月詠龍香
その日も例によって、ぼんやりと窓の外を観察していた。まあその、授業はその日も分からなかった。
息を吸い込んで、ゆっくり吐きながら黒板の方に向き直る。先生に目をつけられでもしたら面倒だ。
と、その瞬間だった。
次の息が、入ってこない。
あれ、おかしいな? と思った時にはくらり、と視界が渦巻いて遠ざかっていった。
ガンガンと脈打つ視界で、初めて頭痛に気付く。
俺、憑りつかれてるんだ。
直感的に分かった。
座ってられない。外だ、外に、出なきゃ。
やばい。何だこれ。何て言って教室出たっけ。頭に残ってない。外に出てどうする? トイレに行かなきゃ? いや、保健室? ここは、廊下?
突然体が進まなくなる。視界が、おかしい。なんで床が、こんなに近いんだろう?
……あぁ、俺今、倒れたのか。そりゃ動かないはずだ。
どうしよう。どうしようかなぁ。
息をするのがしんどくなってきた。死ぬのかな。
思えば、良いことなかったな、この体質のおかげで。相当苦労した気がする。霊には目を付けられるし、挙句の果てには憑かれるし。
あぁでも……不思議と涙は出てこない。
理解のある家族と友人には恵まれたな……別に俺が変なことを口走っても、笑ってくれるいい人達だ。
おとうさん、おかあさん。先立つ不孝をお許しください……。
目を閉じた瞬間だった。
てん、と額に冷たいものが当たる。
すると不思議なことに、すうっと痛みや体の重みが引いていくじゃないか。
ここでやっと俺に、冷静な思考が返ってきた。
何か悪いものに、憑かれてたんだ。それで体が拒否反応を起こして……必死の思いで場所を変えた。でも駄目で、死にかけて……誰かに、助けられた。
誰に?
軽くなった体をひねって、上体を起こす。さっきまでが嘘のようにいつも通りだ。
「……はあ……」
「はあ、じゃないわ。それとも何だ、お前の小学校では助けて貰ったらそう言いましょうねと習ったのか? 勿論そんな訳無いだろうから言ってるんだぞ」
立て板に水、どころか流水に立て板を流しましたと表現した方が正確な勢いで毒突かれる。
視線をあげた先には、鉄扇を広げた女子…月詠龍香が立っていた。俺のクラスの変わり者。
俺は誰がどう見ても今復活したばっかりなんだけど……。
なんならお前、霊見えてたの? 今知ったんだけど……まぁこいつはこういうやつだ……。
「ありがとう。助かったよ月詠」
「それでいい。構わんよ。ところで授業中だから早いところ戻りたいんだが、一ついいか」
「いいけど、どうしたよ」
俺がまだキョトンとしていると、月詠は難しそうな顔をして続ける。
「こいつどうする。心当たりはあるのか」
大きさはリンゴ一個分くらいだろうか?
…青白い光の玉が、俺達の周りをふよふよ漂っていた。
まだいるんかい。
しかも思ってた数倍は、へぼそうだ。
こいつに憑かれてたのかと思うと、なんか憎いを通り越して悲しくなってくる。
こんな一撃で死にそうな奴に憑かれたら、人は死ぬのか…。
”またせたねえ”
喋った。可愛い少年のような声だった。喋ったという表現が正しいのかもよく分からないけど、コンタクトが取れてしまった。
激しくいらない展開だ。
俺は混乱していたんだろう、冷静に突っ込んでしまった。
「待ってないよ」
「この人間に憑いていたのは、貴方なのか」
俺を完全に無視して、月詠は話しかけ始める。
光の玉は、ぽうと光った。
”そうだよお”
「軽いなあ!!」
また突っ込んでしまった。軽いわ。こちとら死にかけたわ。何なんだ本当。
月詠は冷静に続ける。
「何故?人間に憑くと相手が死ぬこともあるのに」
”わすれてた、うれしくて”
「はぁ…。では何故彼に?」
上機嫌でぽわぽわ跳ねる光の玉をよそに、月詠は無表情だ。そりゃいきなりこんな面倒ごとに巻き込まれたらそうか。
でも、どうして俺に憑いたのか?それは気になる。ごくりと唾を飲んで次の言葉を待つ。
”このこを、さがしてたから”