状況を整理しよう
月詠は紅茶を啜りながら、話し始めた。
「まず、面と向かって話すのは初めてだな。水谷創太、はじめまして。お前がこういうの見えることは、今日初めて知った。お前もそうだろう」
俺はこくこくと頷いた。
光の玉は、応接用テーブルの上をコロコロ転がって遊んでいる。
「まず何からだ……くそ、どこから説明してもややこしいな」
”まずお前、自己紹介から始めろよ。人の世の常識だろーが”
「そうか……そうだな」
人間が霊に説教されている絵面は、なんともコメントし難い。
月詠の背後に浮かぶ火の玉は、見ていて髪の毛が燃えやしないかと不安になるけど、そういうことは無いらしい。
光の玉は、多分話こそ聞いてはいるものの暇なのか、ぽよぽよとテーブルを跳ね始めた。
「月詠龍香だ。……と言いたいところなんだが」
後から思えば、この時の俺はそれはもう、キョトンとしたあほ面を晒していたんだろうなと思う。
「苗字は偽名だ。緋村龍香と言う。政府の裏側で霊の取り締まりをしている。ここはその組織のビルだ」
「えーっと……」
人間、本当に考えがまとまらなかったら自然に口からえーっとって出てくるんだ……。
いまいち理解に実感が伴わないっていうか……俺ってもしかしてバカなのか?
「つ……じゃない、緋村は高校生、なんだよな?」
「勿論そうだ。本業は高校生だし紛れもなくお前と同級生だ」
「それで、それとは別に取り締まり?」
「本業の傍らで霊の調査なんかをやってる。前職は父上で、継ぐのが私だ」
なるほど、なるほど。
取り敢えず龍香がこんなとこに部屋を持ってる事情も、俺が呼ばれた訳も何となく分かった。
取り締まりしてるんなら、目の前で憑かれちゃそりゃ調べざるを得ないもんな。
いくらか落ち着いた俺は、小刻みに頷きながら純粋な疑問をこぼした。
「ってか政府でそんなことやってたんだ……」
「仮にだが、見えもしない霊に計画的犯罪でもされたら、太刀打ちの仕様が無いだろう?まぁこれは大袈裟過ぎるが……とにかく霊的問題が起きたら解決する」
「なるほどな、全然知らなかった」
”表沙汰にしたら大騒ぎだろ”
いつの間にか俺の目の前にいた炎にそりゃそうだ、とうんうん頷いて…ソファの上を全力ですっ転んで避けた。
「つく……緋村!一番訳わかんないんだけど!こいつは何なの!?いきなり出てきたよねこいつ!」
「すまん、忘れてた」
”忘れんなよ!”
1日の間にこんなに溜め息をついたことなんて、今までなかっただろうな……。
テーブルの上で跳ねていたふよふよが俺の顔を覗き込んでくる。
俺は仕方なく上体を起こして座り直した。
「私の相棒の昂炎だ。私の家を代々支えてくれている。あとは火が使える」
”昂炎だ!まぁ訳わかんねえだろうけど、感覚だ感覚!よろしくな”
昂炎はごお、と体を燃やして楽しそうに俺に自己紹介をした。
赤色と、外炎を縁取る紫が透けていて、ちょっときれいだ。
俺に憑いてきた奴より受け答えもしっかりしているし、まともな奴なのかもしれない。
「だいぶ分かってきた……。よろしくお願いします!」
”おー”
「それでこの……ふよふよについて、だよな?俺なんにも分からないんだけど」
「その点については今からだ。昂炎、何かわかりそうか」
”そうだなァ”
なるほど、霊同士なら色々と分かるのかもしれないのかな?
光の玉は、ぽむぽむと俺の膝の上に乗ってくる。
いきなり全員に見られたから、びっくりしてるんだろうか。
色んなことが起きすぎてどうでもよくなった俺は、もうこのふよふよとの接触については諦めることにした。
”見たとこ悪い霊じゃあなさそうだな”
”ぼく、わるくないよー”
”へえへえ……しかし取り憑けるってことは馬力は低級霊でもないなァ……その割に俺が見たことない類の奴だ。すまん龍香、これ以上全く分からん”
「お前がか?」
月詠が驚いたように眉を上げる。
こいつの表情がはっきり変わる瞬間って、初めて見たんじゃないだろうか。
でもその月詠がここまでびっくりするってことは、このふよふよ野郎よっぽど訳わかんねえ奴だってことか……。
それでも昂炎は困ったような声で質問を続ける。
けなげな奴。
”お前、どこから来た?”
”おぼえてないー”
”何かできることはあるのか?”
”わかんない”
学校と同じ、おぼえてないのオンパレードだ。
昂炎はふがー!と叫んで、ものすごい勢いで燃え盛りながらぶんぶん俺らの前で揺れ始めた。
”クッソ! 本人もなんも分かってねえのかよ!”
「昂炎、その辺でいい」
”お前名前も分かんねえんじゃないだろうな!こっちで変な名前つけられても文句言うなよ!”
半分ヤケクソなんじゃないかって勢いで叫んだ昂炎の言葉に、膝の上のふよふよは嬉しそうにぽわっと光った。
”なまえはわかる!”
全員が呆気にとられる前で、ふよふよはぱぁと光って浮き上がる。
”なまえは、げっこう!”
”な、何だ……。いい名じゃねぇか、月光”
「それ以外何にも覚えてなかったがな」
月詠がチクリと文句を投げるけど、ふよふよ……月光には全く効いてない。
「それで今後なんだが…おい、聞いてるのか?……おいお前……。……水谷!」
「えっ?……あ、あぁ!」
ふよふよめ、結構綺麗な名前だな、なんて呑気に考えていたら、一気に現実に引き戻された。
いかんいかん、取り調べ中だぞ今。
「月光は帰る場所も分からんらしい。危害も加えないと言っている。何よりこちらとしても、分からないことが多すぎる。そこで提案なんだが」
ごくり……。
固唾をのんで、月詠の次の言葉を待つ。
「色々と判明するまで、月光と共に行動しては貰えないか?その方がこいつ自身も安定するだろう。勿論何かあった時のために、私と昂炎が見張る。一度考えてみてくれ」
「あぁ、うん分かった」
「いいのか」
ちょっとびっくりした顔をされた。
うんまあ……と言いつつ実は、俺は月光に取り憑かれたことはもう、あんまり気にしてない。
寧ろ何にも覚えてない月光が、俺に懐いてくれてるのがちょっと、ほんのちょっとだけ嬉しいような気もする。
今もやったーやったーと騒ぎながらふわふわ空中を跳ね回っていて、まだ危険性も分かってないとはいえ、仮にこんな無邪気に喜んでるこいつを捨てろって言われても、俺にはできない気がする。
早い話が情が移ってしまったんだ。取り憑いてきた奴に。
やっぱり俺は馬鹿なのかもしれない。
「俺、月光預かるよ。結構可愛い気もするし」
「そうか、助かる。それとだ」
月詠はこくこくと頷くと、続けた。
「お前今日からここで働け。以上だ」
……。
……は?