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ユーグの家族との顔合わせ

 ジェシカは、ユーグと一緒にミナリオ国にやってきた。

 ユーグの家族への挨拶が旅の目的だが、新婚旅行も兼ねている。ついでにミナリオ国で結婚披露パーティーも行う予定だった。

 結婚一周年はとっくに過ぎていたけれど、ユーグが「新婚旅行だ」と繰り返すからジェシカもそのつもりでいる。ジェシカは国外旅行は初めてだ。

 ミナリオ国までは丸二日。朝に出港して、船内で二泊したのちの朝に着いた。

 長期休みを取るためにジェシカもユーグも最近はずっと忙しくしていたから、ゆっくりできるのも久しぶりで、船旅の間、ジェシカはユーグにずっとくっついていた。

 おかげでジェシカはすっかり元気になって船を降りたのだった。


 ユーグの実家オンフィールド家の屋敷は王都の住宅地にあった。周りの家を見るに、貴族の屋敷が並ぶ一等地だろう。

 爵位はないが国を跨いで営業している大商会だ。ジェシカの名前だけの男爵家とは違う。

 港から馬車に乗り到着した屋敷はかなりの規模だった。

「伯爵家だって言われても驚かないわ」

 大きいわね、と見上げるジェシカに、ユーグは肩をすくめた。

「元伯爵家の屋敷を父が買ったんだ。見た目から入ったほうが貴族受けがいいからってさ」

 ユーグの家族は揃って玄関ホールでジェシカを出迎えてくれた。

 初めて政府の議会で発表を行ったときよりも緊張する。

「はじめまして。ジェシカ・ウィンドレイクと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 カーテシーで挨拶するジェシカに、ユーグの父が慌てた。

「いや、そんな丁寧に。気楽にしてください。ジェシカ様」

「爵位は名ばかりなので、ジェシカで構いません。お父様こそ、気楽になさってください」

「では、お言葉に甘えて。はじめまして。ユーグの父バティストだ」

 ジェシカは差し出された手を握る。手袋をつけていなかったから、バティストの手が貴族のようになめらかでないのがわかる。大きな温かい手にぎゅっと握られ、歓迎されていると感じたジェシカはほっとした。

 それから、バティストの隣りにいた夫人が、

「母のフランセットです。よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いいたします」

 フランセットの手を握ったジェシカは、「あ……」と小さく声を上げた。

 魔力が混ざる感覚が、ユーグに触れたときと似ている。

 フランセットはジェシカの様子に少し首を傾げたけれど、ジェシカが何か言うより先にユーグの姉がジェシカの手を取った。

「私はユーグの姉のマリアンヌよ。こっちは夫のモルガン」

「ああ……」

 マリアンヌと握手して、ジェシカは今度こそはっきり嘆息した。

「お姉様とユーグはお母様に似てるのね」

 ジェシカがそう言うと、マリアンヌはばっと手を振り払い、眉を吊り上げた。

「そういうお世辞は結構よ! ユーグはともかく私は母には似ていないわ」

「いいえ! そっくりです! 魔力が!」

「は? 魔力?」

 気勢を削がれてぽかんとするマリアンヌの手を再び取り、今度は両手で握りしめる。

 それだけで身体がほんわりと温まる。魔力が混ざり、境界が溶ける。流れが整い、肩に入っていた無駄な力が抜けていく。

「はぁ……」

 うっとりとため息をつくジェシカを、ずっと黙っていたユーグが引き寄せた。マリアンヌから引き離され、ジェシカはユーグを睨む。

「皆、戸惑ってるだろ」

「あら。そうよね。失礼いたしました」

 確かにその通りだ。ジェシカは改めてマリアンヌに向き直る。

「私は魔術師なのです。魔術師は自分と相手の魔力の相性を感じ取れるのですが、私はユーグと相性が良くて」

「ジェシカが俺を結婚相手に選んだ理由が魔力の相性だもんな」

 なんとなく自慢げなユーグにうなずき、

「本当に相性が良くて、毎晩気持ち良くしてもらっているんです。だから、ユーグと出会えたことに感謝しています」

「魔力がな! 手を繋ぐだけで、肩こりが治るんだよな!」

 力説するジェシカにユーグが慌てて補足した。モルガンがぶっと吹き出し、バティストもフランセットも苦笑している。

「でも、ユーグよりお姉様の方が魔力の相性が良さそうなんです! もう一度触れてもいいですか?」

「えっ! 待て! ジェシカ、俺が一番じゃないのか?」

 マリアンヌに伸ばした手をユーグが掴み、ジェシカをくるりと回す。肩を押さえて顔を覗き込むユーグに、ジェシカは興奮を隠しきれずに捲し立てた。

「そうなのよ! あなたより相性がいい人なんていないと思っていたのに、驚いたわ。触れたそばから疲れが癒されていくの。とろけるみたいにふわぁって……気持ち良かったわ」

