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ダスク・シンドローム  作者: 有町 衣
信頼関係
15/18

知るべきこと

「結局……見つからなかったな、あのでっかいの」


 俺は椅子の背にもたれながら、膝の上にいる月光に話しかける。

 月光はちょっとだけ残念そうだ。


 あの後俺たちは、巨大な力が現れたあたりに向かった。

 けれど、あと10mって距離まで近づくと、さっきまで色濃く蠢いていたのが嘘みたいに、巨大な力はすっと気配を消してしまったのだ。


 何も起きなかったのは良いんだけど、消化不良感がある。


 そこまではいい。

 問題はその後だ。




 龍香は事態が落ち着くや否や、言い放った。


「お前の体質は、思ってた数倍は危険だ。一度診てもらえ」

「え、何診てもらうって……医者?」


 さっきからずっと俺の体が危険だの何だの、訳分からんぞ!

 しかも医者って……何だ、俺は何をされるんだ?


 俺の戸惑いを知ってか知らずか、龍香はこくりと強く頷いた。


「そうだ。私たちの組織に専門の医者がいる。一度詳しく検査して貰おう。分からないことが多すぎる」

「ちょ、ちょっと待てよ!な、何?霊能力って実はビョーキか何かなのか!?」


 落ち着けよ、と昂炎が俺の頭の横にふわっと移動してくる。


”専門の医者なんだよ、霊能力専門のな……。頼りになる奴だ、行ってこいよ。何か力を上手いこと使うコツも教えてくれるだろうし”




「……とは言われたけど……」


”ぬーってされたね、ぬーって……そうた、いたい?”

「注射な。ウン、ぬーって血抜かれたな……」


 心配してくれてるんだろう。

 膝で不安そうに転がる月光を優しく撫でる。


 そう、さっきからずっと俺と月光は診察室で待ちぼうけしている。

 もう30分は経つんじゃないか?


 医者のお兄さんは優しそうな人だったけど、抜いた血を持って奥の扉に引っ込んだきり出てこない。


「分からないことが多すぎる、か」

”ぼくもわからないよー”

「お前は最初からほとんど何にも分かってないのな……」


 龍香の言葉を頭の中で繰り返す。


 分からないこと。


 月光のことも、俺を探してたことと名前と、神様みたいなもんだってことくらいしか分かってない。


 俺自身のことも……何が出来て何が出来ないのかなんて、確かにこれっぽっちも分かってない訳で。


 龍香の言い方はともかく、迂闊に力を使おうとしない方がいいのかもな……なんて考えていると、診察室の奥の扉がガラっと開いた。


「いやあ、お待たせ。随分掛かっちゃったよ」


 さらりとしたストレートの茶髪のお兄さんがひょっこりと顔を出す。


 にっこりと、人を安心させる微笑を浮かべて席に着く。

 白衣には名前のプレート。

 木場さんって言うみたいだ。


 俺はちょっと座り直して姿勢を正す。


「全然大丈夫っす」

「そんなかしこまらなくていいよ。昂炎から聞いちゃいたけど、君は優しい子だね」

「そ、そんなこと……」


 木場さんは俺が答えるやいなや、おかしそうにくすっと笑った。

 柔和さがなんだかくすぐったい。


 この人も『見える』人なんだ。

 そりゃ専門の医者って話だから、そりゃそうか……。


 さて、と木場さんが俺のカルテを開いて話し始めた。


「君の血から、家系を見させてもらったよ。そしたらまぁ、驚いた」


 驚いたのはこっちだ。

 血からそんなことが出来るんだ……。


 そう聞くと木場さんは、僕の得意分野なんだよ、と笑って教えてくれた。


 木場さんは真剣に説明してくれる。


「何もないんだ。本当、真っ白だ。龍香ちゃんの家なんかはね、大昔からずっと昂炎を従えてきた家なんだ。その影響で皆霊能力がとても高い。僕の家もそんな感じでね。今日相棒は居ないけど」


 どこかでそういう家の血と繋がってると思ってたんだけどな……と首を捻る木場さん。


「霊能力って家系なんですか?」

「だいたいはね。勿論いきなり霊能力のある子が生まれることはあるよ。でもいきなり君のレベルの強さっていうのはなかなか……」


「自覚無いんですけど、俺の力そんなに大きいんですか?」

「潜在能力だけなら龍香ちゃんより高いね」


 ……そんなに。


 素人の俺でも、龍香の力がすごいことくらいは分かる。

 

 思ってもみなかった答えに唖然とする。


 木場さんはうんうんと頷いて続けた。

 頷くたびに、さらりとした前髪がサイドから流れ落ちてくる。


「それともう1つ驚いたことがあってね。トランス状態って知ってるかい?」

「え?えーと……イ、イタコさんとかがなる奴ですか?」

「うん、まあ、そうだね」


 聞いたことある程度でイタコさんの単語を出したものの、トランス状態ってそもそも何なんだか全く知らない。

 そんな俺の内心を察したかのように、木場さんは説明するから大丈夫だよ、と笑いかけてくれる。


 ……俺の同級生上司もこのくらい優しくなってくれないもんかな……。


 そんな心の声を聞くやいなや脳内の龍香がものすごいしかめっ面をしたので、俺は喉まで来ていた溜息をなんとか押し殺した。


「トランス状態っていうのは、表層意識を取り除いて心の内側をむき出しにした状態のことだ。ものすごく分かりやすく言えば、霊を見たり聞いたり、霊と会話したり能力を利用したり……霊的存在とリンクしやすくなってる状態だね」


 俺がふむふむと頷くと、膝の上の月光が合わせてぽよぽよと弾む。


 こいつなりに頷いてるんだろうけど、多分あんまり分かってないんだろうな……さっきから静かだし。

 俺は手のひらでそっと月光を押さえた。


”ぬ、ぬわー?”

