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結婚披露パーティー

 控え室でパーティーの支度を整えたジェシカを目にしたとき、ユーグは思わず言葉を失った。仮縫い段階では見ていたが、完成したドレスを着たジェシカを見るのは初めてだ。化粧や髪型もいつもと違う。

 深紅のドレスはスカートを大きく膨らませた形だ。胸元と裾に銀糸で蔦模様を刺繍してある。キラキラ光るのは小さなダイヤモンドが縫いとめてあるからだ。

 濃い色のドレスと対比で、ジェシカの肌の白さが際立つ。下品にならない程度に開いたデコルテに、スターサファイアのネックレスが映え、揃いの小ぶりなティアラが結い上げた髪を飾っている。うなじは吸い付きたくなるほど魅力的だった。

「もう時間なの? 行きましょう」

 ユーグの反応など気にとめず、ついでにユーグの装いも気にせず、ジェシカはユーグに手を差し出した。そして動きを止めているユーグに首を傾げた。

「どうかしたの?」

「ジェシカ、綺麗だ……」

「えっ!」

 ユーグが感嘆すると、ジェシカは驚いてから頬を染め、うろたえたように視線を彷徨わせる。

「え?」

 今度はユーグが首を傾げるほうだ。

 ジェシカが照れるなんて、今まであっただろうか。

 服装を褒めるのは初めてではないが、ジェシカは「ありがとう」と笑顔を返したり着心地やデザインの感想を言ったりする。

 ユーグがまじまじと自分を見ていることに気づいたジェシカは、

「そんなに見ないで」

「いや、君の反応が珍しくて」

「綺麗なんて初めて言われたから」

 上目遣いで頬を染めたジェシカに、ユーグの視線は釘付けになる。

「あなた、いつもは私のことかわいいって言うわ。綺麗とは言わないもの。父や母からもかわいいとしか言われたことがないし」

 今はどう考えてもかわいいが、ユーグは「綺麗だ」と繰り返した。

 ジェシカは「もう、やめて」とうつむく。そんな様子も珍しい。

 パーティーなんてやめてこのまま部屋に連れ込みたい。

「あなたも……今日は髪を上げているのね。似合ってるわ。こげ茶色じゃないし……あら? この深紅の生地、私とお揃いなのね」

 間違い探しをするようにユーグの装いに言及して、正解でしょ、とジェシカは笑う。彼女に笑顔を返してから、ユーグは腕を差し出した。

 今日は服も手袋も魔力を遮る仕様だ。ジェシカが一番気に入ってくれている「ユーグの魅力」が発揮できないとは、なんとも残念だった。


 パーティーは立食形式だ。貴族も多いため、こちらから挨拶に行く相手と向こうから来る相手と半々くらいか。ユーグの友人を抜かせばほとんど商会の関係で、ジェシカに付き合わせてしまって今さら申し訳なく思った。ジェシカの友人知人は誰も出席していない。

 初対面の相手ばかりなのに、ジェシカはそつなくこなしている。

 どういうわけか、気難しいところのある政財界の有力者ほどウケが良い。

 とある伯爵と挨拶したときは、彼のタイピンを目にとめ、

「そちらは隣国で開発された台座を使用したものでは?」

 庶民なら年単位で暮らせそうな値段がすると思われる宝石はそっちのけで、「複数の石を高低差をつけて嵌めることができるんですよね。宝石同士を隣接してつけられるのも特徴だとか」といつものように言い出した。

 一瞬ぽかんとした伯爵はすぐに破顔し、

「その通りだ。開発に私も一枚噛んでいる」

「宝飾品のデザインは魔道具にも応用できて、広く一般の生活向上にも繋がりますから、素晴らしい活動だと思います」

 伯爵は魔道具への応用なんて考えてもいないだろうが、ジェシカの言葉にうなずいた。

「ははっ、おもしろい。ユーグ君は良い人を選んだね」

「いいえ、選ばれたの私のほうですよ」

 ユーグがジェシカの腰を引き寄せると、伯爵はますます笑った。

 今までユーグは取引先の男性から娘や妻をたぶらかす男と眉をひそめられることが多かったが、ジェシカを取られないように牽制してまわっているうちに彼らからの視線が変わっていった。


:::::::::


