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ダスク・シンドローム  作者: 有町 衣
信頼関係
18/18

喧嘩

「……やっちまった……」


 俺は路上で1人、頭を抱えた。


 俺のバカ。


 喧嘩して出ていくって、俺は一体何歳だ。

 高校2年生のやることじゃねえ……。


 俺はげっそりと溜息をつく。


 荷物は部屋に置いてきまってるし、月光も置いてきたし戻らなきゃならないんだけど、当然ながら戻りづらい。

 ……しばらくその辺を散歩して頭を冷やそう。


 そもそも、龍香はちゃんと謝ってくれてたのに。

 あんな言い方する必要なかったのに。


「俺、龍香と……喧嘩してる場合じゃないのに……」


 就業時間中だからか路上に人影はなくて、俺はぼそぼそと独り言を呟く。

 

 謝らなきゃ。


 ……でも。

 なんで龍香は、自分に霊が見えてないなんて大事なこと、黙ってたんだろう。


 いつか言ってくれるつもりだったんだろうか。

 だとしたら、いつ?


 龍香が俺に虚勢を張らず一緒に仕事出来るようになるのに、どのくらいの時間がいるだろう。


「……あぁ」


 何だよ。

 俺が勝手に拗ねて怒ってるだけか?


 ……確かに俺も言い過ぎた。

 でも一回話し合うべきことであって……。


 ……っていや、だったら尚更、なんで俺は飛び出してきちゃってるんだ……!


「気まずい……」


 幅の広い霞ヶ関の歩道で頭を抱え、天を仰ぐ。


 ……もうちょい、歩こうかな。


 とぼとぼと歩き始めたその時だった。



 地面が蠢いた。



 咄嗟に立ち止まる。

 と、つま先の僅か数センチ前の地面を突き破り、巨大な力が這い出してきた。 



 ……さっき逃した奴!



 何でこんな時に……しかも、こんな距離に!


 突然敵いそうもない大きさの力が目の前に現れて、俺は混乱した。


 大蛇、にも見えるそいつは、胴の太さだけでも屋久杉くらいあるんじゃないか、多分。


 凄まじい速度で湧き出続けるソレが巻き起こす爆風が、俺や街路樹を吹き飛ばそうとする。 


 炭みたいな、深い黒。


 遠くで存在を感じた時とは段違いの迫力だ。


 壊れた蛇口みたいに、そいつは湧き出続ける。

 あたりを見回して、ぎょっとする。


 ……目の前どころか、歩道を塞ぎ、車道に溢れ出し、10m先のビルの壁にさえウゴウゴと登っていくじゃないか!


 …どこまで、今どこまでこいつで埋まってるんだ。

 他の人は大丈夫なのか?


 ってか、こいつ……まだ、まだ出てくんのか!?


 ばくんばくんと俺の心臓が警笛を鳴らす。


 ……逃げよう。


 何にも出来ない奴が関われる相手じゃ、ない。


 突然の恐怖に小刻みに震える脚をなんとか動かし、じわりと一歩下がる。

 

 ……この蠢く塊に背を向けたら、その間に俺なんか簡単に消されてしまうんじゃないか……?

 そんな考えがよぎって、ぞっとする。


 ……駄目だ、脚が、動いてくれない!


 何を馬鹿なこと考えてるんだ!?

 大丈夫、大丈夫に決まってる、それよりここで突っ立ってる方がよっぽどヤバいに決まってる! 


 あと二歩、二歩下がったら、ダッシュしよう……!

 ほら頑張れ、動かせ、駄目だ、駄目だ駄目だ!!


 更に鼓動が早くなる。


 ぎこちなく足を動かして、うるさい心臓を抑え付けて振り返った、その時。



「創太!」



 知ってる声が、背後から聞こえた。


 今この状況下で、一番頼りになるこの声は。

 恐る恐る、背後の大蛇の方を向き直す。


 その黒い蛇がまだ埋めていない、100m以上向こうを走る、うちの高校の制服は。


「……龍香!」


 肩の力が抜け、どっと背中から汗が吹き出る。


 俺めがけて一目散に走ってくる龍香を見て、嫌でも安心する自分がいた。


 龍香は必死の形相で、俺めがけて全力疾走してくる。

 

 俺めがけて。


 ……あれ?


 龍香が失速しない。


 ……あぁ、そうだった……!

 気づいた瞬間、頭からサァッと血の気が引いていくのが分かった。



 見えてないんだった。


 龍香には、この大蛇が。



「来ちゃダメだッ!!龍香ァァァ止まれ!!」



 咄嗟に絶叫する俺。

 その叫びの最後は多分、突然のたうった蛇の地響きでかき消えていたと思う。


 ぽかんとした龍香の顔。


 轟音と共にうねるドス黒い大蛇の腹で、数メートル先の視界が黒く染まる。



 ……一瞬の間だった。


 次に俺が見たのは変わらない大蛇の腹と、静かな土煙だった。

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