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ダスク・シンドローム  作者: 有町 衣
はじまり
10/18

無知は罪か

 いつも通りの執務室に、時計の秒針の音が落ちる。


 昂炎は、蛍光灯の下でこれまたいつも通り書類仕事をこなしていく主人を見て、ため息をついた。


 龍香は小さい時から強情だ。

 不器用で意地っ張り。

 父親から俺を受け継いだ時も、すぐには感情を表に出さなかった……。


 昂炎はぼんやりそんなことを考える。


 書面に何かを書き付けていく龍香は、やっぱり鉄仮面だ。


 水谷創太から見たこの子の印象も、決してよくは無かっただろう。

 龍香にとって、人と交流するのは霊に対処するより難しいに違いない……。


 幼い頃から彼女を見守って来た昂炎は、自分の考えにうんうんと自分で頷いた。


 それでも、龍香は今回かなり頑張った。

 創太の安全の為でもあるし、あの莫大な霊力は必ずお前の役に立つぞ、もっと人と交流しろとけしかけたのは、昂炎なのだが。


 罵倒こそしていたがかなり抑えた方だし、ましてや龍香が人に本を選んでやったところなんて、見たことがない。


 そんなことは特殊例だし……今だってそうだ。


”龍香よ”


 カチカチと等間隔に鳴る時計は、午後8時を指している。


 普段だったら、とっくに帰っている時間だ。

 

「何だ」


 龍香は手を止めずに答える。

 時間のことなんて、彼女はとっくに知っているだろう。


 それでも、自分がこのまま何も言わなければこの子はあと1時間はここにいると、昂炎は分かっていた。


 一回決めたら頑固だからな……。

”……創太、来なかったな”


 昨日の今日で、彼のショックはまだ大きいだろうことも、勿論こんな時間まで待ったところで、来ないものは来ないことも分かっているはずなのに。


 なんでこの子は、無表情で待っちまうのかな……。


 昂炎はまた、自分の主人の不器用さにため息をついた。


「……そうだな」


 龍香はちら、と時計を確認してから帰り支度を始めた。


「帰るか」


 昂炎は、何も言わない。


 こういう時に下手に慰めても、龍香が傷つくだけだと知っていたからだ。


 明日、明後日は土日休みで、月曜日で創太が働き始めて一週間になる。


 その時まで、俺は何も言わない方がいいだろう……。

 昂炎はぼんやりそんなことを考えながら、鉄扇にそっと戻った。



**


 当然だけど、俺は人を殺したことがない。


 これからも殺す気はないし、できればそういうことには全く関わりたくない。


 そんな普通の高校生、だったはずだ。


「……」


 ベッドに寝転んだまま、そっと部屋の蛍光灯に手をかざす。

 その手にふよふよと月光が近寄ってきた。


 いつもなら賑やかに話しかけてくるところだけど、昨日の今日だからか何も言わない。


 代わりに俺が口を開いた。

 

「俺のせいだな」


 月光から返事はなかった。

 ぼすん、とベッドに手を降ろす。


 もう死んでいるとはいえ、目の前で霊が龍香に消された。


 いや、龍香は消してくれたんだ。


 あのままだと自分達が危ないことを分かってて、ああするしかなかったから、霊を消した。


 そしてその原因を作ったのは、間違いなく一昨日の俺だ。


「俺が余計なことしなけりゃあ、せめて……せめてあんな後味悪い消え方は……しなかった、かもだろ」


 こんなこと言ったってどうしようもないことくらい、分かってる。


 でも、昨日目の前で消されたあいつは、俺が殺したも同然だ……!


 それしか頭に浮かばなかった。


”そんなことわからないよ……”

 いつもの元気からは想像がつかないような小さな声で、月光は言った。


”そうたのせい、だけじゃなくてぼくも……”

「そんなこと言うなよ!」


 月光の震える声にやりきれなくなって、大きな声を出してしまう。


 俺のせい、が俺の中で大きくなり過ぎて、こんなに重い気持ちを月光に分担させなくなかった。


 そのくせどうしていいか整理がつかなくて、喉の奥がつまるみたいで。


”だって、ぼくがなにもしらないのに、へんなこといっちゃったから……”


 月光も、自分を責めたいんだ。


 ああ……龍香はどうして俺を責めなかったんだろう。

 


「俺だって……なんにも、知らなかった……」



 ちらっと時計を見れば、日付が変わっていた。

 ……まだ、眠れそうにない。

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