「ダメだ。姉さんには触らないでくれ」

「あなたの家族は私の家族と言ってもいいわよね? それなら、私がお姉様に触れるのに何の問題が?」

「ある! 大ありだ。俺が不快だ。ジェシカを気持ち良くさせるのは俺だけだから」

 言い争う二人に、マリアンヌは「まあ、おもしろい子! 気に入ったわ」と、ジェシカを後ろから抱きしめた。

 魔力が混ざり、癒される。ジェシカがとろんと目を閉じる前に、ユーグがジェシカを取り返した。


:::::::::


 オンフィールド家に着いたのは午前。その日は家族揃っての晩餐くらいで、ゆっくりと過ごさせてもらった。

 その翌日からが怒涛の日々だった。

 まずはパーティーで着るドレスの試着だ。

 オンフィールド商会はミナリオ国の特産の染物を扱っているため、取引先の多くは仕立て屋だそうだ。そのうちの付き合いの長い店に、ユーグがドレスの仕立てを頼んでいた。

 採寸とデザインの打ち合わせ、その後の仮縫い段階での確認は、わざわざミナリオ国からコノニー国まで仕立て屋に来てもらったのだ。

 特に希望もないジェシカは全部ユーグに任せてしまったが、あまりにも大事になり驚いた。既製品を手直しするだけでも良いのに、と訴えたがユーグは「商会の宣伝も兼ねているから」と取り合ってくれなかった。

 仮縫いが一月ほど前だ。体型維持には気を使っていたけれど――ジェシカ以上にメイドのアンが気にしてくれた――、忙しかったこともあって少し痩せていたようだ。

「詰めましょうか?」

「うーん、このくらいなら食べたら戻るんじゃない?」

「そうねぇ。ちょっと詰めるなら当日でも調整できるわよね」

「ええ、そうですね。ではこのままで」

 仕立て屋と相談しているのはフランセットとマリアンヌだ。ジェシカはトルソーよろしくドレスを纏って立っているだけだった。ちなみに「当日のお楽しみ」と追い出されたユーグは会場の下見に行っている。

 サイズの確認が終わると、今度は装飾品の選定だ。宝飾品は買っても二度とつけないからやめてとユーグに交渉した結果、商会からの貸し出しになった。――商会には服飾雑貨と宝飾品の事業部があり、そちらは主にマリアンヌが取り仕切っているらしい。

 ドレスに合わせて絞り込まれた候補は五点。並べて見せられて「ジェシカさんはどれがいいかしら?」などと聞かれても、全くもって専門外だ。

 結果、順番に試してみることになった。

「あら?」

 そのうちの一つ、サファイアのパリュールを身につけたとき、ジェシカは思わず声を上げた。

「これは良い品よ。ネックレスはスターサファイア。少し青みが強いから、他の石を揃えるのが大変だったのよ」

 初めて興味を示したジェシカに、マリアンヌが声を弾ませた。

 冴え冴えとした冬の夕空のような青い石。カボションカットのその石の中央に星のような六筋の白い線が入っている。光の加減で強弱が変わり瞬くようだった。

 綺麗だと思うが、それよりもジェシカの気をひいたのは魔力を帯びていることだった。

「このスターサファイアに魔力があるんです」

「また魔力?」

 マリアンヌは呆れた声だ。それに構わず、ジェシカは、

「天然石よね? 魔力で作った魔石ではないわよね。天然石に魔力……事例は思いつかないわ。スイス師なら詳しいかしら。帰ったら聞いてみなくちゃ。……それにしても、すごいわ。魔力の強い土地で採れたのかしら。それとも星に引き寄せられて? ……そういえば、物に魔力を付与する魔術が古代魔術にあったわ。その呪物ってことはないかしら」

