第30話 出張!どこでも説法団
「『鋼鐵の意志と魂』か……。たしかに、すゞめにぴったりね」
先生は、そう言って一層たのしそうに微笑んだ。
……………………
店に着き、二人で連れ立って中に入る。
入り口で大きなカートを選び、カゴを乗せる。
少し遅めの店内は、客の数も少なく快適であった。
まずは野菜コーナーを巡ることにする。
ここでは人前なので、直接、先生とは呼べない。先程、車内で話し合って、適当にそれらしく呼ぼう。……ということで、ひ~さん、そ~くん、と呼び合うことにしていた。
周りからどう見えるか、少し気になったが……たぶん恋人同士か、もしかしたら姉弟に見えるかもしれない、と思った。
「ひ~さんって、好き嫌い……いえ、食べられないものとかあります?」
「ん~…何で言い直したの?」
僕の聞き方が気になったらしく、答えるより先に聞き返してきた。
僕は、にやりと笑って、
「嫌いなものでも、身体のためには食べて貰おうと思って、ふふふふ。アレルギーとか、体質的に受け付けない物があったら、それは外しますけど」
すると先生は、少し困ったような笑みを浮かべて、
「美味しいものだけ作ってよ~? 食べる時まで辛いのは、や~よ?」
そんな弱音を言っていた。が、
「……まぁ、何でも食べるわね、基本。好き嫌いは無い……と思うけど。生っぽいとかは、あんまり好きじゃないかな……、基本、良く火を通した物の方が好きかも。あ、魚のお刺身は食べるけどね」
「生野菜とかは、大丈夫ですか?」
玉ねぎを手に取りながら、聞いてみる。
「うん、好きよ。生卵は、ちょっと苦手だったけど……今は平気」
話を聞くと、好き嫌いというよりは、食文化の違い……、外国寄りの雰囲気を感じるような気がした。
僕の作るものが口に合うかどうか、少し心配ではあるが……、一方でインスタント類を平気で食べていたという一面もある。
全く合わない、ということは無いと願いたいな。
玉ねぎ人参、じゃがいも、キャベツ、ニラ、ねぎ、ニンニク、生姜……。
普段使う野菜を次々とカゴへ入れていく。それから、きのこ類も……。
「慣れてるわね。料理も……お寺で?」
先生がその様子を見て、聞いてくる。
「はい。食事は基本的に全員持ち回りで作っていました。うちは人数少なかったので、住職さんも普段から作っておられましたよ」
すると、先生はカゴからニンニクを拾い上げ、
「あれ? でもお寺って、こういうものは使わないんじゃなかったっけ?」
と言って不思議そうにしている。
「はい、仏道では基本的に、ネギ、ニラ、ニンニクのような香りの強い野菜は使ってはいけないとされているらしいです」
「らしい?」
「はい。うちのお寺では、畑に当然のようにネギやニラやニンニクが植えられてましたし、それらも普通に食べてましたよ───」
これは、栄蔵師の独自の考え方に基づく方針であり、宗門全体の方針とは異なっていた。
基本的に仏道は、精進料理の例を見て分かる通り、なまぐさ物と呼ばれる、動物性の物や卵、魚、それから先に例にあげた「葷」と呼ばれる香りの強い野菜類も、避けるべきとされている。
「──精力が付き、煩悩を煽るような食べ物は慎むべき、という教えらしいですけど」
と、僕は、予備知識を添えて説明する。
栄蔵師は、科学的な考えというものにとても信を置いているところがあった。
すなわち、栄養学的に正しい食事を取ることは心身の健全に繋がるという現代的な解釈にも通ずるところがあったのだ。
もちろん、精進料理の深化は著しく、今では精進の枠内で驚くほど豊かで美味しく、且つ栄養学的にも優れているものがある。
だが、それを誰でも毎日食べられるか、となると……少々、話が異なってくる。
僕はひとつ、寺での思い出を語りだした。
………………
ある時、栄蔵師がお弟子さん全員と食事を囲んでいた時に話していたことがあった。
