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閑話:魔術師の料理

「なぁジェシカ、昼はどうする?」

 ユーグに呼ばれてジェシカは論文集から顔を上げた。

「もうそんな時間?」

「いや、まだだけれど、出かけるならこのくらいだろ」

 今日はジェシカもユーグも休みだ。

 メイドのアンも休みで、朝食は作り置きで済ませた。昼と夜はいつもなら出かけるか買ってくるかだ。

 ジェシカはふと思いついて、ユーグに尋ねた。

「ねぇ、あなたは片付けは得意?」

「片付け? なんの?」

「料理の、よ。私が作ったらあなたが片付けてくれる? この間、フィーナから教わったことを試してみたくて」

 フィーナはジェシカの友人で、伯爵夫人なのにメイドもやっている魔術師だ。

 ジェシカが料理すると言うと、ユーグは「片付けは任せてくれ」と請け負ってくれた。やけにうれしそうなのが気になる。

「豪華な食事を期待してるなら悪いけど、単なるパンケーキよ」

「いや、君が作ってくれるならなんでもいい」

 そうして、ジェシカのパンケーキ作りが始まった。

 ――まず厨房の作業台に石板を二つ置く。ジェシカはそれぞれに水ペンで魔術陣を描いた。

「え? 魔術?」

「フィーナに教えてもらったの。複雑でおもしろい魔術なのよ。陣も独特……うん、いいわね」

 出来映えを確かめ、ジェシカは片方の魔術陣に空のボウルを乗せ、もう片方には小麦粉の入った紙袋を乗せる。

 それから呪文を唱えた。

「転移せよ。二百グラム」

 フィーナ特製の圧縮魔術陣だから、呪文が短い。

 それだけで、空のボウルに計量された小麦粉が移る。

「材料を計る魔術? 秤はないのか?」

 驚くユーグにジェシカは「もちろんあるわよ」と、棚の上を指差す。

「なんで秤を使わないんだ?」

「計量転移の魔術を知っているのに、どうしてわざわざ秤を使わないとならないの?」

 ジェシカが首を傾げると、ユーグも「そういうものか?」と首を傾げた。

「しかもこれ、粉類はふるいにかけたのと同じ状態になってる優れものなのよ? さすがフィーナね」

 ジェシカはユーグの反応を気にせずに、小麦粉のボウルをどかしてまた別のボウルを乗せた。転移元の陣には砂糖のつぼを乗せる。

「転移せよ。五十グラム」

 今度は砂糖が転移した。砂糖も塊なくさらさらの状態だ。

 満足のいく効果が得られて、ジェシカは大きくうなずく。

「三回までは描き直しなしで使えるのも便利ね。うーん、陣の外周に補強の魔術文字を組み込んだら回数が増やせるかしら? 圧縮魔術陣だから下手に触れないわね。複製の魔術を先に起動させて、繰り返させるなんてどうかしら」

 ジェシカは口に出して考えながら、ふくらし粉や牛乳も計る。

「卵は計らなくていいわね」

 続いて順番に材料を混ぜ始めたジェシカに、ユーグが「今度は普通の泡立て器なのか……」とつぶやいた。

「メレンゲを作るときなんかはアンに呼ばれて魔術で手伝うわよ」

 前に泡立て魔道具を買おうかと提案したら、滅多に使わないし、ジェシカと一緒に作るのも楽しいからとアンに断られたのだ。

 生地ができたところで、温めたフライパンを一度火から下ろす。油専用で使っている細い筆で、ジェシカはフライパンに魔術陣を描いた。

「今度はなんの魔術なんだ?」

「ふふっ、見てて」

 ジェシカは呪文を唱えて陣を光らせてから、その上にそっと生地を流した。

 生地は魔術陣の内側の円に沿って広がり、綺麗な円形になった。

 フライパンを火に戻してから、ジェシカは「ね?」とユーグを見上げる。

「まあそういう道具はもちろんあるけど、ジェシカが楽しそうだからなんでもいいか」

 ユーグは笑ってジェシカの唇に軽く口付けた。

 ――ぴったり同じ大きさで積み重なったパンケーキを見て、そもそも魔術陣の形や大きさが揃っていないとこうはいかないのだと、ユーグが気づくのはもう少しあとだ。


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