 パーティーも後半のころ、ジェシカたちの前にシドニーがやってきた。

 前日のことなど何もなかったように彼女はにこやかに笑った。

「ご結婚おめでとうございます」

 怪訝に思いながらもジェシカは礼を返すしかない。

 そこで、彼女の後ろからセザールがやってきた。漆黒のローブに大ぶりの留め具が飾られている。魔道具かもしれない。

 彼を認めたユーグは係員に合図をした。いきなり暗くしては客が戸惑うだろうと、余興の始まりを知らせることにしていたのだ。

「お集まりの皆さま、ここで花嫁の勤務するコノニー国王立魔術院の有志の方々より贈られた特別な魔道具を披露いたします。会場が暗くなりますので、お気をつけください」

 拡声器で係員が口上を述べ、セザールが携帯用の小さな石板に魔術陣を描いた。

 彼の呪文は小声で、ジェシカには聞こえなかった。

 会場が暗くなる。

 ジェシカは天井に視線を向けた。

 暗くなったら回転灯の魔道具が目立つはずだった。

 しかし、会場は暗いままだ。

「どうして? 回転灯が止まっているの?」

 セザールに魔術を解除してもらおうと思ったとき、ずっと触れていたユーグの腕が消えた。

「えっ!? ユーグ?」

 ジェシカが声を上げたせいか、真っ暗な時間が長く続いているためか、会場がざわつく。女性の悲鳴も聞こえた。

「セザールさん、魔術の解除を! セザールさん? いないの?」

 ジェシカは歯を使って右の手袋を脱ぎ、持っていたグラスの果汁に指を浸し、足元に魔術陣を描いた。

「夏の日。冬の火。闇を照らそう。隅々まで光を届けよう」

 魔術陣は強い光を発し、玉になって天井に浮かぶ。

 ジェシカの光の玉が照らすと会場の中が見て取れた。

 回転灯は闇に覆われている。壊れたのではなく光が漏れないようになっていた。

 闇の魔術は依然として働いているため、光の玉の範囲外は真っ暗だ。

 少し見えるようになり非常事態が理解できた客たちが騒ぐ。

 ユーグはいない。セザールも見当たらない。

 目の前にいたはずのシドニーもいなかった。

 よくわからないが、セザールの仕業だと想像はつく。彼の魔術を打ち破らないとならないが、魔力の相性が悪さがどう影響するか。

「ミック、黙らせて!」

 いつもの野外活動の習慣で部下に呼びかけてしまい、彼がいないのだと思い出す。周囲がうるさいけれど仕方がない、とあきらめて魔術陣を描くジェシカだったが、

「お黙りなさい!」

 凛と通る声が会場を静かにさせた。

 フランセットだった。元女優の声は拡声器なしでもよく響いた。

 心の中で「お母様、ありがとうございます」と呼びかけて、ジェシカは呪文を詠唱する。会場内のどこかにある闇籠りの魔術の核を壊すため、大きな魔術を展開する必要があった。

「ここにない白、青。闇の天幕を吹き払う風。消し去りなさい。打ち壊しなさい。今すぐに」

 先ほどの比ではない光が魔術陣から漏れ出す。風がジェシカの髪やスカートを揺らし、ぶわりと広がった。

 ――思ったよりも威力がない。

 ジェシカは焦ったけれど、光と風が広がるのに合わせて、会場を覆っていた闇籠りの魔術は消えた。

 明るさが戻った会場には、大きな黒い塊がぽかりと浮いていた。

「あれは、なんなの?」

「ちっ。失敗か。意外に魔力があったんだな。……くそ、逃げるしかないのか」

 セザールはすでに窓際にいた。あと一歩遅かったら逃げられていたかもしれない。黒い塊も彼の近くに浮いている。

 彼の姿を隠していた魔術も同時にジェシカが打ち破っていた。しかし、一気に全部破るつもりで詠唱したのに、黒い塊の魔術は破れていない。セザールとの魔力の相性以外にも何か原因がある気がする。

