パトロールに行こう
「数学嫌いじゃあー!」
俺は放課後の教室で力の限り叫んだ。
なんでこの世にあるんだろう、数学。
いや、数学は悪くない。
数学の存在自体は1000000歩譲って許してやるとしても、なんだって昔の偉い人は数式だのゼロだの思いついちゃったんだろう。
そもそも神だ。全部神が悪い……。
月光はそんな俺の机の上で、お気楽にぽよぽよ跳ねている。
”そうた、たいへんだーねー”
「んん……今日の範囲はカケラも分からなかったぜ……」
ぐったりと椅子に座りなおして天井を見上げた。
普通なら、これだけフリーダムにぐだぐだして、独り言をブツブツ言ってたら周りにいる人にドン引きされるだろう。
でも今は放課後。皆部活に行ったり家に帰ったりした後で、教室には誰もいない。
”そうた、きょうは?ぼーりんぐ?からよけ?”
今日は水曜日。
月光は遊びに行くのかな?とわくわくぽよぽよしている。
どうも先週行ったカラオケが妙に気に入っているみたいだ。
「そうだと良かったんだけど……今週は行かないよ」
”からよけじゃないのかー……”
ぽよん……。
月光がへにゃっとして止まる。
俺の友達はだいたいがサッカー部でいつもは水曜日が休みなんだけど、練習試合前ってことでオフ返上で頑張るらしい。
バスケ部のトモは家の都合だとかで帰っちゃったし……。
要するに、俺は今暇なのだ。
机の上の月光を突っついて遊ぶ。
ぬわー、ひょー、と声をあげながらコロコロ転がる月光を見ていると、なんだか癒される……。
そのうち月光は、不思議そうに話しかけてきた。
”そうた、かえらないの?”
「んー……暇なんだよね。だからさ、アレ」
俺は教室の前の方の席を指差す。
そこにはポツンと鞄が残されている。
確かあそこは龍香の席なんだよな。
「龍香がまだ残ってるから、途中まで一緒に帰ろうかなって」
”なかよしだね!”
「そうなれると良いんだけど……」
これから龍香と仕事をしていくことになる訳だし、やっぱり仲良くなるに越したことはない。
それにまぁ、放って帰って鞄が盗難とかにあうのも忍びないし、これくらいはな。
何より暇だし、うん。
なんてことをぼーっと考えていると、がらりと教室の扉が開いた。
現れたのは、予想通り鞄の主。
月詠龍香、もとい緋村龍香だ。
こちらを怪訝な顔で見つつ帰り支度を始める龍香。
俺は立ち上がって、なるべく明るい声で話しかけた。
「よっ、龍香。珍しく暇んなっちゃったから途中まで一緒に帰ろうぜ」
それを聞くと龍香はなるほどそんなことか、と納得した様子で頷いた。
「そうするか」
「昂炎はいないのか?」
「学校ではなるべく出るなと言ってる」
なるほどな。
確かにもし俺みたいに霊の見えるやつに見つかったらえらいことだ。
月光も普段は引っ込んどいてもらった方がいいかもしれないな……。
一人で勝手に納得していると、珍しく龍香からこちらに歩いてきて、ぼそぼそと話し始めた。
「今日これから見回りに行く」
見回り。見回り?
なんだそれ。何の?……霊の?
詳細がよく分からない上、何が言いたいのかさっぱり分からなくて、口から「へぇ……」とか曖昧な返事しか出てこなかった。
龍香はそのままぶっきらぼうに続ける。
「暇なら来るか」
「へぁ?」
曖昧な相づちと驚きが混じって間抜けな声が出る。
それに合わせてぽよん、と月光が小さく跳ねた。
きょとんとした顔で龍香の顔を見ると、目が合ってしまう。
龍香は俺の目をじっと見ながら眉根を寄せた。
「来るかと聞いてる」
やばい。
龍香は同じことを2回以上喋らせると、極端に機嫌が悪くなる。
よく分からないけど、霊に関することだったら断る理由はないよな。
これを機に龍香と仲良くなれるなら一石二鳥だ……よし!
「い、行くよ!是非お願いします!」
「よし」
龍香はこういう時、片頬を吊り上げて笑う。
つまり機嫌がいいってことだ。
分かりやすくていいと俺は思う。
しかしよく考えてみれば、まともな仕事って初めてなんじゃないか?
何をするんだろう。
見回りって言ってたし、どこか巡回ルートみたいなもんがあるのかな。
新しいことへのわくわくで胸が高鳴る。
仕事に呼ばれたのがよく分かっていない月光は、まだ不思議そうにぽよぽよと弾んでいる。
「月光、俺もよく分かんないけど頑張ろうな」
”うおー!”
月光にコッソリ話しかける。
と、事情がよく飲み込めていない月光が、元気よく返事をした。