 ペンダントトップをためつすがめつするジェシカの目は、綺麗な宝飾品に心ときめかす乙女というよりも研究者のそれだ。

「ジェシカさん、気に入ったのならそれにしましょうね」

「ええ。それがいいわ。私もおすすめよ。さ、外して外して。当日まで大事にしまっておくわ」

「えっ! ああ、もう少し詳しく調査させてください」

 ジェシカの目に危機感を持ったのかフランセットとマリアンヌがネックレスを取り上げる。

「調査したいなら、ユーグに買わせなさいよ」

「そうよ。そのくらいの甲斐性はありますからね」

 二人にそう言われて、本気で悩むジェシカだった。


:::::::::


 さらに翌日。

 ユーグはパーティーの打ち合わせにでかけ、残されたジェシカはフランセットに連れられて王宮に来ていた。王妃主催の茶会だ。

 下っ端貴族のジェシカは、自国の王妃にだって会ったことがないのに……。なぜ、と頭を抱える。

「ユーグの結婚相手を連れて来てって王妃殿下からご指名ですからね」

 フランセットはにっこりと笑うけれど、断る隙を与えない。

「どうして王妃殿下がユーグの結婚をご存知なんですか?」

「それはもちろん、披露パーティーにご招待したからですよ」

「えっ!」

 王妃を招待?

「パーティーにいらっしゃるんですか?」

「いいえ。それはさすがにね」

 出席できないとわかっている相手にも、結婚報告の代わりに招待状を出す慣習があるのだそうだ。

 そもそも結婚報告する相手に王妃が含まれていることに戸惑うジェシカだった。

 商会が王室御用達だからか、と尋ねると、フランセットは首を振る。

「それもありますけれど、王妃殿下はご結婚前、女優をやっていたときの私を応援してくださっていた方の一人なのです」

 ユーグの母が元女優だとは聞いている。

「お友だちのように親しくしてくださって、殿下がご結婚されて私が女優をやめてからも関係を続けてくださっているのですよ」

「それは素敵ですね」

「でしょう? だから、お茶会、楽しんできましょうね」

「あ、はい」

 そんなこんなで、ジェシカは王宮のテラスにいた。すぐ外は庭園で、開け放たれた窓から花の香りの乗った風が入ってくる。

 オンフィールド家の屋敷にはジェシカのための衣装が、日常着から夜会ドレスまで何着も用意されていた。ジェシカは例によってフランセットやメイドに取り囲まれながら、あれでもないこれでもないと着せ替えられた。

 そうして選ばれたのは、淡いグレーの布に、植物図譜のような精緻な線画が紺で染め付けられているドレスだ。足元から草花が咲いているデザインで、目新しい。首元は詰まっているが、襟がレースのため重苦しさはない。

 商会の最新ドレスは集まった夫人や令嬢の間で注目の的だった。しかしジェシカがこのドレスを見て考えたのは、こんなに細かな染付ができるなら魔術陣も染め付けられるんじゃないかということだけだった。

 定例の茶会だそうで、ジェシカのために開かれたものではない。客は数十名と多かった。フランセットと一緒に王妃に挨拶できたのは、開始からしばらく経ってからだ。

「はじめまして、ジェシカ・ウィンドレイクと申します。コノニー国では女男爵を戴いております。この度、ユーグ・オンフィールドと結婚いたしました。王妃殿下におかれましては、もったいなくもお言葉をいただきましたこと、御礼申し上げます」

