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第1-2話 満足してるから

「まあまあ大和ちゃん、元気出しなって!」

「そそ!男なんて星の数ほどいるんだからー」

 

 翌日の昼下がり、私はクラスの人から学校で昨日のことをあれこれ聞かれたり、必要もない慰めを受けたりしていた。

 もう終わったことだし、何人もの人が何回も話を聞きに来るから正直うざったい。


 ってか私、香蓮と若菜にしか話してないんだけど。

 多分誰かが噂を流したんだろうけど、当事者からしてみれば迷惑極まりない。

 おしゃべりな若菜が話しちゃったか、実はあのカフェの隅っこで誰かがこっそり聞いてたか……。

 

「心配してくれてありがとね」

 

 そう安っぽい返事をすると、彼女たちは「また新しい男探せばいいのよ」だとか「気にすることないよ」などと無責任な事を次々と口にした。

 第一、私はもう彼氏を作るだなんてごめんだね。

 

 私がこんなだから付き合ったところですぐ別れちゃうのが目に見えてるし、何よりそうやってがむしゃらに関わる人を増やすのは良くない。

 なんならこの人たちとすら本来は関わるべきじゃない。

 私は特別な人達だけと付き合っていればいいの。


 けれどここで追い払ってしまっては三年前の二の舞いになっちゃうから、思っても行動には出さないようにしなきゃね。

 ぐっと我慢だ。

 

 とりあえず、今は「そうするね、篠木さん、横井さん」とだけ言って、話を聞きに来た2人へ表面上だけでも感謝を示しておかなきゃね。

 

「えっ!?篠木ちゃんさっき購買行ったはずなんだけどもう戻って……?」

「篠木ちゃん、まだ帰ってきてないよ?」

 

 あっやば……これやっちゃった?

 周りを見回す2人だったけど、しばらくすると私の方へ向き直った。

 

「もしかしてだけど、ウチのこと?」

 

 そう言うと、私が篠木さんだと思ってた女子が自らを指さしながら食い気味にそう聞いてきた。

 

「そ、そうだね……」

「あのねえ、ウチは七木!大和ちゃん何回間違えるの?新学年始まってからもう両手じゃ数え切れないよ?」

「ご、ごめん。私、人の名前覚えるの苦手で……あはは」

 

 「もーいい加減にしてよ?」と私に言い放ったが、怒っているわけではなさそう。

 よかった、怒られずに済みそうと胸を撫で下ろした。

 

 けれど最近はだめだ。

 名前を呼ばないように会話してたのに、最近はそのクセが抜けつつあるんだよね……。

 気をつけなくちゃ。


 そうやって心のなかで反省会を開いた直後、教室の扉がゆっくりと開いた。

 背中には学校の教材が入っているであろう大きなリュックを背負っている女子。

 

 こちらに歩み寄る立ち姿はすこしおぼつかない印象を覚えるけれど、そんなのがどうでも良くなるほどの可愛らしいフォルムをしている。

 日の当たり具合によってはブロンドと見間違えるほど明るい茶髪をしていて、顔立ちは小顔に垂れ目がマッチしていて愛らしい顔つきをしている。

 多分、世間的に言うおっとり系ってやつだと思う。

 

「ってあれ、鈴原ちゃんじゃん!どったの?」

 

 私がよく知るその人、鈴原香蓮!

 

「っかれーん!」

 

 椅子から飛び立ち、香蓮の胸元へ抱きつく。

 さっきまでの退屈な空気から一変、私の頭の中は黄色い歓声に包まれた。

 

「めぐちゃんごめんね。今日午前は歯医者さんだったから学校来るの遅くなっちゃった」

「いいんだよこうやって私に会ってくれるだけ嬉しいよ!」


 そうやって掛け合いながら彼女の胸へ(うず)めていた顔を上げた直後、何かものすごい違和感を覚えた。

 なんだろう?学校の日なのに間違えて化粧してきちゃったとか?

 それともちょっとお肌のコンディションが悪い……?


 そうやって思考を巡らせていた一瞬の間、私はあることにハッと気がついた。


「もしかして矯正終わった!?」

「うん、そうなの」

 

 おー!合ってて良かった!

