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ダスク・シンドローム  作者: 有町 衣
はじまり
7/18

踏み込み

 マンホールの隙間から顔を出すスライム。

 電信柱から釣り下がる針金みたいな人影。


 相変わらず通学路は、訳の分からん霊だらけだ。


 それも月光にとっては珍しいみたいで、毎日きょろきょろしながら飛んでいる。

 一体この世界の何なら覚えてるんだろう。


”そうた、そうた!あのね!たんぽぽにね!ちいさいひとがいたの!”

「へぇ、そりゃすごいな」

”あっちにもなにかいるー!”


 息をつく間も無く、月光はまたふよふよ何かを見に行ってしまった。


 小さい子のいる親って、こんな感じなんだろうか。

 まぁとりあえず変なことしないうちは放っておいてやろうかな……。


 なんて思ってた矢先に。


”そうた……!たいへん!たいへん!”

「な、何だよ……どした?」


 目に痛いくらい光った月光が、大急ぎで俺のところに飛んできた。

 かと思えばまたどこかを目指して飛んでいく。


 ついて来いってことか?


「ま、待てって!」


 あまりのスピードに焦って走ったけど、月光が止まったのは10mくらい先のブロック塀の前だった。


 いきなり走ったせいで、ちょっと息が乱れてしまった。


「ど、どしたんだよ……。おどかすなって」


 膝に手をついて、俺が責めるように月光を見上げると、月光はゆっくりと下降していく。



 何だ?



 追って、目線を下げていく……と、そこにはまた何だかよくわからない……丸もちに手足が生えたような物体が、体育座りをしていた。


 何ていうか、全体的にぷよぷよっと、モチっとしていて、目は点だし、口は真一文字に結ばれていて、体は……ピンク色だ。


 ゆるい。


 何てことない、普段からよく見る霊に見える。


”このこなの”

「こいつがどうかしたのかよ?」


 月光が何を言おうとしているのか分からずに、首をかしげる。

 ピンクもちは俺らに見られても表情を変えなかった。


”きえちゃう”

「へ?」

”きえちゃうの!そうたよくみて!”


「よく見てってそんな……あ」

 透けてる。


 ブロック塀の根元でうずくまる無表情のもちは、よく見たら半分背景が透過していた。


「……透け、てんな」


”どうしよう、どうしようそうた……”


「わ、な、泣くなって」


 急に涙声になる月光に、俺はたじろいだ。

 実際泣いてるのかは分からないけど、声が幼いぶん、あんまりこいつには強く言えないんだよなぁ……。


 何とかしてやりたいけど、俺にどうしろって言うんだ?


「……でもよ、死ぬっつったってこいつもう死んでるし、俺らにはどうしようもないだろ。ってか俺良く知らないんだけどさ、成仏とか出来ないの?」


”ねえねえ、じょうぶつとか、できない?”


「あああああ月光何してんだ!安易に関わるのは…!」


”なんで?”

「なんでって!」


 危ないだろ。


 そんな普通に考えたら分かりそうなことも口から出なかったのは、相手が霊の月光だったからだ。

 霊に霊って危ないんだぞって言ったって、なんの説得力もないだろう。


「とにかくその……色々!俺が困るの」


”でも、でも……きえちゃう……”


「だから死ぬったってどうしようも……」


”しぬんじゃないの!きえちゃうの!”


「え、えぇ……?」


 子供のような声で怒られた。

 俺はなんだか混乱して、もう訳が分からない。


 月光がたどたどしく説明しようとしてくれる。


”みんな、えれぬぎーでいきてるの”

「えーと、エネルギー?」


”うん。でもこのこは、えれぬぎーがなくなっちゃったから、きえちゃう”


「……要するにエネルギー切れってことか」


”うんうん”


 エネルギー。

 分かるような、分からないような感じだ。

 俺は丸もちをちらりと見下ろしてみたけど、丸もちは自分が消える話を目の前でされてるのに微動だにしない。


 こいつら霊はは俺らの会話、分かってんのかな?


 気まずいような、かわいそうなような……でも、関わりたくないような。


 この時よく分からずに、俺は思いつきで発言した。


「俺がちょこっとエネルギーこいつにあげられたら解決なんだけどね……」

”できるよ!”



「え」



 出来るの?俺と霊とで何かをやり取りするなんてことが。


 今までそんなこと考えもしなかったな。

 まぁ関わるのも怖くて、なるべく避けてたんだからそりゃそうっちゃそうなんだけど。


 丸もちと目があった気がしたけど、相変わらずこいつの表情は変わらないままだ。


「月光、それどうやるんだ?俺に出来るか?……こんなの初めてなんだけど」


”えっと、えっとね、わかんないけど、てをぐおーってするかんじ……そうた、ためしてみる?”


「こ、こうか?」


 全然分からん。

 でも俺は、自然と手のひらを広げ、集中するイメージを実行していた。


 それはいつものお人好しもあったし、早いところ解決させたいのもあった。


 でもきっと今思えば、こうも思っていた。



 俺の力でそんなことができるなら……ちょっとカッコいいじゃん?



 見た目の変化が全くないにも関わらず、月光は嬉しそうな声をあげた。


”できてる!そうたすごい!”


「ホ、ホントかよ?全然分かんねえんだけど……」


”そのままそのこに、それをうつすの!”


 恐る恐る、俺は手をそいつにかざした。


 手のひらがすっと、軽くなったような気がした。


 ぽう、と丸もちがほんのり暖かく光る。


 だんだん色が濃くなるように、丸もちは透けなくなっていった。



「……せ、いこう、した?」

”すごい!すごーい!”


 俺がそーっと月光に聞くと、月光は嬉しそうにぴょんぴょんピンク丸もちの周りを跳ね始めた。


 やった、なんとかなったみたいだ……。


”よかった、よかったね!げんきになったね!”


 コロコロと丸もちの周りを転がる月光を見て、俺もほっと気が抜けた。


 丸もちを改めて見ると、その瞬間少しだけ、奴の口角が上がったような気がした。


 何だか俺も、つられてちょっと笑ってしまう。


「な、なんだ……お前笑えんだな!もしかしたら言ってることも結構通じてんのかな?」


”……”


 もそり、と丸もちが線状の口を開く。

 けど俺たちには何が伝えたいのか、さっぱり分からなかった。


 月光は相変わらず無邪気に丸もちの回復を喜んでいる。


 そうだ、治ったんなら行かないと。こんなことしてる場合じゃない。


「あ、やっべ……俺ら行かなきゃ行けないんだわ。じゃあな!気ぃつけろよー!」


”よかったね!”


 もちの頭(?)をひと撫でして、家路を急いだ。


 背後でもそもそしているもちの気配を感じながら、月光に話しかける。


「ちょっといいことした気分だぜ」

”あのこ、よろこんでたね!”

「おー!これくらいで喜ばれるなら、ちょっといいかもな」




 あれだけ関わりたくなかった霊なのに、俺は心がうきうきしていた。


 もしかしたら月詠に色々教われば、もっと色んなこと出来るんじゃないか、なんてごく前向きな気持ちで。




 これがすべての始まりだとも知らずに。

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