「待ちなさい!」

 ジェシカは、天井に浮かんだままだった光の玉を彼の目の前に落とす。

「うわっ」

 まぶしさにひるんだところを、会場の警備員が取り押さえた。

「呪文を唱えられないようにして!」

 ジェシカが叫ぶと警備員はセザールの口に布を噛ませる。

 ふらっと倒れそうになったジェシカを誰かが支えてくれた。むき出しの腕に触れられた手から、マリアンヌだとわかる。魔力がするすると整っていく。

「ジェシカ、大丈夫?」

「ええ、ありがとうございます。なぜか魔術が使いにくくて……って、あら。そういえば指輪を外すのを忘れていたわ」

 三長老からもらった魔力を抑える魔道具だ。

 ジェシカは指輪を外すと、思い立って、マリアンヌにネックレスも外してもらった。

「もしかして、ユーグはあの中なの?」

 マリアンヌが宙に浮かんだ黒い塊を見た。

「おそらくは」

 ジェシカはうなずいて、マリアンヌに離れるように言う。

 床にもう一度魔術陣を描いた。

 真ん中にスターサファイアのネックレスを置く。この宝石の魔力も取り込んで使う魔術陣だ。

「ここにない白、青。闇の天幕を吹き払う風。消し去りなさい。打ち壊しなさい。跡形もなく焼き払いなさい」

 視界は真っ白になる。

 今度は想定通りだった。

 黒い塊を光が包んで、溶かした。闇を風がさらっていく。

「うわっ」

「きゃあ!」

 二人分の悲鳴があがった。

「風よ! 支えなさい」

 ジェシカは慌てて呪文を付け加えて、ユーグとシドニーの落下を防いだ。

 二人はすうっと床に降り、座り込んだ。

「ユーグ!」

 ジェシカがユーグに抱きつくと、支えきれなかった彼はジェシカごと床に倒れた。

「あ、ごめんなさい」

「ジェシカ、ありがとう。真っ暗な中で君の声だけが聞こえたんだ」

 ユーグはジェシカをぎゅっと抱きしめてくれた。

「ユーグ、良かった! 私、あなたまでいなくなってしまったら……」

 ジェシカは声を詰まらせる。

「大丈夫。俺はいなくならない」

「ユーグ……」

「何かあっても、君が助けてくれるからな」

 本格的に泣き出したジェシカの頭をなでて、ユーグは茶化した。

「ええ、がんばるわ……物理的な攻撃と魔術攻撃を防御して……救難信号を発する魔道具……いいえ、現在位置を共有するほうがいいかしら。発動方法も検討しないと誤作動は困るし……防御するならいっそのこと攻撃なんて……」

 泣き声の合間に物騒な計画が混ざるジェシカにユーグは苦笑した。

 ――そんな二人の横。両親に抱きしめられたシドニーが「ジェシカ様、素敵」とキラキラした目でジェシカを見つめていたのだが、ジェシカとユーグは二人の世界に入っていたため全く気づいていなかった。


::::::::::


 結婚披露パーティーの翌日からユーグたちは、海辺のリゾートに遊びに行く予定になっていた。

 しかし大きな魔術を一度にたくさん使ったジェシカが寝込んでしまい、リゾートはキャンセルになった。

「ごめんなさい。せっかく準備してくれていたのに」

 謝るジェシカにユーグは首を振る。

 警備隊に事件の事情説明をしたり、セザールの雇い主だったマーブルグ伯爵が見舞いに訪れたりと、バタバタしていたため、どちらにしてもリゾートには行けなかっただろう。

 セザールはシドニーに思いを寄せていたのだが、身分差からうまくいかないとわかっていたため、強硬手段に出ることをずっと考えていたそうだ。シドニーがいる場で闇籠りの魔術を使える機会、しかもユーグを餌にすれば彼女を都合よく動かせると踏んで、今回の凶行に至ったという。シドニーを攫うだけでも良かったのだが、人質としてユーグも攫うつもりだった。会場から逃げたあとの潜伏先や国外逃亡の計画も以前から用意してあり、あとはタイミングだけだったようだ。

 その事実に震えたのはマーブルグ伯爵で、ジェシカに伝えてほしいと何度も礼を言っていた。

 伯爵と一緒に来たシドニーは、

「わたくし、やっとわかりましたわ。ユーグ様の美貌を守れるのはジェシカ様だけなのですね。素敵ですわ! あのもさもさヒゲもユーグ様を守るため! はあ、素敵ですわぁ!」

 と、よくわからないことを言っていたが、ジェシカを貶めるようなことでないならどうでもいい。

 そんなことを思い出しながらユーグは笑って、ジェシカの頭を撫でた。

「ゆっくり休んで」

「ええ」

 ベッドに寝ているジェシカは両手を差し出す。

「一緒に寝て」

 ――ユーグが断れないのは仕方がないことだった。


 そんなこんなで、二人の結婚披露パーティーと新婚旅行は幕を閉じた。

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