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魔術院にて

 ドアを叩く音で、ジェシカははっと身を起こす。居眠りをしていたようだ。

 旅行のあとだから疲れているのかもしれない。

 そう思いながら、ジェシカは椅子に座ったまま身体を伸ばす。

 魔術院の研究室だ。執務机で事務仕事をしていたところだった。旅行は年度末の長期休みに被せたから、ジェシカの不在は実質三日ほどだ。それでも書類が溜まっていた。

「はい、どうぞ」

 ジェシカの返事で部屋に入ってきたのは同じ班の年上の部下ミックだ。勤続年数も彼の方が長い。彼だけでなくジェシカの部下はほとんどが先輩だ。

「ジェシカさん、これにサインもらえますか?」

「急ぎ?」

「代休の申請っす」

「それなら、今確認するわ」

 時間がかからないと判断してジェシカは書類を受け取る。

「ジェシカさん、今週、昼空いてる日ってあります? 会議室借りて昼飯食いながら照明魔道具の反省会しようって話出てるんすけど」

 結婚披露パーティーで班のメンバーから贈られた照明魔道具の礼は、不具合報告も含めて朝の出勤時に伝えてある。

「ええ。いいわよ。今週は会議も急ぎの案件もないから、いつでも大丈夫」

「おっ、そしたら、明日っすかね。ジェシカさんの旅行の思い出話も楽しみにしてます」

「思い出話? ユーグが闇魔術に囚われた話くらいしかないわ」

「くらいって、なんすかそれ。さすがジェシカさん、期待以上のネタ!」

 あくびが出そうになり手で口元を押さえながら、ジェシカはサインした書類をミックに返す。

「お疲れっすか?」

「そうね。昨日帰ってきたばかりだから。それに朝から書類とにらめっこだもの」

 処理済みの箱から書類を取り上げるジェシカに、ミックが、

「提出なら俺が行きましょうか?」

「ありがとう。でも、大丈夫よ。魔道具の登録もあるから、自分で行くわ」

「どの魔道具です?」

「変装の指輪」

 ジェシカはユーグに贈った指輪を軽量化したものを特許出願していた。休みの間に通ったため、それをふまえて魔術一覧に登録する必要があった。

 王立魔術院に所属する魔術師は、新規開発した魔術陣や呪文、魔道具を魔術一覧に登録する義務がある。一般の魔術師なら登録は任意だ。魔術一覧は同盟国の間で共有され、誰でも見れて、掲載された魔術は誰でも使える。ただし、特許を取ってから登録すると商用利用を独占できるのだ。

「おー。特許取れたんすね。おめでとうございます! 魔道具工房に売り込むんですか?」

「考え中よ」

 指輪を小さくするために魔術陣を宝飾品の工房で彫ってもらったため、通常の魔道具工房では作れないのだ。ユーグのオンフィールド商会に話を持っていったほうがいいかもしれない。

 ミックと話しながら一緒に研究室を出ようとすると、開いたままのドアから課長のブラッド・エイプリル伯爵が顔を出した。

「ジェシカ、少しいいかな」

「あら、課長。お久しぶりです」

 長期休暇明けで初めて顔を合わせるブラッドにジェシカもミックも挨拶した。

「週末にフィーナと出かける約束をしていただろう? フィーナから伝言なんだが、ジェシカの都合が悪くなければこちらの屋敷に来てくれないかと」

 ブラッドの妻フィーナはジェシカの友人でもある。三十半ばのブラッドとジェシカと同い年のフィーナは年の差、身分差を超えた結婚をした。

 ジェシカは彼女とカフェで待ち合わせてミナリオ国の土産を渡すつもりだった。

「ええ、私はもちろん構いません。もともと決めていた時間に伺えば良いでしょうか?」

「ああ、手紙を預かってきているから、詳しくはこれを」

 ブラッドは手紙を差し出して、少し照れたように笑った。

「実は子どもができたんだ。それで安定するまでは念のため外出は控えてほしくて……私が心配症なだけだな」

「まあ! おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

「お祝いの品を考えなくちゃ。何がいいかしら。先日の照明魔道具なんてどう?」

「お、いいっすね! 全体的に光を弱くしましょうか」

「そうね。あと天井に取り付けるのではなくて、独立式のほうが勝手がいいかもしれないわ」

「どうすかね、課長」

「ああ、いや、それはまた改めてで。……ジェシカ、それは登録の書類かい?」

 二人で盛り上がるジェシカとミックを止めるためか、ブラッドがジェシカの手の中の書類に話題を振った。

「はい。ユーグの変装の指輪の改良版です。特許が取れたのでやっと登録できます」

 軽量化はフィーナのアドバイスのおかげでもある。その礼もしたい。

「あの魔道具か……」

 ブラッドは難しい顔をして顎をさすった。

「販売する場合は慎重にしたほうがいい。委託先もだが、客もだな。身元がはっきりしない者には売らないように」

「なぜですか?」

「軍事利用できてしまうからだ」

「ああ、密偵とかにはうってつけっすね」

「そうね……」

 髪と髭を伸ばして色を変えることができる魔道具だ。軍事目的のほか、犯罪に使われてしまう危険も考えなくてはならない。

「まあ、でも、髪と髭があんなにもじゃもじゃになったら、逆に怪しさ満点って気もしますけどね」

「それはそうだな」

 ミックが茶化すとブラッドも苦笑する。そして、ジェシカに向き直ると、

「念には念を入れてもやりすぎにはならない。くれぐれも気をつけてほしい」

「はい。わかりました」

 深くうなずくと、少しくらっとした。

 眉間を押さえるジェシカに、ブラッドが眉をひそめる。

「疲れているのかい? 帰国したばかりだったか」

「ええ、昨日戻ったんです。……うーん、なんだか眠くて。書類提出がてら、歩いてきます」

 先立って研究室を出るジェシカの後ろで、ミックとブラッドが顔を見合わせた。

「ジェシカさんももしかして……」

「繊細なことだから指摘しにくいなぁ。フィーナに話してみるか」

 と、ジェシカに聞こえないように小声で言い合っていた。


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