帰国
「お嬢様、このネックレスは何ですか?」
ミナリオ国のユーグの実家からコノニー国の自邸に帰ってきて、旅の荷物を片付けていたときだ。
トランクの中身を出していたメイドのアンがジェシカに声をかけた。
「ああ、お母様からたくさん宝飾品をいただいたのよ。あとでお礼を贈らなくちゃいけないわね」
「いえいえ、違いますよ。このサファイアのネックレスです」
「サファイア?」
別のトランクを開けていたジェシカは、そこでやっとアンを振り返る。手に取るのもためらうのか、アンはトランクの中を指差していた。
そこを覗き込んだジェシカは首を傾げる。
衣類の上にぽんと無造作に載っていたのは、結婚披露パーティーでジェシカが身につけたスターサファイアのネックレスだった。
見るからに高価な宝飾品が剥き出しで出てきたら、たしかにこの道三十年以上のベテランメイドのアンでも対処に困るだろう。
ジェシカに入れた覚えはない。それにこれはオンフィールド商会からの貸し出し品だった。
魔力を帯びた珍しい宝石だったけれど、パーティーの最中に起こった事件のときにジェシカが宝石の魔力を使ってしまっため、魔力がなくなってしまった。しかし、価値が下がったわけではないから責任をとる必要ないと、商会の宝飾品部門を取り仕切っているユーグの姉マリアンヌに言われた。だから迷った末に買うのはやめたのだ。
「どうかした?」
同じ部屋で自分の荷解きをしていたユーグも気になったのかやってきた。ジェシカはネックレスを取り上げて彼に見せる。
「荷物に紛れ込んでいたの。私は入れていないけれど、あなたが入れたんじゃないわよね?」
「いや、俺は知らない。姉さんに返したぞ」
「お姉様が入れたのかしら」
ユーグは首を振って、
「それはないと思う。ティアラとイヤリングも揃いになったパリュールだろ? ネックレスだけ渡すなんて、姉さんはしない。ケースに入れないのはもってのほかだな」
「それじゃあ、なぜかしら? 偶然入る可能性がある?」
本物なのかしら、とジェシカはサファイアに触れる。するとわずかに魔力の流れを感じた。
ふわりと温かい。相性のいいユーグに触れたときに似ている心地よさだ。前は特に感じなかったのに、一度魔力が空になって変わったのだろうか。
「ほんの少しだけれど、魔力が戻っているわ。試着のときに感じた魔力と違うみたい……。自発? それとも自然界の魔力を集めてる?」
ペンダントトップのベースは白金。冴え渡る青に六筋の白い線が入ったカボションカットのスターサファイアを中心に、左右に小ぶりのダイヤモンドが三つずつ並ぶ。
ジェシカはそれをかざして見る。角度を変えると星が瞬くように光の加減が変わった。青も揺らめくように見えたのは気のせいだろうか。
「やっぱり魔術に関係あるわよね。古代魔術の媒介……魔道具の可能性もあるかしら。どこかに魔術陣が刻まれているかもしれないわ。宝石を外したらダメよね」
「それはやめてくれ。姉さんに怒られるのは俺だ」
「そうよね。分解したら壊れる魔道具もあるし、まずはこのまま分析しないと」
「そういう意味じゃなくてだな……」
「魔術院の古代魔術研究課で見てもらうのが早いわね」
入れたつもりはないのに荷物に入っていたことは忘れて、宝飾品ではなく完全に魔道具として扱うジェシカをユーグが「ちょっと待ってくれ」と止める。
「どうして荷物に混ざってたのか、先に姉さんに聞いてみるから」
「あら、そうよね。向こうで探していたら申し訳ないわ」
ごめんなさい、とジェシカはユーグにネックレスを渡す。受け取ったユーグは、
「やっぱりこれは買おう。セットの残りも送ってもらうよ。分析とか分解とかはそのあとにしたらいい」
「いいの? 分解したらネックレスとしては使えなくなるかもしれないわよ」
ジェシカは驚いてユーグを見上げる。
彼は明るく笑って、
「それもジェシカらしい使い道で悪くないだろ」
「ありがとう!」
ジェシカはユーグに抱きついた。
「お姉様に怒られるときは私も一緒よ!」
「そこは俺を庇ってくれよ……」
ため息をつきながらもユーグはジェシカを抱き返してくれた。
くっついたところから境界が溶けるように、魔力が混ざっていく。
結婚一年を超えても仲の良い二人にアンが顔を綻ばせて部屋から出ていったけれど、お互いしか見ていないジェシカとユーグは気づかなかったのだった。