お弟子さん………名前を、「寂然さん」という──の一人が、他の寺に修行に行った時に感じたことを、お話ししていた時の事である───。
───その寺は、とても大きく立派で住み込みの小僧の数も多く、そして、食事も精進の範をきちんと守って作られていたそうだ。
僧たちは厳格で、教養も高く、修行と呼ばれる日々の暮らしぶりも申し分なかったそうだ。
だが、食事の時に何故か感じた……なんとも言えぬ違和感のような息苦しさ、そして……、
ある時見かけた、老婆の姿───。
この寺は大きく立派で、地元からの寄進も多い。地元の檀家や商店、食品工場などからも食べ物のご進物を賜ることが多かったそうだ。
その日は、製麺工場から生蕎麦のご進物があったらしいのだが、その量がとても多く、それでも……無駄を出してはいかんと、全て膳に出された。昼食時、寺の僧侶たちが総出で黙々と蕎麦を胃に詰め込んでいく様子を目の当たりにして、何やら異様なものを感じたそうだ。だが、食べることもまた修行の内ということは、寂然さんもよく分かっていたそうだ。
そのうち、若い僧が食べきれなくなり箸が止まったが、これも修行と……また口を開け、蕎麦を口に運ぼうとしていた。
「──箸を置け、苦しい顔して食うな……!」
先輩の僧が、その若い僧を叱咤し、……言われた若僧は箸を置いて手を合わせていた。
同刻……そこへ、近所に住む老婆がご進物を持ってやってきた。畑で採れたのでぜひ召し上がっていただきたいと。
この老婆は、毎年自分で育てた野菜を持って寺に寄進していたらしい。しかし、今年は野菜の出来が良くなかったと言って、いつも持ってきているものではなく、長葱の束を背負っていた。
これくらいしか、差し上げるものがなくて、申し訳ない……、そう言って。
それを見た僧は、一瞬動きを止めたが、穏やかな表情を変えることはなく、礼を言ってその野菜を受け取った。
食事後、頂いた長葱の扱いをどうするべきか、住職に尋ねたところ、
「……我々が口にするわけには、いきません。近くの保育園に寄進いたしましょう」
そう言って、この葱は僧たちの膳に並ぶことはなかった。
現在では、このご進物というものも、社会の柵が生んだ悩ましき『はからい』の一つであると、寂然さんは感じたそうだ。
すなわち、寺の檀家の中でも有力者が増えてくると……他所よりもうちの方が寄進の額が多い、数が多いと、いらぬ比較が始まる。
この製麺所も、他所と比べたか、あるいは比べられたかして、このような馬鹿げた量の蕎麦を寄進することになったのだろう。これも、世の常……ままならぬ人の世の不条理ともいえる事象であろう。
そして、それら不条理を我が事として、その身に受け止めるのが、僧の修行でもある。昼食の蕎麦の件は、そういうことでもあったのだ。
だが、寂然さんはむしろ、その後に来た……長葱の老婆の表情が忘れられないという。
おそらくだが、この老婆も葱が仏道の精進に反することは知っていたのだろう。それ故、これくらいしか、そう言って恐る恐る差し出したのだ。
寄進というのは本来、善意そして、日々の余裕の中から、できる者がすれば良いことなのだ。
それなのに、いつの間にか寄進が常態化し必然となり、やがては責任や義務として人心を抑圧している……。
だが老婆にとっては、こんな自分でも、と……一心に畑を耕し、人のためになりたいと考えた故の行いでもあるのだろう。結果として、その善意は無下にされることは無く、ご進物は一旦は受け取られた。そしてそれは僧の口には入ることがなくとも、善意はバトンとして渡され誰かの糧となった───。
これはこれで、美談として語られても良いことであろう。
だが、この寂然さんはそこに言い知れぬ違和感も感じ、この食事時にも関わらず栄蔵師に打ち明けたのである。
