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ダスク・シンドローム  作者: 有町 衣
はじまり
8/18

夕焼けの中で

 その次の日の話。


 また例に漏れず、俺は立派なソファに座って、これまた立派な机に向かう月詠を眺めるお仕事だ。

 夕方5時を過ぎた外からはオレンジ色の光が入ってくるけど、周りがビルばかりだからかそんなに眩しくはない。


 月光は暇そうにソファの前のテーブルでぽよぽよしているし、昂炎は鉄扇の中で静かにしていて、正直俺も暇だ。


 けど俺はその日、昨日のこともあってか壁に沿ってずらりと並ぶ棚の中の本が気になった。

最初は全部分厚いし難しそうだし、興味も湧かなかったのに。


 題名をじーっと読んでいくと……何々。


 『ネクロノミコン』

 『世界の再魔術化』


 他にはえー……英語だ。

 こ、こり、ん、えっと……駄目だ、分からん……。


 多分あの辺の本は開けたところで分からないぞ。

そもそもこういうのって、触っちゃいけない本とかあるんじゃないのか……。


「……」

”そうた、どうしたのー?”

「……ああ、月光……」


困り果てているのに気付いてくれた月光が、俺の頭上にふわりと乗ってくる。


月詠の邪魔にならないように小声で返した。

「俺が触っていい本って有るのかなって」

”るかに、きいたらわかる?”

「そうか、そりゃそうだ」


書類の邪魔はしたくないけど、俺も暇だし一瞬ならいいかな。


「……緋村」

「……大分慣れたか。だが危なっかしいな。慣れ過ぎて学校で呼ばれても困る。龍香と呼んでくれ」


驚かさないようにそっと声をかけると月詠……龍香はこちらを見ず、書類にペンを滑らせながら返事をした。


名前の件は正直助かるけど、学校でお前の下の名前呼ぶのもどうなんだ?

まぁ、いいか……。


「おー……。でさ龍香、ちょっと聞きたいんだけど」

「何だ」


龍香はようやくペンを動かす手を止めて、こちらを見た。


切れ長の目をよく見ると、龍香の目は茶色だと思っていたんだけど赤味がかっていて、夕焼けの光のせいで真っ赤に見える。

まっすぐ俺を射抜いてくる目は、黙っていれば綺麗だなと思った。


「何だと言ってる」

「あ、あー、えっと」


こんなにこいつの顔を見たのは初めてだ。


ジロジロ見られるのも気持ちのいいもんじゃないよな。

悪いことした。

「ここの本って、俺触ってもいい?」

「ほう、感心じゃないか。構わん、好きにしろ」

「そうか、サンキュ」


お礼を言って踵を返す。

そして俺は棚の前でぴたりと固まった。


何読んだらいいんだこれ……。


と、しばらく俺が立ち尽くしていると。


「……おい」

龍香が背後から話しかけてきた。


振り返ると、椅子に座ったままこっちを向いて、頬杖をついている。


「選んでやる」

「……んあ?」

「何が読みたいんだ。選んでやると言ってる」


何だか少しだけ、龍香が親切な気がする。


きっとこの部屋の本は龍香のものなんだろうし、そうなると龍香は、本が相当好きだと見た。


「ありがとう!えーっと、エネルギー……について、とか……」

「……アバウトだな、適当に選んでみるか……」


椅子から腰を上げ、棚を見上げる龍香。


それをぼーっとみる俺に、いそいそと昂炎が近寄ってきた。


”なんか意外だな。こういうの興味あったの?”


「いや、別にまあ……暇だし?」


”ふーん”


”あのね、ごうえんあのねー!きのうはえれぬぎーのこと、そうたとはなした!”


”エネルギー?”


