魔術師の師弟
魔術院の休日、ジェシカはラナを伴ってエイプリル伯爵家を訪ねていた。
「ラナ、緊張しなくて大丈夫よ」
顔なじみの執事に通された応接間で、ジェシカは隣に座るラナに言う。しかし、ラナは「緊張しないわけないですよ!」とふるふると首を振った。
修行休暇のために、先日、ジェシカはラナと師弟契約をした。
もともとジェシカはエイプリル家門下の魔術師の弟子なので、ラナもそうなる。そのため、当主のエイプリル伯爵に挨拶に来たのだ。
「エイプリル伯爵って言っても課長よ? 知ってるでしょ?」
「知ってますけど、課が違うからお話したことはないですもん」
エイプリル伯爵、ブラッド・エイプリルは、ジェシカが勤める王立魔術院の魔術陣・呪文研究課の課長だ。ジェシカは同じ課だけれど、ラナは魔道具研究課なので面識はないそうだ。
ジェシカは、魔術師の素質がわかったときに父が伝手を頼ってブラッドに進路相談をしたため、十年以上前から既知の間柄だ。
そのブラッドが応接間に入ってきた。ジェシカの友人でもある妻のフィーナも一緒だ。
「待たせたね」
「いいえ。今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます」
ジェシカとラナは立ち上がる。
「こちらが私の弟子になったラナ・ロンテリアです」
「初めまして、ラナ・ロンテリアと申します。王立魔術院魔道具研究課、火系統魔道具研究班に所属しています」
勢いよく頭を下げたラナにブラッドが片手を振る。
「ああ、楽にしてくれ。私はエイプリル伯爵家当主のブラッドだ。こちらは妻のフィーナ」
「初めまして、フィーナです。ブラッド様の弟子でもあります」
そして揃ってソファに落ち着いたところで、五十代くらいのメイドが茶を並べた。
「ラナ様のお茶は奥様と同じにしていますからね」
「まあ! ありがとう!」
ジェシカはメイドに礼を言って、首をかしげるラナに、
「フィーナも妊娠中なのよ。ラナと予定日も近いのではないかしら」
「えっ! そうなんですか! あ、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
控えめに笑うフィーナは幸せそうだ。
「今日挨拶に来たのはラナにフィーナを引き合わせる目的もあったの。仲間がいたら心強いんじゃない?」
「そうね、ジェシカ。ありがとう。ラナさん、仲良くしてね」
「そんな、私なんか平民で」
「私だって結婚する前は平民です。それに私は魔術科も卒業していないわ」
「でも、フィーナ様はあの『フィーナ・マーチ』でしょう?」
フィーナは家の事情で高等専門学校魔術科を中退したのだけれど、在学中のレポートが高く評価されていて有名人だった。旧姓のマーチではなく、フィーナ・エイプリルの名前でも有名になる日が近いと思う。
二人の謙遜合戦に、ジェシカはブラッドと顔を見合わせて笑う。
「二人ともそのくらいにしておいたら? どちらもエイプリル家門下の魔術師ってことで、同じでいいじゃない?」
ジェシカが言うと、ブラッドもうなずいた。
「ああ、ラナを一門の魔術師として歓迎しよう」
「ありがとうございます!」
感激するラナに笑顔を向けてから、ブラッドはジェシカを見た。
「修行休暇は、休暇明けに成果の提出が必要なのを知っているかい?」
「ええ、聞きました。せっかくなので、子育てに使える魔道具の開発がいいんじゃないかと思ってます」
ラナにはすでに課題を伝えてある。
「ラナは魔道具が専門なので、陣は私が組んで、共同発表してもいいと思っているんです」
「ぜひ、そうなさいませ。生まれたら魔道具開発なんてしているどころじゃありませんよ。ジェシカ様はすぐにも魔術陣を作らないと間に合いませんよ」
メイドが口を挟むが、驚いているのはラナだけだ。伯爵家なのに主人と使用人の関係が近いのは、このメイドも門下の魔術師だからだ。当代伯爵ブラッドの弟子は今のところフィーナだけなので、彼女は先代伯爵の弟子だ――ブラッドも頭が上がらないとか。
「それで、うちの屋敷でも魔術の実験ができるように工房登録をしたいんです」
「なるほど、確かに必要だね」
新しい魔術の実験や魔道具の開発は魔術師協会に工房登録をした場所でしかできない。ジェシカのウィンドレイク男爵邸は工房登録していないから、ジェシカは魔術院の研究室で行っていた。
「防御結界の魔道具を設置しないとならないんですよね? 良い技術者を紹介していただけませんか?」
「ああ、もちろんだとも」
「紹介状は私が用意します」
「課長、ありがとうございます。フィーナもありがとう」
ジェシカが礼を言うと、ブラッドは笑って首を振ってから、
「防御結界は建物の構造にかけるんだ。照明魔道具のような配線が必要な魔道具は先に取り付けておいたほうがいい。そうしないと、その度に防御結界の魔道具を新調することになる」
「配線が必要な魔道具ですか?」
ジェシカは何かあったかしら、と首をかしげた。
照明はもちろんすでに付いている。他に思いつく魔道具は……。
「あ! 通信魔道具!」
家に仕事を持ち込まない主義だったジェシカの父は、気軽に呼び出されるのを嫌い通信魔道具を取り付けなかった。ジェシカは特に必要に思わなかったため、そのままになっていたのだ。
ユーグは商会の支店長だ。緊急で連絡を取ることもあるだろう。使わないとしても設置して損はない。
「それは先に取り付けるべきだね。こちらも業者を紹介しようか?」
「いえ。おそらくユーグのほうが使うと思いますので、彼に相談してみます」
それから、子育てに必要な魔道具の話題になり、出産も子育ても経験済みのメイドも交えて盛り上がった。
ラナの緊張も解けたかしら。
そう思ったころ、応接間の扉が開き、執事が顔を出す。
「旦那様。珍しい者が訪れました。事前伺いはありませんでしたが、ジェシカ様もいらっしゃっていますし、ちょうどいいのでお通ししてもよろしいでしょうか?」
「誰だい?」
「ベリンダですよ」
執事はブラッドに答えてから、ジェシカに顔を向けて微笑む。
「師匠が来たの?!」
ジェシカは思わず立ち上がる。玄関ホールまで迎えに行こうかと思ったが、執事の後ろから派手な紫のローブの女が現れた。
「あら、ジェシカもいるの?」
「師匠! お久しぶりです!」
「あなた、相変わらず、地味ねぇ。女男爵になったんなら、もう少し豪華なドレスを身につけなさいよ」
ジェシカはベリンダに駆け寄る。
三十代半ばのベリンダ・メルトンは、元はエイプリル伯爵家のメイドで前伯爵の弟子。彼女が独り立ちして伯爵家を辞めたころ、ジェシカは彼女の弟子になった。
姉妹や従姉妹がいないジェシカは、母を亡くしたころと時期が重なることもあり、身近な年上の女性としてベリンダを慕っていた。
「突然どうしたんですか? 王都に来るなら私にも知らせてくれたら良かったのに」
今日ここで偶然会えなかったらベリンダの上京を知らないままだったのかもしれない。ジェシカは口を尖らせた。
「あなたのところにも後で寄るつもりだったわよ。ちょっと問題が起こって悠長に手紙なんて送っている暇がなかっただけよ」
ベリンダはそう言うと、ジェシカを避けてブラッドを見た。
「私の弟子が行方不明になりました」




