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ダスク・シンドローム  作者: 有町 衣
はじまり
5/18

状況を整理しよう

月詠は紅茶を啜りながら、話し始めた。


「まず、面と向かって話すのは初めてだな。水谷創太、はじめまして。お前がこういうの見えることは、今日初めて知った。お前もそうだろう」


 俺はこくこくと頷いた。

 光の玉は、応接用テーブルの上をコロコロ転がって遊んでいる。


「まず何からだ……くそ、どこから説明してもややこしいな」

”まずお前、自己紹介から始めろよ。人の世の常識だろーが”

「そうか……そうだな」


 人間が霊に説教されている絵面は、なんともコメントし難い。


 月詠の背後に浮かぶ火の玉は、見ていて髪の毛が燃えやしないかと不安になるけど、そういうことは無いらしい。


 光の玉は、多分話こそ聞いてはいるものの暇なのか、ぽよぽよとテーブルを跳ね始めた。


「月詠龍香だ。……と言いたいところなんだが」




 後から思えば、この時の俺はそれはもう、キョトンとしたあほ面を晒していたんだろうなと思う。


「苗字は偽名だ。緋村龍香と言う。政府の裏側で霊の取り締まりをしている。ここはその組織のビルだ」



「えーっと……」


 人間、本当に考えがまとまらなかったら自然に口からえーっとって出てくるんだ……。


 いまいち理解に実感が伴わないっていうか……俺ってもしかしてバカなのか?


「つ……じゃない、緋村は高校生、なんだよな?」

「勿論そうだ。本業は高校生だし紛れもなくお前と同級生だ」

「それで、それとは別に取り締まり?」

「本業の傍らで霊の調査なんかをやってる。前職は父上で、継ぐのが私だ」


 なるほど、なるほど。


 取り敢えず龍香がこんなとこに部屋を持ってる事情も、俺が呼ばれた訳も何となく分かった。


 取り締まりしてるんなら、目の前で憑かれちゃそりゃ調べざるを得ないもんな。


 いくらか落ち着いた俺は、小刻みに頷きながら純粋な疑問をこぼした。

「ってか政府でそんなことやってたんだ……」


「仮にだが、見えもしない霊に計画的犯罪でもされたら、太刀打ちの仕様が無いだろう?まぁこれは大袈裟過ぎるが……とにかく霊的問題が起きたら解決する」


「なるほどな、全然知らなかった」

”表沙汰にしたら大騒ぎだろ”


 いつの間にか俺の目の前にいた炎にそりゃそうだ、とうんうん頷いて…ソファの上を全力ですっ転んで避けた。


「つく……緋村!一番訳わかんないんだけど!こいつは何なの!?いきなり出てきたよねこいつ!」

「すまん、忘れてた」

”忘れんなよ!”


 1日の間にこんなに溜め息をついたことなんて、今までなかっただろうな……。


 テーブルの上で跳ねていたふよふよが俺の顔を覗き込んでくる。

 俺は仕方なく上体を起こして座り直した。


「私の相棒の昂炎だ。私の家を代々支えてくれている。あとは火が使える」

”昂炎だ!まぁ訳わかんねえだろうけど、感覚だ感覚!よろしくな”


 昂炎はごお、と体を燃やして楽しそうに俺に自己紹介をした。


 赤色と、外炎を縁取る紫が透けていて、ちょっときれいだ。

 俺に憑いてきた奴より受け答えもしっかりしているし、まともな奴なのかもしれない。


「だいぶ分かってきた……。よろしくお願いします!」


”おー”


「それでこの……ふよふよについて、だよな?俺なんにも分からないんだけど」


「その点については今からだ。昂炎、何かわかりそうか」


”そうだなァ”


なるほど、霊同士なら色々と分かるのかもしれないのかな?


光の玉は、ぽむぽむと俺の膝の上に乗ってくる。

いきなり全員に見られたから、びっくりしてるんだろうか。


色んなことが起きすぎてどうでもよくなった俺は、もうこのふよふよとの接触については諦めることにした。


”見たとこ悪い霊じゃあなさそうだな”


”ぼく、わるくないよー”


”へえへえ……しかし取り憑けるってことは馬力は低級霊でもないなァ……その割に俺が見たことない類の奴だ。すまん龍香、これ以上全く分からん”


「お前がか?」


月詠が驚いたように眉を上げる。

こいつの表情がはっきり変わる瞬間って、初めて見たんじゃないだろうか。


でもその月詠がここまでびっくりするってことは、このふよふよ野郎よっぽど訳わかんねえ奴だってことか……。


それでも昂炎は困ったような声で質問を続ける。

けなげな奴。


”お前、どこから来た?”


”おぼえてないー”


”何かできることはあるのか?”


”わかんない”


学校と同じ、おぼえてないのオンパレードだ。

昂炎はふがー!と叫んで、ものすごい勢いで燃え盛りながらぶんぶん俺らの前で揺れ始めた。


”クッソ! 本人もなんも分かってねえのかよ!”


「昂炎、その辺でいい」


”お前名前も分かんねえんじゃないだろうな!こっちで変な名前つけられても文句言うなよ!”


半分ヤケクソなんじゃないかって勢いで叫んだ昂炎の言葉に、膝の上のふよふよは嬉しそうにぽわっと光った。


”なまえはわかる!”


全員が呆気にとられる前で、ふよふよはぱぁと光って浮き上がる。

”なまえは、げっこう!”


”な、何だ……。いい名じゃねぇか、月光”


「それ以外何にも覚えてなかったがな」


月詠がチクリと文句を投げるけど、ふよふよ……月光には全く効いてない。


「それで今後なんだが…おい、聞いてるのか?……おいお前……。……水谷!」

「えっ?……あ、あぁ!」


ふよふよめ、結構綺麗な名前だな、なんて呑気に考えていたら、一気に現実に引き戻された。

いかんいかん、取り調べ中だぞ今。


「月光は帰る場所も分からんらしい。危害も加えないと言っている。何よりこちらとしても、分からないことが多すぎる。そこで提案なんだが」


ごくり……。

固唾をのんで、月詠の次の言葉を待つ。


「色々と判明するまで、月光と共に行動しては貰えないか?その方がこいつ自身も安定するだろう。勿論何かあった時のために、私と昂炎が見張る。一度考えてみてくれ」

「あぁ、うん分かった」

「いいのか」


ちょっとびっくりした顔をされた。


うんまあ……と言いつつ実は、俺は月光に取り憑かれたことはもう、あんまり気にしてない。


寧ろ何にも覚えてない月光が、俺に懐いてくれてるのがちょっと、ほんのちょっとだけ嬉しいような気もする。

今もやったーやったーと騒ぎながらふわふわ空中を跳ね回っていて、まだ危険性も分かってないとはいえ、仮にこんな無邪気に喜んでるこいつを捨てろって言われても、俺にはできない気がする。


早い話が情が移ってしまったんだ。取り憑いてきた奴に。

やっぱり俺は馬鹿なのかもしれない。


「俺、月光預かるよ。結構可愛い気もするし」

「そうか、助かる。それとだ」


月詠はこくこくと頷くと、続けた。


「お前今日からここで働け。以上だ」





……。

……は?

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