第1-3話 満足してるから
日陰にあるベンチへ腰掛け、風呂敷に包まれている弁当箱を取り出す。
にしても、まだすこし肌寒いかな……。
風呂敷の当たる部分だけが、ほんのりとあたたかい。
タイツはもうとっくに押入れの中に入れてしまったけど、こうも寒いとあのうっすくも頼りがいのある布切れが恋しくなる。
「でさ。昨日DMで送ったから知ってると思うけど、まあこっぴどく振られちゃったよね。まあ私も真面目に付き合う気無かったけど、あんな酷い振り方するのは違うよねー……香蓮?」
「……神谷くんでも、ダメだったんだね」
「ん?なんて言った?」
「な、なんでもないよ!」
そんなこんなで私は昨日や今日のことを香蓮に愚痴ってたんだけど、香蓮の様子がどこかおかしかった。
「……香蓮、どうかしたの?」
彼女の顔を覗いたけど、別に何か暗い顔をしているわけではないみたい。
まさかさっき転びかけたことを引きずってるだなんてことは無いと思うし、どちらかと言えば何か考え事をしているみたいな顔に見える。
もしかしたらさっき歯医者さんで治療してきたところが痛むとか?でもそれならここまで口籠る必要もないし……。
「ねえめぐちゃん」
「どうしたの香蓮?」
香蓮は神妙な面持ちをしながら私へ話しかけてきた。まるでこれから大事なことを諭しだしそうな雰囲気だ。
「ねえめぐちゃん。神谷くんのことなんだけどさ」
「うん」
「なんでそんな酷い振られ方されるような事になったと思う?」
「えー……?」
んー、なんでだろう。
って言っても理由が全くわからないとかじゃなくて、その真逆で振られかねない理由が沢山ありすぎてどれが決定打になったのか分からない。
キスされかけた時に突き飛ばしたのが原因なのか、下の名前覚えてなかったのが原因なのか。
けど一番先に思いつくのはやっぱり……。
「誕生日覚えてなかったのはマズったなーって思ったよねぇ」
やっぱこれが一番応えたんだろうなとは思う。
私も香蓮に誕生日忘れ去られたらさすがに落ち込むだろうしねー。
だけど、予想に反して香蓮の反応は芳しく無かった。
「そうじゃなくてね……もっと漠然とした理由があると思うんだけど」
香蓮はお弁当を食べる箸を膝の上に置いて、私の方へ向き直ってきた。私も弁当箱をベンチの上に置いて香蓮の方に向き直る。
もっと漠然とした理由?なんかそう言われると今度は何も思い当たらない……。
あれこれ考えてみたけど、特に思い当たらないな。かといって変に取り繕うのもバレると思うし、正直に言うかぁ。
「うーん、ちょっと分かんないかも」
そう伝えると、香蓮にむすっとした顔をされた。
だ、だってさ?分かんないんだからしょうがないじゃん。
その果てに「これだからめぐちゃんは」と言わんばかりに頭を抱えながら大きなため息をついた。
「あのさめぐちゃん。私の誕生日は?」
「え?12月21日?」
「神谷くんのは?」
「えーと……もう今の時点で17歳みたいだから4月ってことぐらいしか……」
そう言うと香蓮は少し大げさ気味に納得したような動作をし、顎に手を当てた。
「それじゃ私が駅前のカフェ行ったらいつも何頼む?」
「いつも通りなら抹茶ラテだよね」
「私は犬派?猫派?」
「犬派だね」
「じゃ、今のを神谷くんに当てはめてみて?」
「……」
ま、まずい。1個も答えられない。ていうか駅前のカフェ行ったかどうかすら覚えてない。
行ったと言われれば行った気がするし、行ってないと言われれば行ってない気がする。
その程度しか私は神谷くんに対する知識は無いことが浮き彫りになる。
「答えられないでしょ?そこに振られた理由が詰まってると思うの」
「えー……?」
「ほら。昨日DMで話してたけど、誕生日覚えてなかったのも下の名前覚えてなかったのも。ぜんぶ、めぐちゃんが神谷くんを知ろうとしなかったから起こったことだと思うの」
知らないから起こったこと……。
「それじゃ私が神谷くんのことをちゃんと知ってあげてれば、あんな振られ方することは無かったってこと?」
「そうだと思うよ。っていうか、めぐちゃんは私のことをよく知ってるからこうやって十年以上も友達続けられてるんだから、私にしてたようなことを神谷くんにしてたらもしかしたら振られるなんてことすら無かったかもね」
だとしても私は神谷くんと真面目に付き合う気なんて毛頭なかったし……。それにこれは神谷くんに限った話じゃない。クラスの人も、みんなそう。
私が何かしてあげるのは、香蓮やお父さん、若菜みたいな昔から私に期待してくれていた人だけでいいの。
私はただ今までのまま生活するだけでいい。
「……香蓮。何回も言うけど、私は香蓮たち以外に興味ないって何回言ったら――」
「じゃあなんで私とか若菜ちゃんのことはこんなによく知ってくれてる?」
