霞ヶ関に行こう
歩き続ける女子高生、謎のふよふよ、げんなりしている俺。
ここまでテンションに差のある高校生2人組が霞ヶ関を歩いている様子は、誰の目から見ても間違いなく異様だ。
「月詠、もうちょっとって言ってたけど…すげえ高いビルしか見えないな…」
”にょきにょきしてる、すごいね!”
「まぁ確かに、なかなか俺もこんなとこ来ないしなぁ」
テレビで見たことくらいあるかも知れないけど、実際来るのは初めてだ。
もう少し歩いたら、国会議事堂とか見えちゃったりするのかな?
高いビルや、ビルに切り取られたような青空を見た後道路に視線を戻すと、なんだか街路樹も模型のスポンジ樹木に見えてくる。
不思議な気分であたりを見回していると、前の方から月詠の声がした。
「着いたぞ」
「え、ここ?」
早足で月詠のところまで駆けていくけど、ここ絶対入っちゃいけないビルだよな?
ガラス製の二枚の自動ドアと月詠を見比べる。
「入るの?」
「入る」
即答された。しかもこの子、なんのためらいもなく薄暗いビルに入っていく。
「え、ちょ、ちょっと!」
慌てて手で追う俺を急かすように、ビルの中の月詠は懐から鉄扇を取り出し、煽いだ。
助けてくれた時からじわじわ気になってはいたけど、月詠は一体何者なんだ。
今日まで霊が見えることなんて全く知らなかったし、変わってるとはいえ霞ヶ関のビルにすんなり入るなんてなかなか出来ない。
このビルの関係者、なんだろうか。
…まあそうじゃないと逆に困るんだけども。
そもそも扇子ならまだしも、鉄扇を持ってる女子なんて月詠以外にいないだろ。
口から零れ出る溜め息を抑えながら、一歩足を踏み出した瞬間。
「…あれ」
外の光に照らされ、広がった鉄扇のうち1枚が、紅く光ったような気がした。
気のせい、だろうか。
ビルの中は廊下の床まで真っ白で、俺たちが歩くたびに足音が反響してきて、何重にも聞こえる。無機質って言葉がぴったりだ。
月詠はある部屋の前でぴたりと立ち止まり、おもむろに扉を開けた。
「…入るの?」
「入る」
またも即答された。かと思えば月詠自ら部屋に入っていく。
こうなっちゃうと、俺は続いて入る他無いんだよなぁ…。
しぶしぶ続いて部屋の扉をくぐった俺は、驚きで目を見張った。
俺が勝手に無機質な会議室を想像していたのもある。
けれど中は右手側に広がっていて、手前にガラス製の小さなテーブルと応接用のソファが置かれていた。
部屋の奥にはずらりと立派な本棚と、これまた立派な机。
そして窓際は、内側にレースカーテンを備えた、北欧風のあしらいのカーテン。
”わ、とっても、かいてきー!”
「な、何だここ…」
想像と違いすぎる。そもそも何の部屋なんだここは。
その前に月詠さん!? 結局何のビルなの、ここは!
光のふよふよは喜んでるけど、そうじゃないだろ!
「私の部屋だ。掛けてくれよ、お茶とコーヒーだとどっちがいい?」
「え、は?」
対応が追いつかねえ。どちらかといえばお茶だけど、そうじゃなくて。
月詠の部屋。月詠の部屋?なんでこんなビルの中にあるんだよ!
”おい龍香、そろそろ色々説明してやれよ”
「分かってるから…もう少し静かにしててくれ、話がややこしくなる」
「れ、霊の声…?月詠、ここ大丈夫なのか?」
新しい霊の声!
まさか、またこいつが変なことしたのか?
慌てて光の玉を見ると、こいつも声の主を探すようにぺかぺかきょろきょろしている…ように見えた。
”あーもう、ここだ!”
じれったそうな声は、机の上からだ。月詠の鉄扇がある。
またぴかり、と紅く光って、次の瞬間。
鉄扇から炎の様な光が噴き出した。
俺の目の前でごうごうと音を立てながら、丸くなっていく。
”龍香、茶はまだなのかよ”
「昂炎!」
呆れた声で月詠が炎をたしなめる。
光の玉は、いきなり現れた炎に興味津々だ。
「わざわざ来てもらって、すまない。こっちからも色々と聞きたいんだが…先に説明した方がいいだろうな」
月詠に渡されたティーカップを、ぼんやりと受け取る。
俺に律儀について来る光の玉。霞ヶ関の月詠の部屋。いきなり現れた、炎の霊。
何もかもさっぱり分からん。
思考回路がショートした俺は、言われるがまま頷いた。
「もう、取り敢えず一旦聞くから、一通り色々と…説明してくれ…」