ジェシカの弟子
医務室に運ばれた翌々日、ラナが主任のルイスに呼ばれて彼の研究室に入ると、中にはルイスの他にもう一人いた。
「ジェシカのところのミックだ」
ルイスのぶっきらぼうな紹介に、ミックは人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「ミックです。あなたがラナさんっすか? ジェシカさんが休みなんで代理で俺が来ました」
「あ、はい……」
戸惑うラナにミックは、
「ジェシカさんから伝言があるんすけど、まず例の件は俺も聞いてます。すみません。あとルイスさんにも話しました」
「いえ、ジェシカさんから手紙で連絡いただいてましたから」
医務室に運ばれたあと早退してきちんと専門医で調べてもらった結果、やはり妊娠していた。
夫は想像以上に喜んでくれたし、ラナだって子どもは欲しかった。
認定研究員の資格がなくても魔術師の仕事はできる。そう考えて自分をあきらめさせているところだ。
しかし、昨日、ジェシカから手紙が届いた。魔術院を辞めずに出産できる案があるから一日待ってほしい。そのために他の人にも妊娠のことを話すがいいか、という内容だった。
ラナは二つ返事で了承した。
――魔術院まで手紙を持ってきたのはジェシカの家の執事で、やっぱり貴族なんだ、と驚いた。彼女は昨日休みだったそうだけれど、今日も休みで、何かあったのだろうか。
ラナが聞くと、ミックは「あーちょっと家庭の用事みたいです」と苦笑してから、
「最初に確認なんすけど、ラナさんは誰かと師弟契約をしてますか?」
「いえ、してません」
平民から高等専門学校魔術科に進学したラナは、魔術師に伝手がなかったため師匠はいない。
「それならちょうどよかった」
ミックは一枚の書類を差し出した。
魔術師協会の書式の師弟契約書だった。師匠の欄にジェシカのサインがある。
「ジェシカさん夫妻と三長老の話し合いの結果、出産や育児で長期休暇が取れるようになります。あと子連れ出勤もできるようになります。詳細はこれからみたいですけど、三長老が早期実現を目指すと約束してくれました」
「え? それは、もしかしてウィンドレイク主任も……?」
「あ、いえいえ、違います。魔術の実験のためっすね」
「はい?」
実験のために出産休暇が必要とは一体? とラナは疑問に思ったけれど、ミックは構わず話を進めた。
「でも、ラナさんの出産に制度が間に合うかどうかはわからないってことで、師弟契約をして修行休暇を使ったらどうかって、ジェシカさんからの提案です」
「あいつが師匠って柄か?」
ルイスが嫌そうに言い、ミックが「いやいや、上司として超優秀っすよ」と笑う。
ラナは呆然と手元の書類を見た。
「なんで、ウィンドレイク主任は……ここまで?」
「さあ? わかんないすけど。……たまたまラナさんのことで出産時に辞めないとならないことを知って、それはおかしいって思ったからじゃないすかね?」
「たまたま……」
「何も考えてないだけだろ」
「ルイスさんは結婚しても変わらないっすね」
ミックはルイスに苦笑を返してから、ラナに再び向き直る。
「魔術以外には興味がない、他のことはやりたくないって魔術馬鹿な人はいっぱいいるじゃないすか。ジェシカさんは、魔術のためなら労力を惜しまないタイプの魔術馬鹿なんすよ」
ジェシカさんが主任やってるのは個室の研究室が欲しいからですからね、とミックは続けて片目をつぶった。