「そうそう」


月光はやっぱりかなり人懐こい方なんだろう。

昂炎の前でひょいひょい空中を跳ねながら、子供みたいに報告している。


変なやつについていかないかだけが心配だ。


「それで俺……何も知らないんだなって思ってさ」


数冊の本を抱えて机に戻る龍香を眺めながら呟くと、昂炎が嬉しそうに燃え上がった。


”えらく勉強熱心じゃあねえの。良かったな〜龍香”

「フン……あぁ、この本にするか」


昂炎を鼻で笑い飛ばしつつも、機嫌良さそうに一冊の本を俺に差し出した。


龍香は、クラスの女子の世間話にど正論で突っ込んだりクソ分厚い本を読んでいたり、春先から鉄扇を持ち歩いていたりしたからか、クラスの変わり者扱いされている。


俺もそう思っていたし、彼女がクラスに馴染めているとは言いづらい。


でも話してみたら、別に狂ってるわけじゃないし、まともな奴だ。

それに霊感が見えない人に感覚が理解されないのは、俺も一緒だし。


「ありがとよ。えーと……どういう本?」

「素直な馬鹿はまだ救いようがあるな。説明してやる」



1つ補足させてほしい。


まともな奴ではあるけど、性格にはかなり難がある!



「エネルギーとは何かについて、著者の知るところがまとめてある。生き物も、霊も神も、エネルギーが無いと存在出来ない。この場合は動力源と言い換えてもいい」


龍香に言い返していたらキリがないから、ふんふんと頷きながら大人しく聞くことにする。

この辺はまだ昨日月光が喋ってたし、分からなくもない。


「生命エネルギーは分かりやすいな。私達が食べて寝ることで作られる、動くためのエネルギーだ。次に説明する霊的なエネルギーとは別物だし、霊的なエネルギーは物理エネルギーともニュアンスが違うから切り離して考えてくれ」


ややこしい予感がする。

俺は曖昧に頷いた。


「お前が知りたいエネルギーは、感情のエネルギーだ。霊は生前の思い残しや強い感情が動力源になって、そのまま形として残ったものだ。神は多くの人が神を信じる心から出来ている」


何となく想像出来た。


じゃあこいつ本当なんなの?と月光を見るけど、相変わらずふよふよしているだけだ。

どういう感情のエネルギーの集まりなのか分からないぞ、こいつ。


「私達は食べて寝ればエネルギーが作られる。だが、死んでエネルギーだけになったら別だ。そのままエネルギーが枯渇して消えるか、その前に成仏するかだ」

「成仏ってなんなの?」


俺は渡された本をぺらぺらとめくりながら、龍香の話に耳を傾けた。

昨日は何気なく使ってた成仏って言葉も、厳密な言い方があるのかもしれない。


龍香はふむ、と下唇を指で撫でながら、言葉を選んでいるみたいだった。


「正確に表現するなら、残された感情エネルギーを新しい生命エネルギーに託すことだ」

”平たく言えば生まれ変わることだよ。ただし消えちまったらそこで終わりだ”


昂炎が背後から解説を加えてくれる。


なるほどなるほど、じゃあ昨日の奴は本当に危なかったんだ。

死ぬのとは違うって月光が言ってたのもよく分かった。


消えずに成仏出来れば、また新しい命に変わるってことかな?


こくこく頷いていると、月光がぽわぽわ光りながら目の前に降りてきた。


”そうた、いいことしたね!”

「おー、そうだな!昨日その、消えかけの奴見つけてさ」


「最悪のタイミングだな……気の毒な話だ」

”で、何だ?見送ったのか……気持ちいいもんじゃなかっただろう”


揃って気の毒そうな2人。

俺はちょっと得意げに報告する。


「いや、俺のエネルギーをちょっと分けたんだ。これでじゃああいつ、まだ成仏できるかもってことか!」



……静かだ。



予想外の反応にびっくりして2人を見ると、良くない顔で固まっている。


この部屋で動いているものといえばぽよぽよ跳ねる月光と、時計くらいなもんだろう。


恐る恐る口を開く。


「……どした?……え、なんかマズいこと?」


”マズいなんてもんじゃない!おい龍香、支度しろ!”


昂炎が声を荒げる。今までのおちゃらけた態度はどこへ行ったのかってくらいの勢いで。


「したのか。したんだな?」


ものすごい速さで机の引き出しを開け、何かを制服のポケットに突っ込みながら龍香が俺を問い詰める。


何だよ。

何をそんな焦ってるんだ?


俺が戸惑っていると、また龍香の声が大きくなった。


「エネルギーを渡したんだな、って聞いてるんだ!」


何とか頷くと、龍香は鉄扇をひっつかんで俺の方へ早足で歩いてくる。




「案内しろ。なるべく早めにだ」

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