上司命令
俺たちは気を取り直して、歩き続ける。
やっぱり龍香は何か言うわけでもなく、紅い目でじっと前を見て歩き続けている……。
仕事と霊のことだったら結構会話がもつと気付いた俺は、頑張って龍香に話しかけた。
「ところで今日の見回りってのは、具体的には何するんだ?」
学校からずっと、俺たちは特に何をするわけでもなく歩き続けている。
わくわくの俺をよそに、龍香は特に表情を変えずに言った。
「特に何も」
「へ?」
「見張るだけでも抑止力になる。勿論変なやつが居たら何とかしなきゃならんが」
思わず拍子抜けだ。
何もしないなんて……今までしていた覚悟と期待が空振りして、安心したような、ちょっと残念なような。
ってか一言で会話終わっちゃったよ。
どうしよう。
月光と目を合わせて首を捻りあう。
「そういうもんか……」
”もんかー”
”まぁ取り締まりの仕事なんて、仕事無いのが一番良いんだから”
俺たちの間の抜けた声に、昂炎のなだめが入る。
言われてみればそりゃそうだ。
でももしものために俺は強くなろうってこの間決めたわけで、実際龍香はもしものシチュエーションにも対処できる実力があるわけで。
札を手に霊に立ち向かう龍香の背中と、その手で紅く身を焦がす昂炎を思い出す。
つまり俺は、早く色んなことが出来るようになりたいんだ。
平和なのは勿論嬉しいことなんだけど、焦れったい。
「……簡単なことじゃないと思うんだけどさ、俺早く色々出来るようになりたいんだ。龍香、教えてくれるって言ってたよな」
焦れったさが声に出てたんだろうか。
眉をひそめた切れ長の目が俺をじっとりと睨みつける。
「急ぐな。すぐに教えられることでもない」
それだけいうと、龍香はぷいっとそっぽを向いて早足で歩いて行ってしまった。
”おいおい”
もー怒りっぽいんだから……昂炎がぶつくさ言いながら、しっぽのような黒髪を追いかけて行く。
俺は盛大にため息を吐いた。
何だよ。
分かっちゃいたけど、何もそこまでピシャッと言わなくたって……。
龍香が特別俺を嫌ってる訳じゃないとは思う。
でも俺は、こんな奴とこれからやっていけるだろうか。
「……あぁ、そうだ。水谷お前」
だらだら足を進める俺の10歩手前で、龍香がピタリと立ち止まる。
へ、と間抜けな返事をする俺を振り返って、龍香はその射抜くような紅目を向けた。
「これから勝手に力を使うな。エネルギーの譲渡なんてもってのほかだ。……危ない」
……何だよ、それ。
すたすたとまた歩いて行く龍香を目の端で見送る。
この間は付いて来いって言ったくせに。
ちゃんと教えてくれるんだろうか……?
むっと来た感情を、深呼吸で落ち着かせる。
落ち込んだ俺を慰めるように、傍らの月光がぺかぺかと光った。
・・・・・・と、その時。
500mくらい先だろうか。
湧き出すように、何か大きな力が蠢いた。
いや、もっと正確にその時の感覚を表現するなら・・・・・・地中から巨大な、自分の体の何倍もある蛇のようなものが突然顔を出したみたいな、そんなどうしようもない力。
はっと顔を上げて、周囲を見回した。
昂炎も気が付いたらしい。
”龍香、おい”
「・・・・・・」
龍香は、難しい顔でじっと前方を睨んでいた。
纏う空気がピリピリ張り詰めていて、触ったら爆発するんじゃないかなんて思うくらいの緊張感だった。
「・・・・・・・・・・・・まだ何もしていないみたいだが、一応、見に行ってみるか」
慎重に口を開く龍香。
俺はそれと同じくらい慎重に頷いた。
「・・・・・・西のほうだったよな。行こう!」
”待った!”
西に向かって歩き始める俺に、昂炎がストップをかける。
どうした・・・・・・?
立ち止まる俺に、付いてきていた月光がぷぎょっとぶつかった。
”お前何にもしてないのに、どこにアレがいるか分かってるのか?”
龍香がはっとしたように俺を見た。
俺は訳が分からずに、うろたえながら答える。
「そりゃ何となく分かるけど、それがどうしたんだよ・・・・・・?」
何で黙ってるんだ、昂炎・・・・・・?
龍香も何を考え込んでるんだ?
不思議に思っているとそのうち、龍香がややあって話し始めた。
「・・・・・・やはり普通じゃないな、お前の体質」
俺が首をかしげていると、龍香はそのまま続ける。
「色々と説明すべきだが、今は急ごう。西だったか」
「あ、あぁ・・・・・・」
俺が曖昧に返事をするや否や、龍香は歩き始めた。
・・・・・・本当になんなんだ、一体。