君をここに呼んだのは、大事な話があってのことなんだ。他の誰にも聞かれたくない、ね」
他の誰にも聞かれたくないこと?だからこんな人気のない場所を選んだのかな。にしても……。
「だからってちょっとここは遠くない?」
「すまない、先に僕の話を聞いてくれないか?」
「……分かったよ」
誰にも聞かれたくないにしてもRINEとかインリアのメールとかいろいろやり方はあったんじゃとも思ったけど、それは無用の口出しだと思ったからやめておいた。
「大事な話っていうのは、お願い事なんだ」
ルイ君は目を瞑りながらお茶を一口含んだ。
多分だけど、私に入れられたのと同じお茶だと思う。
私もお茶を一口すすったけれど、さっぱりとした飲み心地の上に柑橘系の爽やかな香りがしてとても美味しかった。
紅茶って飲んだことなかったけど、案外美味しいんだな。
「そのお願い事っていうのが、君にしか頼めないことなんだ」
ルイ君は私にそう告げると、体を私の方に向けてくわっとこちらの方を見てきた。
な、なんだろう。
さっきまではそんなこと無かったのに、いきなり空気に張り詰めた感じが……。
映画とかドラマなら、このまま「僕と結婚してください!」とかって言い出しそうな雰囲気だなあ……。
そしてしばらくの沈黙の後、ルイ君はこう告げた。
「僕と、一緒に戦ってくれないか?」
「……えっ?」
濁音混じりに驚きの声が出た。
確かにいろいろ回りくどかったからなんとなく告白とかそういうのではないんだろうなってのは感じてたけど、それにしても予想外がすぎる……!
えっ?戦う?けどまあこれもさっきみたいに中二病の遊びに付き合わされてるだけで……。
そう思っていたけれど、ルイ君は机の上で手を組みながらすこし姿勢を崩しつつも私の方へ真剣な視線を送ってきていた。
さっきまでは厨二病だなんだって笑ってたけど、ルイ君の目はそんなおちゃらけた雰囲気とは程遠かった。
ここまで真剣にお願いされると、「僕と一緒に戦ってほしい」というのが冗談でもなんでもない、信じがたい真実であるかのようにも思えてきた。
想定外のお願い。
闘いへの誘い。
そして、彼のこの「戦いへの誘い」が、私の人生の分岐点となっていたことは、そう遠くない未来に分かるのであった。