「楽にしてくださいな」

 おっとりした口調で王妃はジェシカに声をかけた。畏まっているのはジェシカだけで、フランセットは親しげに王妃と微笑みを交わす。

「おめでとう」

 どちらにともなく寿いでから、王妃はフランセットに「よかったわね」と笑顔を向けた。

「ユーグも良い方に巡り合えたみたいね」

「ええ、ジェシカさんは魔術師なんですよ。ユーグと魔力の相性がいいから結婚を決めたんですって」

「まあ! それはそれは!」

 目を向けられたジェシカは大きくうなずく。

「はい。とても相性が良くて、毎ば」

 そこでフランセットが素速くジェシカの口を手で塞いだ。――ユーグより速かった。

 王妃は「仲が良さそうで何よりね」と笑っていた。

 茶会の席は決められていなかった。テーブルが多数あり、親しい者同士で集まっているようだ。席につくと給仕が茶や菓子を出してくれ、移動すると片付けてくれる。

 王妃に挨拶する前に座っていた席は、フランセットと同年代の夫人で占められていた。フランセットの女優時代のファンという夫人たちはジェシカに好意的だった。

 御前を辞したあと、ジェシカは若い女性たちのテーブルに誘われた。フランセットとは離れ離れだ。

 ウィンドレイク男爵家は初代の祖父から社交をほとんど行っておらず、魔術一筋のジェシカは祖父や父に輪をかけて貴族の付き合いとは無縁だった。服飾同様、社交も専門外だ。

 官吏や大臣相手の弁論なら経験豊富なんだけれど、と内心ため息をつく。

 簡単な自己紹介のあと、テーブルで一番高位のマーブルグ伯爵令嬢が早速ユーグを話題に出した。

「ユーグ様がずっとお店に出ていないと思ったら、まさか北大陸にいらしてたなんて」

「黙って出て行かれるなんてひどいですわ」

「でも、戻っていらっしゃったんでしょう?」

 三人揃ってジェシカを期待のこもった目で見つめる。

「いいえ、今回はご家族へのご挨拶と披露パーティーのために訪れただけです」

「こちらに引っ越しされたらいいのに」

「そうよ。わたくしたち、あなたとユーグ様を邪魔するつもりはないのよ。ユーグ様の顔が好きなだけ」

「ええ。本当。この国の知っている誰かに取られるくらいなら、全く知らないあなたで良かったと思っているのよ」

「は、はあ」

 女性たちの言葉にジェシカは鼻白む。

 ユーグからは社交の場や店で女性に囲まれて大変だったと聞いたことがある。交際を迫られたのかと思っていたけれど、劇場の俳優に熱を上げるような感じなのだろうか。

「ユーグ様のお顔が見れなくなってしまうのは悲しいわ」

「だから、引っ越していらして?」

「いえ。私は仕事がありますので」

「仕事? ユーグ様と結婚したのに働く必要なんてありますの?」

 マーブルグ伯爵令嬢から心底不思議そうに尋ねられて、ジェシカはきっぱりと否定する。

「あります。生活のためではなく、私のために必要ですから」

 三人は一層首を傾げた。

 そこでジェシカは気づいた。

 見合いの前提がジェシカへの婿入りだったこともあるけれど、結婚して以降も、ユーグはジェシカが王立魔術院で働いていることに言及したことはなかった。批判も肯定もなく、当たり前のこととして受け止めてくれている。

 これはユーグだからこそなのではないだろうか。

 つくづくジェシカはユーグとの出会いに感謝した。


:::::::::


 さらに翌日は、マリアンヌに連れられてオンフィールド商会の本店を訪れた。

 ユーグはまたパーティーの準備で出かけている。任せきりにしたジェシカが悪いのかもしれないけれど、慣れない場所で放置されて恨み言の一つも言いたくなってしまう。

 商会のあとは百貨店を見て歩いた。マリアンヌに案内されて土産を買えたのは良かったが、さすがに歩き疲れた。

 マリアンヌと話すのはおもしろかった。次期会頭に決まっている彼女の視点は商売人だ。デザインの好き嫌いや似合うかどうかの話をしながら、素材や縫製の出来栄えと値段の妥当性、品揃えや展示方法などについても話をした。恋愛話や噂話ばかりの茶会とは違って楽しかったし、ジェシカの話も弾んだ。

 楽しかったのだが、やはり疲れは溜まっている。

 ユーグはまだ帰宅していない。

 ジェシカは居間でくつろぐマリアンヌに思い切ってお願いすることにした。

「お姉様、触ってもいいですか?」


:::::::::


 自分の膝に頭を乗せて眠るジェシカの小麦色の髪を梳いて、マリアンヌは微笑む。

 触ってもいいかと聞かれうなずくと、ジェシカはちょこんとソファの隣に座り、マリアンヌの腕を抱きしめた。

「はぁ……あぁ……足の疲れが……肩こりも消えていくわ……」

 と、何やら悩ましげなため息が聞こえなくなったら、寝息に代わり、そのうち肩に載っていた頭が滑り落ちてきた。結果、膝枕だ。

「あら、寝てしまったの?」

 首だけ扉に向けると母だった。小さな宝石箱を持っているから、ジェシカに何かあげようと思っていたのかもしれない。女優時代にもらった宝飾品は若向きのものも多く似合わないからとマリアンヌもたくさんもらった。