いつものようにこの話を畳もうとしたけど、香蓮はそうやって私にとってクリティカルなことを聞いてきた。
「……分かんないよ。そんなの。第一、友達と仲良く出来てることに理由を求めるのも野暮なんじゃないかな……?」
苦し紛れにそう言ってみたけど、香蓮の顔は晴れない。
むしろ、少し眉間のシワが増えてる気が……。
と思った瞬間、香蓮は「はぁ」と小さなため息をひとつつき、そして前に向き直った。
「ねえめぐちゃん。世の中には面白い人がたくさんいるの。だからさ、もっといろんな人と関わって、色んなことを知らないと勿体ないと思うんだ、わたし」
「け、けど私は今の生活で満足してて……それに私はこうしなきゃいけない理由があるの」
「そんなこと言わないでさ、絶対そっちの方が面白いよ?」
香蓮は私の方へ向き直ると、こちらへその白い歯を向けてきた。
矯正が外れたのもあって、その笑顔の破壊力は増すばかりだった。
「け、けどさ……私、今まで新しい人と関わってこなかったから深い関わりをってなると方法が……って、ん?」
いろいろ言い訳らしいことを考えてると、目の前に一人の男が立っていることに気がついた。
明るいボブで栗色の毛に前髪はパッツン。
肌は病気を疑うほど白いけど、その顔立ちでヨーロッパ系ということは分かる。
背も少し低いし、ぱっちりと開いた大きな目。幼い顔つきをしているので一年生かとも思ったけどネクタイの色が私と同じ二年生の色だ。
そんな少年が、ラフな立ち姿で腕を組みながらこちらを見下ろしていた。
私達に何か用事かな、と思ったけど私はこんな子知らない。
もしかしたら香蓮の友達かな。
だとしたら用があるのは香蓮の方だと思うから、私は静かにしておこう。
「あ、ルイ君。どうかしたの?」
ほら、香蓮が反応した。
やっぱり香蓮の友達か。そう思い多少安堵したのも束の間。
「鈴原さん、この前は教科書貸してくれてありがとうね。助かったよ。けれど、今日はそっちの子に用事があって来たんだ」
そっち……用事……。
彼……いや、ルイ君の目線は、まっすぐこちらを向いてた。
「え、私!?」
思わず私自身を指さしちゃった。
「そう、大和さんの方だね。今日の放課後、時間あったら……いや、絶対ここに来て欲しい。話したいことがあるんだ」
すると彼はこちらに一枚のメモ用紙を差し出してきた。
彼のその様子に恥じらう様子はなく、きちんと芯を、覚悟と意識を持って私に語りかけていた。
……これ、前にも経験したことあるかも。
神谷くんと最初話したとき、告白の呼び出しをされたときと全く同じ雰囲気だ。
強いて言うなら、神谷くんは恥じらってた気がするけどルイくんは毅然とした態度をとってるってとこぐらいかな。
「ちょ、ちょっと待って!私は……!」
けれど私はまだ彼氏に振られたばっかだし、もっと言えばそういう冒険をするつもりも今のところはない!
絶対って言われたけど、どうにかして断らないと……。
「ってことで、また今日の放課後に」
彼はそう言うと、体を翻して校舎へ入っていった。
い、行っちゃった……。
ていうか声高いなあ。
声、身長、顔。どれをとっても私より2つか3つぐらい下の子と話してるイメージだったな。
「っていうかこれどうしよう……絶対これ告白とかそんなくだりじゃん。どうすんのこれ……」
「めぐちゃんかわいいからね。たまに他の男子から、”大和さんに僕を紹介してくれませんか?”なんて言われることもあるんだよ?だからフリーになったら一か八かで突撃してくる人の1人や2人ぐらいでてくるよ」
前に男子が私のことを「もっと人付き合いが多ければ」だなんて噂していたのを聞いたことはあったなあ。
私からすれば香蓮の方が可愛いと思うけど、もしかしたら男子から「大和ならワンチャン」だなんて思われてるのかな。
けど今はそんなことどうでもいい。
思わず顔を覆って突っ伏した。
他の人にとっては心躍るイベントなんだろうけど、私からすると面倒なことこの上ないんだよね……。
「まあさ、付き合うとかは別としてさ。まだルイ君とは関わりないんでしょ?ならお友達から、っていう返事の仕方もできるし。それにさ、ルイ君は結構いい子なんだよ?だから……」
「……とりあえず行ってみたら、ってこと?」
「そう!」
香蓮は白い歯をみせながらにへっと私に笑いかけてくれた。
「……まあそうしてみるよ」
そうやって香蓮の熱弁に半ば押し倒される形で、ルイ君へ会うことが決まった。
正直なところ、あんまり乗り気じゃない。
だって今の私の人生は、お父さんに香蓮、若菜の3人だけで満足してるから。
あの子と関わったからと言って私の人生が何か変わるかのようには思えないし。
けれど、香蓮は私にそうしてほしいと思ってるし、それが良いことになると思ってるみたい。
なら乗り気じゃなくても行ってあげるべきなのかもしれない、と半ば無理やり納得した。