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閑話:ウィンドレイク男爵家の執事とオンフィールド家

 結婚披露パーティーも終わりジェシカが回復してから、とある夕食後のこと。

「そういえば、ウィンドレイク男爵家の執事のデニスだけど、世話になったってどういうこと?」

 姉と母がジェシカを連れていってしまい、父と二人で居間に取り残されたユーグはふと思い出し、父に尋ねた。

 ちなみに、姉の夫モルガンは商談があってまだ帰宅していない。

 読んでいた新聞から顔を上げた父バティストは、少し首を傾げた。

「ほら、見合いの話が来たとき、『昔世話になった筋からの依頼だから受けろ』ってわざわざ魔術電信で連絡してきただろ? 俺を選んだのはデニスだったって、あとからジェシカに聞いたんだよ」

「ああ……」

 ユーグが説明すると、バティストは納得顔でうなずいた。

「デニスさんには聞かなかったのか?」

「いや、聞いたけど教えてもらなかった。父さんから聞けってさ」

 ウィンドレイク男爵家で一番の謎がデニスだ。ジェシカの父が爵位を継いだころから勤めているそうだが、前職などはジェシカも知らないらしい。六十歳代の年齢の割に矍鑠とした人物だった。

 ウィンドレイク男爵家の使用人は謎多き執事デニスとジェシカの母代わりのようなメイドのアン。ジェシカは二人を家族同然に扱っていたから、ユーグも合わせた。

 ユーグは、今ほど商会が大きくなる前にメイドがひとりだけで母が家事をしていたころの記憶もある。商会の人間がひっきりなしに出入りしていたからにぎやかな家だった。現在のオンフィールド家は使用人も多いが、男爵家と同じように距離が近い。

 家の中にはっきりと身分差があるような家だったら、居心地が悪かっただろう。婿入り先が男爵家で良かった。

 ――まあ、いくらうちでも爵位の高い家からはさすがに結婚の打診はないか。

 そんなことを考えていたユーグだったが、バティストが新聞を閉じた音で我に返る。

「デニスさんはミナリオ国のとある侯爵家の執事だったんだ」

「えっ、この国の?」

 同郷だったとは知らなかった。

「フランセットが女優として売れ始めたころ、俺たちはまだ単なる幼馴染だったんだが……フランセットが貴族のお坊ちゃんからアプローチを受けたんだ。それが下種なやつでな。普通に言い寄って断られたら、暴力に訴えることにしたらしい」

「え!? 母さんは無事だったんだよな?」

「もちろん」

 バティストは大きくうなずく。

「その犯罪を阻止してくれたのがデニスさんなんだ」

 フランセットに良からぬことをたくらんでいたのはデニスが勤めていた家の息子だった。家の使用人に犯罪行為を手伝わせようとしていたため、デニスに伝わった。本来なら主人に注進すべきところだが、息子が息子なら親も親だったらしい。使用人や領民への態度からきっと息子を止めないだろうと考えたデニスは、長年の不満からすでに主人に見切りをつけていたこともあって、大々的に社交場で犯罪計画を暴露したそうだ。

「そのパーティーには俺とフランセットも参加していて、まあなかなか見ものだったね。王家に連なる方も見ている前で、証拠の手紙から証人まで揃えての断罪劇。同類の友人ともども引っ立てられていったよ。フランセットなんか、劇よりもおもしろかったと笑っていたけれど……自分が巻き込まれるところだったんだからやせ我慢だっただろうね。それがきっかけで……あ、ああ、まあ、そうだな」

 バティストは語っている相手が自分の息子だと思い出したのか、言葉を濁す。

 幼馴染から恋愛に発展したのだろう。

 ユーグも両親のなれそめには特に興味がないからそれ以上は聞かなかった。

「それでデニスが恩人だってことか」

「感謝してもしきれないな」

 バティストは一度言葉を切ってから、顔をしかめると、

「息子の犯罪から親の不正も暴かれて、最終的に侯爵家は取りつぶされた。デニスさんは俺たちにとっては恩人だし、正しいことをしたわけだが、主人を売ったってことで貴族からは嫌がられ次の就職先が見つからなかったらしい」

「ああ……」

 ありそうな話だ、とユーグもため息をつく。

「それを取り立てたのが当時コノニー国の大使補佐官だったウィンドレイク男爵――ジェシカの祖父君だ。断罪劇の場が大使館のパーティーだったからね。男爵がちょうど空きがあった大使館の執事にデニスさんを推薦してくださったんだ。『堂々と彼を雇うことで不正はしないと示せるでしょう』と大使に進言したとか、しないとか」

 見合いの席で渡された資料に初代男爵の役職や功績が書かれていたのを思い出す。平民から外務省の筆頭事務官まで上り詰め、爵位を賜った人物だ。船の事故で亡くなったが、そうでなければ副大臣あるいは大臣まで務めた可能性もある。

 ジェシカが生まれてすぐに亡くなったそうで、祖父の話をしたとき「皆、早く亡くなってしまうの」と彼女は悲しそうに目を伏せた。

「男爵が亡くなったあと、デニスさんは大使館を辞めてコノニー国に渡ったんだ。俺たちのところにも挨拶に来てくださったんだが、お前はまだフランセットの中だったかな」

「生まれていても覚えてられないだろ」

 ユーグがそう言うと、父は朗らかに笑う。大きくなったなと言わんばかりに目を細めるから、ユーグは気まずく、冷めた紅茶を手に取ってごまかした。

「男爵とデニスさんは立場を越えて仲が良かったらしい。男爵が爵位を賜る前だったおかげもあるかな……。男爵はデニスさんが勤めてから一年ほどでコノニー国に戻ったけれど交流は続いていて、弔問のときに男爵家に執事がいないと聞いたデニスさんは決めたそうだ」

「そんなことがあったのか……」

 感心するユーグにバティストが真剣な顔を向ける。

「デニスさんは一介の執事なのに、貴族の不正を暴ける傑物だぞ。お前も変な気を起こすなよ」

「変な気?」

「浮気とか犯罪とかだ」

「するわけないだろ」

 冗談かと軽く笑ったユーグに、バティストはさらに詰め寄った。

「何かあったらただじゃおかないって圧力が手紙から漂ってくるんだ。お前の態度は商会の存続に関わるからな。心してくれ」

 ユーグは結婚当初にジェシカとすれ違いがあったときのことを思い出す。

 ジェシカを悲しませるなと丁寧に忠告されたのだ。

 デニスやバティストに言われるまでもなく、ユーグはもう二度とあんなすれ違いを起こすつもりはない。

「よし」

 両ひざを叩いて立ちあがると、バティストが「なんだ?」と見上げる。

「母さんたちからジェシカを取り戻してくる」

 リゾート行きを取りやめたせいで、ミナリオ国滞在中はずっと実家に泊まることになった。昼間に二人で王都を観光している間はともかく、家の中では母と姉がジェシカを独占している状態だ。

 二人ともジェシカと魔力の相性がいいらしく、最初は遠慮していたジェシカも今では平気で疲れたら姉や母に触れるようになった。もうすぐコノニー国に帰るのだからと母たちに譲っていては、ユーグの存在感が薄れてしまう。

 意気揚々と居間を出て行くユーグに、バティストは「まあがんばれ」と生温かい視線を向けたのだった。



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