踏み込み
マンホールの隙間から顔を出すスライム。
電信柱から釣り下がる針金みたいな人影。
相変わらず通学路は、訳の分からん霊だらけだ。
それも月光にとっては珍しいみたいで、毎日きょろきょろしながら飛んでいる。
一体この世界の何なら覚えてるんだろう。
”そうた、そうた!あのね!たんぽぽにね!ちいさいひとがいたの!”
「へぇ、そりゃすごいな」
”あっちにもなにかいるー!”
息をつく間も無く、月光はまたふよふよ何かを見に行ってしまった。
小さい子のいる親って、こんな感じなんだろうか。
まぁとりあえず変なことしないうちは放っておいてやろうかな……。
なんて思ってた矢先に。
”そうた……!たいへん!たいへん!”
「な、何だよ……どした?」
目に痛いくらい光った月光が、大急ぎで俺のところに飛んできた。
かと思えばまたどこかを目指して飛んでいく。
ついて来いってことか?
「ま、待てって!」
あまりのスピードに焦って走ったけど、月光が止まったのは10mくらい先のブロック塀の前だった。
いきなり走ったせいで、ちょっと息が乱れてしまった。
「ど、どしたんだよ……。おどかすなって」
膝に手をついて、俺が責めるように月光を見上げると、月光はゆっくりと下降していく。
何だ?
追って、目線を下げていく……と、そこにはまた何だかよくわからない……丸もちに手足が生えたような物体が、体育座りをしていた。
何ていうか、全体的にぷよぷよっと、モチっとしていて、目は点だし、口は真一文字に結ばれていて、体は……ピンク色だ。
ゆるい。
何てことない、普段からよく見る霊に見える。
”このこなの”
「こいつがどうかしたのかよ?」
月光が何を言おうとしているのか分からずに、首をかしげる。
ピンクもちは俺らに見られても表情を変えなかった。
”きえちゃう”
「へ?」
”きえちゃうの!そうたよくみて!”
「よく見てってそんな……あ」
透けてる。
ブロック塀の根元でうずくまる無表情のもちは、よく見たら半分背景が透過していた。
「……透け、てんな」
”どうしよう、どうしようそうた……”
「わ、な、泣くなって」
急に涙声になる月光に、俺はたじろいだ。
実際泣いてるのかは分からないけど、声が幼いぶん、あんまりこいつには強く言えないんだよなぁ……。
何とかしてやりたいけど、俺にどうしろって言うんだ?
「……でもよ、死ぬっつったってこいつもう死んでるし、俺らにはどうしようもないだろ。ってか俺良く知らないんだけどさ、成仏とか出来ないの?」
”ねえねえ、じょうぶつとか、できない?”
「あああああ月光何してんだ!安易に関わるのは…!」
”なんで?”
「なんでって!」
危ないだろ。
そんな普通に考えたら分かりそうなことも口から出なかったのは、相手が霊の月光だったからだ。
霊に霊って危ないんだぞって言ったって、なんの説得力もないだろう。
「とにかくその……色々!俺が困るの」
”でも、でも……きえちゃう……”
「だから死ぬったってどうしようも……」
”しぬんじゃないの!きえちゃうの!”
「え、えぇ……?」
子供のような声で怒られた。
俺はなんだか混乱して、もう訳が分からない。
月光がたどたどしく説明しようとしてくれる。
”みんな、えれぬぎーでいきてるの”
「えーと、エネルギー?」
”うん。でもこのこは、えれぬぎーがなくなっちゃったから、きえちゃう”
「……要するにエネルギー切れってことか」
”うんうん”
エネルギー。
分かるような、分からないような感じだ。
俺は丸もちをちらりと見下ろしてみたけど、丸もちは自分が消える話を目の前でされてるのに微動だにしない。
こいつら霊はは俺らの会話、分かってんのかな?
気まずいような、かわいそうなような……でも、関わりたくないような。
この時よく分からずに、俺は思いつきで発言した。
「俺がちょこっとエネルギーこいつにあげられたら解決なんだけどね……」
”できるよ!”
「え」
出来るの?俺と霊とで何かをやり取りするなんてことが。
今までそんなこと考えもしなかったな。
まぁ関わるのも怖くて、なるべく避けてたんだからそりゃそうっちゃそうなんだけど。
丸もちと目があった気がしたけど、相変わらずこいつの表情は変わらないままだ。
「月光、それどうやるんだ?俺に出来るか?……こんなの初めてなんだけど」
”えっと、えっとね、わかんないけど、てをぐおーってするかんじ……そうた、ためしてみる?”
「こ、こうか?」
全然分からん。
でも俺は、自然と手のひらを広げ、集中するイメージを実行していた。
それはいつものお人好しもあったし、早いところ解決させたいのもあった。
でもきっと今思えば、こうも思っていた。
俺の力でそんなことができるなら……ちょっとカッコいいじゃん?
見た目の変化が全くないにも関わらず、月光は嬉しそうな声をあげた。
”できてる!そうたすごい!”
「ホ、ホントかよ?全然分かんねえんだけど……」
”そのままそのこに、それをうつすの!”
恐る恐る、俺は手をそいつにかざした。
手のひらがすっと、軽くなったような気がした。
ぽう、と丸もちがほんのり暖かく光る。
だんだん色が濃くなるように、丸もちは透けなくなっていった。
「……せ、いこう、した?」
”すごい!すごーい!”
俺がそーっと月光に聞くと、月光は嬉しそうにぴょんぴょんピンク丸もちの周りを跳ね始めた。
やった、なんとかなったみたいだ……。
”よかった、よかったね!げんきになったね!”
コロコロと丸もちの周りを転がる月光を見て、俺もほっと気が抜けた。
丸もちを改めて見ると、その瞬間少しだけ、奴の口角が上がったような気がした。
何だか俺も、つられてちょっと笑ってしまう。
「な、なんだ……お前笑えんだな!もしかしたら言ってることも結構通じてんのかな?」
”……”
もそり、と丸もちが線状の口を開く。
けど俺たちには何が伝えたいのか、さっぱり分からなかった。
月光は相変わらず無邪気に丸もちの回復を喜んでいる。
そうだ、治ったんなら行かないと。こんなことしてる場合じゃない。
「あ、やっべ……俺ら行かなきゃ行けないんだわ。じゃあな!気ぃつけろよー!」
”よかったね!”
もちの頭(?)をひと撫でして、家路を急いだ。
背後でもそもそしているもちの気配を感じながら、月光に話しかける。
「ちょっといいことした気分だぜ」
”あのこ、よろこんでたね!”
「おー!これくらいで喜ばれるなら、ちょっといいかもな」
あれだけ関わりたくなかった霊なのに、俺は心がうきうきしていた。
もしかしたら月詠に色々教われば、もっと色んなこと出来るんじゃないか、なんてごく前向きな気持ちで。
これがすべての始まりだとも知らずに。