 高校に上がってからも続けてたからいつ終わるんだろうなって思ってたけど、やっと終わったんだね。

 香蓮のかわいいお顔が台無しだったし、香蓮もいつ終わるんだろうとよく言ってきてたし。

 終わってよかった。

 

「っと七木ちゃん。めぐちゃん貰ってくけど良い?」

「あーいいよいいよ。聞きたいことは聞いたしね。それにしても、相変わらず大和ちゃんは鈴ちゃんにべったりね」

「めぐちゃんは昔からこんな感じだからね。今更どうってことないよ」

 

 香蓮は私とは対象的で、喋り下手な割に社交的で友達が多い。

 香蓮がそっちの方が幸せなんだろうから良いんだけど、こうやって私が目の前にいるのに他の人に時間を使われるのはちょっと癪だなあ。

 

「……七木さん、もう行くね」


 私の顔を見て私が待ちくたびれているのがわかったのか、香蓮はこちらをちらりと見るなりすぐに別れの挨拶を交わした。

 

「あーいいよ、またね!」

 

 七木さんが自分の席へ戻っていくのを尻目に、私達は教室を後にした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 お昼休憩の最中、私は香蓮と共に中庭のベンチへ向かっていた。

 この季節はまだ日陰には肌寒さが居座りつつも、日差しの強さは夏がそう遠くないうちに訪れるであろうことを物語っている。

 

「って感じでさあ、午前めっちゃ疲れたわー。しかもまた七木さんの名前呼び間違えちゃったし」

「……うん、気をつけた方がいいと思うよ。私はめぐちゃんに間違われたことはないけど、名前間違われるって結構ショックに感じる人もいるから」


 私はそうは思わないけど、まあそういうもんなのかな。それじゃ、気をつけた方がいいね。


「あっめぐちゃん、足元……」

「えっ?足元?」


 立ち止まってスカートの下に目を向けると、一輪のたんぽぽが私の足に踏み潰されていた。


「あちゃー、かわいそうに。ま、たんぽぽは生命力強いって言うし、大丈夫でしょ。ほら、行こ!」

「う、うん……」


 香蓮はそのたんぽぽを気にかけていたみたいで、その後もちょくちょく振り返っていた。

 ……花壇とか植木鉢の花ならまだしも、雑草みたいなもんなんだから放っておけばいいのになー。


「わっ、わぁ……!」


 香蓮が唐突に足を滑らせる。

 弁当が入った風呂敷は宙を舞い、そして香蓮の体は今にも地面に激突しそうだった。


「危ない!」


 すかさず香蓮の体を支える。華奢な彼女の体を支えるには、私の片手だけで十分だ。

 そして間髪入れずにもう片方の手で宙を舞った弁当箱の入った袋をキャッチする。


「もう……!危ないよ……!」

「め、めぐちゃん……。ありがとう」


 よく見てたから分かるけど、香蓮は後ろのたんぽぽに気を取られすぎて地面にあったブロックの小さな段差に気がついていなかった。

 香蓮は昔から足が悪い。さっき教室に入ってきた時の歩く姿が少しおぼつかない印象だったのも、足が悪くて体の軸が安定しなかったからだ。


 ……もっとも、私がいなかったら香蓮がこんなに苦労することもなかったんだけど。


「めぐちゃん、めぐちゃん!」


 私に抱きかかえられたままの香蓮が、私の腕をポンポンして呼びかけてきた。


「どうしたの?」

「そ、その……この体制、ちょっと恥ずかしいなって」


 よくよく見渡すと、同じく中庭で過ごしていた他の生徒がこちらを何か奇っ怪なものでも見るかのように見つめてきていた。


「あーっと、ごめんごめん」


 そうやって謝意を述べながら香蓮の体を丁寧に起こす。

 確かに、今のはちょっと恥ずかしかったかも。

 よく考えずに突飛な行動に出るのもそこそこにしなきゃな。


「めぐちゃん、ありがとね。でも、今まで何回も言ってるけど……考えすぎないでね」

「……うん」


 こういうことを言われるのは初めてじゃない。

 もう何回も何回も同じようなことを言われてるけど……そう簡単に忘れられるような事なら苦労しない。


「ま、まあさ!もう時間もあんまり無いし、そろそろお弁当食べようよ!」


 落ち込む気分を覆い隠すように、強気になって香蓮へそう呼びかける。

 香蓮はそれに「うん」とだけ返事をして私の後に続く。

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