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ダスク・シンドローム  作者: 有町 衣
信頼関係
16/18

人間関係

 俺は廊下を急いだ。

 いや、ゆっくり歩いてちゃ落ち着かなかった。


 龍香が、霊が見えてない?

 どういうことだ?


 そんな馬鹿なことってあるか。


”そ、そうた……”

「……ごめんな月光。2人で話させてくれ」


 早足の俺におろおろと付いてくる月光。

 ごめんな、月光。お前は何にも悪くないのに、気を使わせてしまって。


 俺がこんなにイラついてる理由は、分かってる。


 もし龍香が本当に、霊が見えてないとして。


 そしたらあいつは、ずっと俺の目の前で見えもしてない昂炎や月光と会話してたっていうのか?


 見えてない敵に立ち向かって、何もないような顔をしてたのか?


 こんなに大事なことを俺に伝えずに?


「……あぁくそ」


 だとしたら、仲間として上手くやっていこうなんて考えてた俺は、完全に空回りじゃないか。


 ピタリと龍香の執務室の前で止まる。

 扉はいつもより格段に開けづらかった。


 ガチャ、とノブをひねって開くと聞きつけた昂炎がのんきに炎を揺らして俺の側に寄ってくる。


”おう、お帰り。どーだったよ。優しかったろ?”


 俺は昂炎を無視して、つかつかと龍香のデスクに歩み寄った。



**



「診察はどうだったんだ」

「……龍香。嘘つかずに答えてくれ」


 その言葉に龍香はやっと、いつものように文書と向き合っていた顔を上げた。


 机のすぐ側まで来ていた創太と目を合わせる。


 創太が机の縁にそっと手をついた。


 それは普段の彼が月光を撫でる時に見せる優しさではなく、落ち着いた怒りだった。

 その動作を見れば、繊細な者は創太の怒りの大きさに固まっていただろう。


 月光は珍しく創太について行かず、部屋の入り口のあたりで微振動していた。


 その一連の様子を見ていた昂炎は、うへぇ、と呟く。


「霊が見えてないって、本当なのか?」


 その言葉を聞いた龍香は、一瞬創太から目を逸らす。


”……あー、ん、あー……”


 普段と変わらないように見える龍香だが、昂炎には彼女が固まっているのが分かった。


 と同時に、これは当事者以外が口を出しちゃいけない、ということも。


”……ちょっと木場んとこ行ってくるわ。月光も行くぞ、ほら!”

”んえ、え!”


 壁を抜けてものすごい速さで飛んで行く二体。


 あとには創太と龍香と、張り詰めた沈黙が残される。


 創太は、急かさなかった。

 その分だけ二人の間で怒りばかりが伝わりやすくなっていく。


 カチ、カチと秒針が、何回鳴っただろう。


 重苦しく、何分とも感じられる沈黙の後、龍香はやっと口を開いた。


「本当だ」


 創太の全身の緊張が、解けていく。

 それは安堵ではなかった。


「何で言ってくれなかったんだ、そんな大事なこと」


 ふっと下に視線を落とした創太を、龍香はただ見続ける。


 ゆっくりと机の上の手を膝の上に移動させ、振り絞って出た声は、龍香自身の考えていたより数倍は小さかった。


「……すまない」


「……ッそうじゃないんだよ……!そうじゃ、あぁ……くっそぉ!」


 声を荒げて顔を上げた創太は、はっと息を止めた。


 視線の先では、龍香がその頭を下げていた。

 ただ、黙って。


 ぎり、と奥歯を噛み締める。


 やるせなさ、無力さ。


 やり場を無くした怒りを持て余して、くるりと龍香に背を向けて歩き出す。


「……創太」


 創太は呼び止める龍香の声を背中で聞きながら、そのまま執務室を飛び出した。


**


「……やっぱり来たかい」


 木場は、壁を抜けてすっと目の前に現れた昂炎を一瞥して話しかけた。


 本日二度目の来訪になる月光ににっこりと笑いかけ、ひらひらと手を振る。


”やっぱり、じゃねえやい。木場、何で創太に喋った?”

”そうた、こわかった……”


 昂炎は口調こそ荒っぽいものの、極めて冷静に問いかけてくる。


 よく分からずにただただ震えている月光を、木場は優しくぽむぽむと撫でた。


「僕はねえ、昂炎。君が龍香ちゃんをけしかけたって聞いてすぐ分かったよ。危険だからここで働けなんて言っておいて、最初から龍香ちゃんのサポートさせる気だったんだろう」


 ぐぬぬ、と黙りこくる昂炎。

 木場は指で月光を弄りながら続ける。


「今日創太くんと初めて会った。彼はとっても熱心に僕の話を聞いてくれてね、向上心がとても強い子だ。龍香ちゃんも創太くんも、今の所一緒にいたらお互い得しかない関係なんだ。昂炎、君の見立てはいつでも正しい」


 サポートが必要な龍香と、教えが欲しい創太。


 龍香の豊富な経験と、創太の才能はお互いが正に求めているものだっただろう。

 木場の言う通りだ。


「でも、そういう良好な関係を築きたいなら言っておくべきことだと思ったんだ。だから喋った。なるべく自然にね」


 引き延ばせば引き延すほど言いにくくなるだろ、と諭す木場に、昂炎はすまねえ、と返した。


”間違いねえよ。責めて悪かった”


「いいよ。君も龍香ちゃんの自主性に任せただけなんだろ?でなきゃ空気読んで僕のところまで来ない」


 にこっと笑って月光から手を離す木場。

 あぁでも、と言葉を続ける。


「龍香ちゃんばっかり甘やかしてると、龍香ちゃんのためにならないよ」


”気ぃつけるよ”


 あーあ、難しいわー……とぼやく昂炎に、木場が笑いかける。


「あはは、あぁ、そろそろ終わったんじゃない?フォローしに戻ってあげたら?」


 せわしなく壁を抜けていく二体に、木場はまたひらひらと手を振った。


 一人残された診察室で、椅子の背にもたれればギィ、と音が鳴る。


「……龍香ちゃんが言いにくい理由も分かるんだけどね」


 木場は、龍香がまだ小さかった頃を思い出した。


 固く口を結んで、その小さな手には不釣り合いな鉄扇をしっかと握り締めた、負けん気の強い少女。


 自分の身体では一生相棒を目にすることが出来ないと知った時、小さなあの子は何を思ったのだろう。


「緋村を継ぐ者に霊が見えてないのは恥だって、散々刷り込まれてるはずだからねぇ……」


 世の中って難しいね、と木場は虚空に向かって呟いた。


**

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