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ダスク・シンドローム  作者: 有町 衣
信頼関係
17/18

初めての仲直り

 ガチャリ、と扉の閉じる音が聞こえる。


 創太が出て行ってしまったのだ。

 龍香はそう理解すると、下げていた頭をゆっくりと上げた。


 無意識に人差し指で左耳を触る。

 彼女が何かを失敗した時にやるクセである。


 ……かなり誠意を持って謝ったつもりだったのだが。


 龍香はひとまず自分の椅子に座りなおし、深く吸っていた息を吐いた。


「……」


 龍香が故意に創太に、自分が霊を見えていないことを黙っていたのは事実だ。


 それは龍香にとって簡単に言えることではなかったことも事実だし、単純にそんな情けないことを言いたくないと思っていたのもまた然り。


 しかし、それでもいつか伝えておくべきことだと、龍香はしっかり理解していた。


 だからこそ、すぐに非を認めて謝罪したのだが。


「……そうじゃない、か」


 創太の言葉を思い出し、呟く。


 龍香は幼い頃から、家業を継ぐことだけを考えて来た娘だった。

 冷静に、聡明になるにつれ周りから人が居なくなっていったし、龍香自身も人とわざわざ関わる意味を見出さなかった。


 だからだろう。


 龍香は今初めて、他人から何を求められているかが分からなかった。


 また少し、左耳を触る。


 他人と関わって関係を作っていくのは、これから社会に出るにあたって必須の技能だ。

 昂炎が自分に、友達を作ったほうがいいと指摘してきた意味が分かった気がする。


 それにしても、こんなにも上手くいかないものなのか。


 龍香にしては珍しく純粋に落胆し、また大きく息を吐いた。


 創太が戻ってきた時にどう話しかけるか考えながら書類の整理でもするか、と考えて目線を動かした瞬間、突然部屋の中に騒がしい声が入り込んでくる。


”あー、木場に怒られた!帰ってきたぞー。……ってあれ?”

”そうたは?そうたー?”


 昂炎と月光が、木場のところから帰ってきたのだ。


 龍香が返事をしないと、部屋の中にまた静寂が訪れる。


 昂炎が近くまで来たのだろう。

 今度は耳元で声が聞こえる。


”龍香、創太はどうしたんだ?”

「……出て行った」


 龍香が苦々しく答えると、はぁ!?と昂炎が叫んだ。

 月光はしきりに創太を呼ぶばかりだ。


「謝ったら、そうじゃないと言われた。奴の鞄が残ってるからそのうち帰って来る。……どうしていいのか、まるで分からない」



 珍しく目を伏せる龍香を見て、昂炎はあー……と言葉を濁した。


 光景が目に浮かぶようだ。


 そもそもこの子が素直に謝ったところでかなりの進歩ではあるんだけども……と昂炎はちらりと考える。

 が、木場の言葉を思い出して、慰めるのをぐっと堪えた。


 今のこの子に必要なのはそれじゃない。

 創太と仲直りする方法を考えさせることだ……。


 下を向く龍香の耳元で、昂炎はゆっくりと話しかける。


”龍香よ、創太が何で怒ってたか分かるか?”

「……私が大事なことを話さなかったからだ」

”そうだ”

 

 龍香なりに考えているんだろう。

 彼女はじっと視線を固定して、慎重に昂炎に返事をした。


 昂炎は、そんな龍香が噛み砕けるように丁寧に話す。


”じゃあ、創太がどんな気持ちになったか想像出来るか?”

「……想像」


”創太がどうしてお前のところに来たいか、最初に俺たちに全部説明してくれたよな。それを受けてお前は、創太について来いって言ったんだ”

「……」


 どうやら自分の主人は思っていた以上に人間関係音痴らしいな・・・・・・少なくとも出て行った喧嘩相手を追いかける発想が全くない程度には。

 かつてないくらいに必死で考える龍香を見て、半ば呆れる昂炎。


 黙りこくる龍香に、昂炎は続けた。


”そのついて来いって言ってくれた奴が、実は自分のことは何1つ話してくれてなかったって分かった。……それじゃ心から信頼するのは難しいだろうよ”


 龍香の表情は一見変わらないように見えたが、一瞬目が揺れ動いたのを昂炎は見逃さなかった。


「……私が裏切った、も同然だ」


 ぽつり、と呟く龍香。


 どうしたらいい?と続けた声は、普段の態度からは考えられない弱々しさだった。


 同世代の人間と対等に関わるなんて、龍香からしたら霊より未知数だ。


 ましてや、人生初めての喧嘩らしい喧嘩。

 あの賢い子がここまで対応出来ないものか。


 昂炎は初めて見る龍香の姿に戸惑いつつ、優しく教えてやる。


”……お前の思ってることを、創太に伝えてみるんだ。いつもみたいにしっかり説明出来なくていい。きっと、伝わるはずだ。そしたら……”


 龍香は続きを促すように、顔を上げた。


 龍香の真っ直ぐな目が、正面の昂炎を貫く。


 この子はたまに、見えていないのが信じられないほどしっかりした目で俺の方を射抜く。


 どこまでも愚直で、それ故に不器用で、まだまだ子供で、優しい主。

 この子には、対等な理解者が必要だ。


”……もう一回謝ってごらんよ。そしたら届くはずさ”


 龍香は、黙ってこっくりと頷いた。

 と、今の今まで騒ぐのを我慢していた月光がぴょこりと跳ねる。


”そうた、ちかくにいるよ!”


「……何」


 月光の幼い声の方に、龍香がびっくりした顔を向ける。

 月光は嬉しそうにぴょこぴょこしながら、明るい声を張り上げた。


”とおくないよ!るかちゃん、そうたさがす?”


 その言葉を聞くや否や、龍香は椅子から立ち上がった。


「……探しに行く」


 昂炎でも月光でもなく、ただ前を見つめて呟く。


 昂炎は行ってこいよ、と送り出した。


”俺らも行った方がいいか?”

「いや、2人で話す」

”……そうだな。それがいい”


 扉へと歩く龍香を、動かず見守る昂炎。

 龍香が部屋から出て行きカチャリと扉の閉まる音がすると、パタパタと龍香が廊下を駆けていくのが分かった。


 昂炎は、月光と2人残された部屋でぼそりと呟く。


”……こうやってあの子も大きくなってくんだな”

”るかちゃん、おやばなれー?”

”……五月蝿えやい”

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