「すみません、続けてください」


「……うん。僕らプロは普段は霊能力は使わずに、必要な時だけイタコさんみたいにトランス状態になるんだ。常に霊とリンクしやすい状態だと、リンクしたくない霊とも交信しちゃったりするし、最悪の場合勝手に取り憑かれたりするしね」


 なるほど、と頷いて……あれ?


 トランス状態だと取り憑かれたりする?


 俺は月光を指差して、尋ねる。


「……あの、俺、特に何もしてないのにこいつに取り憑かれたんですけど……」

「……そこなんだよ」


 月光をじっと見るけど、さっき押さえたからかピクリとも動かない。

 木場さんは考えながら話しているみたいだった。


「君は何もしなくても常にトランス状態なんだ。訓練してない子にはまぁ、なくもないことなんだけど……君の場合その力の大きさでよく月光くん以外に取り憑かれず今日まで生きてこれたなってくらいなんだよね……物凄く危険だ」

「そんなにですか」


「うん。君だってバーガー屋さんに何も注意書きがないコンセントがあったらスマホ充電するだろ?霊からしたらそんな感じだよ、君って。奇跡としか言いようがない」


 ……龍香の言ってた危ないってのは、これか……!


 常にトランス状態って、今の説明だと俺、本当にかなり危ないんじゃ。

 あの鉄仮面め、全然説明が足りないじゃないか……こう言ってくれたら俺にも危険だって分かるのに。


 君は考えてることが分かりやすいね、と笑いながらそれでも、木場さんは続ける。


「霊力を抑えたり解放したりする訓練はつけてもらった方がいいね。あともう1つ」

「ま、まだあるんですか」

「あはは、こっちはいい知らせだよ。君はできることがすごく多いね」


 どういうことだろう?

 単純に力が強いってのとは違うのかな?


 俺は首をかしげる。


 えーとね、と木場さんは説明してくれる。


「霊力の大きさと、霊能力で何ができるかっていうのは全然別のことでね。だいたいは霊力が大きければ色々出来るんだけど、霊力はたくさんあるのに霊を見たり聞いたり出来なかったり、逆に霊力はそんなに高くなくてもうっすら色々出来たりってパターンがたまにあるんだ。イメージとしてはタンクに水を出せる蛇口が何個ついてるかって感じかな……」


 君はそういう意味では蛇口がすごく多いよ、と微笑む木場さん。

 褒められるとちょっと嬉しい。


「今の所その蛇口の開け閉めが自由に出来ない状態なんだ。その練習を龍香ちゃんに教えて貰うといいよ。例えばさっき遠くにいる霊の位置が分かったって昂炎から聞いたけど、それ君天然でカーナビみたいなことしてるってことだからね。とにかく常にトランス状態ってのをやめないと」


「す、すごくよく分かりました」


 天然カーナビ。


 それを聞くと俺の身体は明らかにおかしいって嫌でも分かった。


 ガクガクと頷く俺に合わせて激しく月光が弾む。

 俺はもう押さえるのがめんどくさかったので、放っておくことにした。


「まあ普段から見える程度はいいと思うけど。君の安全の為にも頑張ってみて。コントロールさえ掴めばきっと、龍香ちゃんもすぐに抜かせるよ」


「そ、それはまだちょっとかかりそうですけどねー」


 そうかなぁ、なんて言ってにっこりと俺に向かって笑いかけてくれる木場さん。


 生まれてこのかた、こんなに具体的に自分の霊力の扱い方を教えてもらったのは初めてだ。


 とてつもない安心感……昂炎が腕はいいって言ってたのを思い出す。

 俺は思いっきり頭を下げた。


「診察ありがとうございました!」

「いやいや、仕事だからね」


 あぁそうだ、と木場さんは思い出したように付け加えた。


「龍香ちゃんに、診察に来るように伝えておいて貰える?あの子検診にまだ来てくれてないんだよね」


 それは困ったもんだ。


 分かりました、と答えつつ、龍香も自分の霊力の状態を見てもらったりするんだなぁ、なんてぼんやり考える。

 俺はまだまだ素人だから、自分の力のことも手探りで当たり前だろうけど。


 俺が何かを考えてるのが伝わったのか首をかしげる木場さんに、ぽりぽり頰をかきながら聞いてみた。


「いや、龍香でも出来ないことってあるんだなぁって」

「そりゃそうさ。寧ろ君より多いだろう。あの子は努力家だからね」

「俺より多いんですか……」


 自分の可能性の広がりに妙に感心していると、木場さんが何か考えながら、


「……もしかして何も聞いてないのかい?」


 と純粋な疑問符をこぼした。


 もしかして何も、ってなんだ。

 何かあるのかな?


「何も……って、なんですか?」


 そう、何も分かってなかったんだ。


 月光のこと、俺のこと。



 そして、龍香のことも、何も。




 俺は次の木場さんの言葉に、凍りついた。




「……龍香ちゃんね、あの子霊見えてないよ」

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