「あなたがあちこち連れまわすから疲れたのね」

「母さんが王宮なんて連れて行くからでしょ」

 お互いになすりつけ、二人で顔を見合わせて笑った。

「ふふ、かわいいわね」

「子どもみたい」

 マリアンヌが言うと、フランセットは苦笑する。

「私にお母様ですって。……元女優の平民に向かってお母様……」

 良いおうちで育ったのね、と母は目を細めた。

 本人は名ばかりだと言っていたけれど、間違いなくジェシカは貴族女性だ。綺麗なカーテシーはお手本のようだった。

 だから「魔力の相性」と言い出したときには呆気にとられた。

「私とユーグが母さんに似てるって、本気で言われたのは初めてね」

 ユーグはフランセットの美貌を継いでいる。性別が違っていてもよく似ている。

 しかし、マリアンヌは違う。似ているのは髪の色だけだ。

 容姿は決して悪くはないが、比較対象が絶世の美女だ。小さなころから、母に似ていなくて残念と言われ続けてきた。

 両親が愛してくれたこと、商会の副会頭の息子のモルガンが幼いころから一緒にいてくれたことで、七歳のときにユーグが生まれるまである程度自分の中で消化できていた。おかげで、母そっくりなユーグと険悪にならずにすんだと思う。

 誘拐されかけたりつきまとわれたりするユーグを見ているうちに、あれはあれで大変なのだとわかり、思春期より前に吹っ切れた。

 それでも、フランセットやユーグと容姿を比較されるのは気分が悪い。

 ジェシカの「似ている」も、義理の姉へのおべっかだと思ったのだ。母や弟と並んだ自分を見ても無反応なジェシカに好感を持ったあとだったから、余計に失望した。

 それなのに、「似ているのは魔力の質」だと言う。ジェシカ以外には判断できないのだから真偽はわからないが、機嫌を取るつもりなら持ちだすのが「魔力の質」はないだろう。微妙な気持ちにしかならない。

 マリアンヌとは別の意味で容姿にコンプレックスを持つユーグが、魔力の相性で選ばれたと胸を張ったのがおかしかった。

 ぽんぽんと言葉を交わす二人を見て、マリアンヌはジェシカの言を信用することにした。

 自分も弟と同じように母に似ているのだ。――魔力の質が、だけれど。

 ジェシカの魔術師の力を見たのは今日だった。

 商会でたまたま「倉庫の灯りが壊れた」と話している従業員がいたのだ。魔道具屋に修理に出すために取り外したいが暗くて作業ができないと言う。別の灯りを探す従業員たちを見て、ジェシカが「私が明るくしましょうか」と申し出た。

「魔道具なしで?」

「ええ。水を少しいただけますか?」

 おもしろそうだと思ってマリアンヌはジェシカに頼むことにした。

 カップに水を入れて渡すと、ジェシカはそれに指を浸した。地下の倉庫は開け放した扉の前だけわずかに光が差す。ジェシカはその床にささっと一気に魔術陣を描いた。

「朝の霧。薄い絹。夢を捧げよう。光を届けよう」

 歌のような独特の節で、高い声が倉庫に反響した。

 床の魔術陣が光り、ふわりと倉庫全体に広がった。

 壁や天井がぼんやりと発光しているような不思議な明るさだった。床にはもう魔術陣はない。

 初めて魔道具以外の魔術を見るマリアンヌや従業員は目を瞠る。

「まぶしすぎない程度の灯りにしました。効果は一日なので、すぐに直してもらえば取り付けもこのままできますよ」

 誇るでもなく簡単に言って、ジェシカは朗らかに笑った。

 そんなことを思い出しながら、マリアンヌはジェシカの髪を梳く。

「気持ち良さそうに寝ているわね」

「魔力の相性は私が一番いいらしいから」

 フランセットと一緒にジェシカの寝顔を愛でていると、扉が開いた。

「ジェシカ、こんなところに! 姉さん、膝枕なんてして」

 ずかずかと入ってきたユーグは、マリアンヌの膝からジェシカを抱き上げる。よほど疲れていたのかジェシカは目を覚まさなかった。

「誰かさんがほったらかしにするからでしょ」

「う、それは……」

 痛いところを突かれたユーグが言葉を濁した。

「明日はジェシカも一緒に出かけるから」

 ん……とむずがるジェシカのこめかみに口づけて、ユーグは居間を出て行こうとする。

 女性不信に陥りかけていた弟が、今では溺愛だ。

 マリアンヌはにやにやと笑う。

「晩餐に降りて来られないようなことはしないようにね」

「わかってる」

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