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「契約結婚だって言ったよな?」「そもそも結婚って契約でしょ?」~魔術師令嬢の契約結婚~  作者: 神田柊子
第四章 魔術師の弟子

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ウィンドレイク男爵の初代と二代目

「行方不明になったのはジェシカの後輩? いや、弟弟子(おとうとでし)ってことか?」

 ユーグに聞かれて、ジェシカは肯定する。

 二人の夕食の話題はもっぱらその日に起こったことだ。お互いに仕事の話は全て話せないこともあるけれど、そうでないことはできるだけ共有するようにしている。

「ええ。師匠が地方で開業してからとった弟子ね」

 ベリンダはジェシカが魔術院に就職が決まったのを機に王都から引っ越して行った。結婚の連絡はしたけれど、お祝いの手紙が届いただけだった。

「その弟子は、師匠が独り立ちの許可を出したらすぐに王都に出発してしまったんですって。師匠が前に勤めていた魔術師事務所の紹介状を持たせたのにそこには行かなかったみたいで、連絡もないまま三ヶ月経って、師匠は心配して王都に出てきたみたい」

 熱心に話すジェシカの食事の手は止まっている。

「魔術師協会には?」

 引っ越したときには管轄の支部に届けを出す。そうすると住居に近い仕事を斡旋してくれるので、ベリンダの紹介状を使わないで仕事を探すなら協会に行かない理由がない。

 ジェシカは「いいえ、行っていないそうよ」と首を振る。

「師匠も一番に確かめたって言っていたわ」

 執事のデニスに「お嬢様」と注意されて再びフォークを動かすジェシカ。

 ユーグはワインを飲んでから、

「俺のほうでも探してみよう。名前や特徴は?」

「コリン・レヴァン、十八歳。黒髪に茶色の目で、師匠が言うには『これと言った特徴がない線の細い若者』だそうよ」

「わかった。そんな魔術師がいないか確認してみるよ」

 ユーグの商会では情報屋も使っているらしいから、そこで調べてくれるのだろう。

 ジェシカはありがたくお願いする。

 デザートのころには、通信魔道具の話になった。

 工房登録はブラッドに話す前にユーグに相談していた。しかし、通信魔道具の件は今まで話題になったことがない。

 ユーグが不便に思っていたなら申し訳ない。

「通信魔道具はあなたのほうが使うと思うの。だから、あなたが使いやすいものを導入しましょう。どこか伝手がある?」

「俺が決めていいのか?」

 ユーグが目を瞬かせた。

「ええ。私は特に希望はないわ」

「ちょうど得意先に通信魔道具の業者を勧められたばかりなんだ。詳しく聞いてみるよ」

「よろしくね」

 空いた皿を下げて、コーヒーを出したデニスがジェシカに声をかけた。

「お嬢様、工房登録なさるのでしたら、そろそろお部屋を片付けませんか?」

 デニスが言うのは父の荷物を押し込めた部屋だ。

 ユーグもジェシカを心配そうに見つめる。

 父が亡くなってそろそろ二年。

 昼間にフィーナやラナと話して、ジェシカも妊娠を身近に感じた。

 当初は子どもを作らない契約だったけれど、今は違う。やることをやっているのだから、いつ授かってもおかしくない。

 そのときに部屋が足りないのでは困る。

「そうね。片付けましょう」


 というわけで、食後、ジェシカとユーグは物置と化している部屋にやってきた。

「こちらは父の荷物を入れた部屋よ」

 メイドのアンが定期的に掃除してくれるため、埃っぽさはない。

 元はジェシカが使っていた部屋なので、大半の家具はジェシカのものだ。父の服や小物が入った箱をどかせば、また子ども部屋として使えるだろう。

「古着屋に売ればいいかしら」

「小物は俺が譲り受けてもいいか? この辺のカフスボタンやタイピンは手放すなんてもったいないぞ」

「ええ、もちろん構わないわ。欲しいものがあれば取り分けてちょうだい」

 ユーグが取り出したタイピンを見て、ジェシカは目を細める。

「懐かしいわ。それ、式典に出るときに父がいつも着けていたの。役職付きになった記念に祖父が贈ったものなんですって」

 父がまだ結婚する前だ。

 四角いオニキスに一粒だけ小さなダイヤモンドが並ぶ、シンプルなデザインだ。

「王都庁の役職者って、式典のときには派手な勲章をつけるのよ。見たことがある?」

「新聞でなら」

「高官になればなるほど派手になるから、どれだけ出世しても勲章の邪魔にならないようにって、祖父は考えたみたい」

 ジェシカはふふっと笑う。

「祖父は外交の仕事をしていたから、父は生まれたときから外国を転々として育って、当時はそれが嫌だったみたい。大人になってからやっと良い経験だったって思えるようになったって言っていたわ」

「ああ、それで?」

 ユーグはジェシカの肩を抱く。

「だから、父は、絶対王都を離れない王都庁に勤めることにしたんですって」

 極端よね、とジェシカは苦笑する。

「おかげで、私は国外旅行はあなたの実家に行ったときが初めてだったもの」

「そうか」

 ユーグがジェシカの頬に触れる。魔力が混ざり合って溶けていく。

 顔を寄せたユーグはジェシカの涙に口付けた。

「やはり倉庫を借りようか? このまま丸ごと残しておけばいい」

「ありがとう。でも、大丈夫よ。あなたが思い出話に付き合ってくれるのなら」

「それは当然。いくらでも付き合うさ」

 ジェシカはお礼代わりに、背伸びしてユーグに軽く口付ける。

「もう一部屋あるの。中はまだ見せていなかったわね」

 ジェシカはユーグの手を引いて、もう一室に案内する。こちらはジェシカが生まれたときから物置扱いだった。

 廊下に控えていたデニスが鍵を開けてくれる。

「物置だと聞いていたが、これは……?」

 室内に一歩踏み込んだユーグは困惑とも取れる声を上げた。

 デニスの管轄なのでジェシカも滅多に入らない。

「祖父が赴任先の国から持ってきた工芸品。いろんな国のものがあるの」

「すごいな」

 壁の二面がガラス戸棚で、小物がずらりと並んでいる。奥の一面は木箱が積まれていた。部屋の中央にも越高のチェストが背面合わせに四つある。

 収められた品は、素朴な木製品や焼き物から、彫刻の施されたガラス製品、繊細な金属細工。宝石をあしらった見るからに高価な品まで、さまざまだ。

 品そのものがこの国にはないものだったり、デザインや素材が独特だったり、異国情緒に溢れている。

「これも売るつもりなのか?」

 ガラス戸棚に見入っていたユーグが尋ねる。

 ジェシカは「どうしようかしら」とデニスに目を向けた。彼は祖父と親交が深かったそうだ。ジェシカ自身は祖父の記憶がない。

 デニスは微笑んで、

「お嬢様とユーグ様のお好きなようになさってください」

 すると、ユーグが、

「これを展示するギャラリーを開かないか?」

「ギャラリー?」

「ああ。商業地区のどこかを借りよう。保管だけでなく展示もするんだ」

「まあ!」

 高位貴族が美術品のコレクションを自邸で披露する話は聞いたことがある。確かにこれもコレクションだ。

「運営はうちの商会に任せてくれないか?」

「いいの?」

 ジェシカは顔を輝かせる。

「もちろん。ジェシカのお祖父様の遺産だもんな。大切にしないと」

「ありがとう、ユーグ!」

 ジェシカはユーグに抱きついたのだった。

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