オンフィールド商会の支店長
「あー、くそ。どこからばれた?」
ユーグは支店長室の執務机に手紙を投げる。天を仰ぐと重厚な椅子の背もたれが彼を支えた。
手紙はとある男爵家から届いたものだ。中身は令嬢の写真と釣り書き。――見合いの申し込みだった。
ユーグはミナリオ国の商家に生まれた。祖父が興し、父が大きくしたため、下手な貴族より裕福だ。それに加えて、元女優の母に似て少し中性的な美貌の持ち主。父の元で家業に関わるようになってから、店に出ると女性客に囲まれ、貴族のパーティでは令嬢に囲まれ、散々な目に遭った。ユーグは最低限の愛想で対応しているだけなのに「オンフィールド商会の息子は色仕掛けで売っている」と影口を叩かれるにいたって、父もまずいと思ったのか、海を挟んだ北大陸のコノニー国にユーグをやることにしたのだ。
そんなわけで、今、ユーグはコノニー国支店の支店長だ。
こちらに来てから三か月。ユーグは店にも社交界にも顔を出していない。取引先などには副支店長を行かせ、ユーグは書類仕事に専念していた。
「それなのに、これか」
軽いノックのあと返事を待たずに扉が開いた。入ってきたのは副支店長のドナルドだ。ユーグの目付け役として父が選んだ彼は二十八歳。子どものころから商会で働いていたドナルドと、同じく子どものころから商会に出入りしていたユーグは兄弟のような間柄だ。
どよんとした顔のユーグにドナルドは「どうした?」と声をかけた。
「これ」
机の上の見合い写真を指で叩くと、彼は覗き込んで「ああ、なるほど」と納得したのち、持っていた紙をユーグに渡した。
「会頭から魔術電信でさっき届いた」
「なんだ? 緊急連絡か?」
魔術電信は距離や海など関係なくメッセージを伝えることができる技術だが、料金が高いため、よほどのことがない限り利用しない。
『昔世話になった筋からの依頼だから見合いは受けろ。結婚するかの判断は任せる』
電信にはそう書かれていた。
「この見合いはよほどのことなのか……?」
ユーグはため息をつく。
ドナルドは笑った。
「会頭をご存じなら、ユーグの見た目じゃなくて商会の跡取りってことで目を付けたんじゃないか。実際のところ跡取りは姉上なわけだが、そんな内情まで知らないだろ」
「そうか。そうだな! ありえるな」
それなら変装して行ったらどうだろうか。向こうから断ってくれるなら面倒も少ない。
「かわいらしい令嬢じゃないか」
そう言っておもしろそうに笑うドナルドの手から、ユーグは写真を取り上げた。
モノクロで髪や瞳の色などはわからない。服装から専門高等学校の卒業記念の写真ではないかと思われる。本国で頻繁に届いた貴族令嬢の見合い写真のように上品な笑顔ではなく、顔を崩して楽しそうに笑っている。
「二十三歳。お前と同じ年だな。王立魔術院の主任研究員だってさ」
写真をユーグに取られたドナルドは釣り書きに目を通し出した。
彼の言葉を聞きながら、いつの写真だよ、とユーグは令嬢の顔を見つめた。今が二十三なら、専門高等学校の卒業など何年も前のことではないか。
「父親の男爵が亡くなったばかりか。……てことは、爵位継承のために配偶者が必要なんだな」
ユーグが首を傾げると、ドナルドはコノニー国の爵位継承の決まりを教えてくれた。
「男なら独り身でも継承できるのにか?」
「ああ。正式な継承というより、子どもとの間の繋ぎの意味合いが強いんじゃないかな」
「へー、大変だな」
まるで他人事の反応に、ドナルドは苦笑する。
「婿養子に来てほしいんだろ。お前が跡取りじゃないって知ってるってことだ」
「あー。何なんだよ。親父の世話になった筋って」
「いっそ結婚したらどうだ? 女避けに多少の効果はあるだろ」
「多少?!」
「そりゃあ、そうだ。既婚かどうか気にしない女もいる」
「最悪だな」
ユーグは再度天を仰いだのだ。




