契約条件の変更
馬車に乗ってもユーグはジェシカを離してくれなかった。
ジェシカはユーグの膝の上に横向きに座らされた。馬車はそのまま動き出す。
「降ろしてくれない? あなたは私に触られるの嫌なんでしょう? 限界だって言ってたじゃない」
「いや、違う。あれは嫌って意味じゃなくてだな」
ユーグは慌てて否定して、少し考えるようにしてから、「順番に話そう」とジェシカを隣の席に降ろした。
「手紙で君に先に言われてしまったが、俺も君が好きだ。かなり初めのころから恋愛感情を持っていたと思う」
「え? そうなの?」
「邪な気持ちで君に触れたいと思っていた」
「よこしま……」
「性的な接触だ。子どもができるような行為をしたいと思っていたけれど、君にはそんなつもりはなかっただろう? だから我慢していた。その我慢もそろそろ限界だったんだ」
ジェシカはぽかんとユーグの顔を見つめた。
ユーグは眉を寄せて、「我慢するのは本当に大変なんだぞ」と吐露した。
「私もね。あなたを好きだって気づいたあと、邪な気持ちになってしまって……。結婚の条件を私から破ってしまったのだと思ったのよ」
勘違いだったのね、とジェシカは笑った。
「良かった」
「なあ、口づけてもいいか?」
「ええ……」
頬に手を添えられて上を向かされた。影になったユーグの顔は真剣で少し怖いくらいだった。
彼の顔が近づき、あと少しで触れるというとき、
「待って!」
ジェシカは重要なことを思い出して、さっと手で遮った。
「どうした? 何か問題があるのか?」
「大事なことよ。結婚の条件の変更を決めないと!」
「……今、必要か?」
「当たり前でしょう? あなたが出した、子どもを作らないっていう条件は撤廃でいいのよね?」
「ああ、構わない」
「私も賛同するわ。……お互いの同意が得られたところで、あの条件は撤廃しましょう。他に何かある?」
「いや、ないな。契約結婚が普通の結婚になったってわけだな」
ユーグは笑った。
ジェシカは「結婚ってそもそも契約でしょう?」と首を傾げたけれど、ユーグに唇をふさがれてしまったから言葉にはならなかった。
その夜、魔術の星空の下。二人は邪な気持ち――もとい、愛する気持ちを確かめ合ったのだった。
第一章(本編)終わり。
このあとは後日談的な感じになります。