今、和やかに囲んでいるこの芙蓉寺の自由な食事のようであれば、あの老婆にあんな顔を、……あんな思いをさせる必要など、なかったのではないか……と。
「寂然よ……」
「はい……」
栄蔵師は、……寂然と呼ばれた僧に語りかけた。
「そなたを、あの寺に行かせたのは修行のためである。……それ故、己に迷いがあろうとも、その教えを身に宿し心に留めねばならぬ」
「………はい」
寂然は、うつむいた。
「師の教え、仏道の教えもまた、一筋縄では行かぬ……。仮宿とはいえ、あの寺で教えられたことにも、多分の理があると思わねばならぬぞ……?」
「……はい」
師の言葉を受け、弟子は……拳をきゅっと握った。
「まして、一時身を置いただけでその教えに、疑念を生ず……まるで、入門したての小僧のようではないか? そなた、ここで修行した日々を忘れたのか?」
怒っているのではない、疑問を投げかけている語り口だった。
栄蔵師は、行いを非難するのではなく、自らに問いかけるものだと、常に仰っておられたからだ。
寂然は、目を閉じて心を落ち着け、背筋を伸ばし自らを今一度見つめ直していた。
しばしあってから、
「では、寂然……今一度、問おう」
「はい」
寂然さんは、背筋をまっすぐに伸ばし、栄蔵師に向き合った。
「そなたが、あの寺の正式な門弟であって、ある時……その長葱の老婆の家に、一晩世話になったとする」
「はい」
「そこで、夕餉に出された物が、身欠鰊と長葱の煮付けであったなら……そなたは、どうするか?」
「………!」
寂然さんは、表情を凍らせた。
……意地悪な質問ではあろう。
だが、深く我が身を省みた上で、
あの寺での教えを身に宿したという前提で、師は問うているのだ。
寂然さんは、瞳を彷徨わせ、やがて……顔を震わせ、
うつむいてしまった。
周りのお弟子さんたちも、その僧を静かに見つめていた。
例え話……ではない。
今実際に、この寂然は心のなかで、
あの老婆との夕餉の席に座っているのだ。
その上で、我が身を省み、どうすれば良いのか、
真剣に考えた上で、身を震わせていたのだ。
寺と宗門の掟。
そして、自分自身に問いかけた、答え──。
寂然の座る床に、涙の雫が、二粒……落ちていた。
寂然は、顔を伏せ、苦しみながらも、
やがて答えを出した。
「わ…わたしは……」
涙を流しながら、寂然さんは顔を上げ、
そして答えた。
「その糧を……有り難いと感謝して、いただきたいと思います」
栄蔵師は、満足そうに大きく頷いた。
「よく、思い至ってくれた。それで……よいではないか」
栄蔵師は、周りにいたお弟子さんたちの方も見回してから、語り出した。
もともと、この精進という考えは、食べるものにも困っていた時代から続けられてきていたものである。そんな中、あれはいけない、これはだめだと、市井の民たちは食べるものを選ぶ余裕があっただろうか……と。
同時に、商売をするものや、道具を作るもの、猟師など生き物の死に関わる者たちは、穢に近いとして悪人と分類されていたのだ。親鸞さんの悪人正機はここを起点としているのである。
仏門を志す者が多くなり、その規模が増え……やがて門徒が大衆化してくると、仏道の廃れが始まっていった。この精進とは、心の持ち方の一例として掲げられたものでもあろう、と。
仏法の乱れ、人心の荒みを、規則に依って導こうと試みられた手法の一つでもあるのだ。
だが、一方顧みれば、今日食うものにも困っている者の手に、川でようやく採ってきた魚一匹しか無いときに……それはいかんと、誰が言えようか?
「──人々は、その日在るものを口にし、生きながらえてきたのだ。そこに、民も法体も関係あるまい」
生きるためには、食べなければならないのだ。
それが、人の業でもあるのだ、と。
栄蔵師は、弟子の姿を見つめて続けた。
「───仮に今、世が乱れ、食べるものにも困るような様相となったとき、あれはいかんこれは食べられん、などと御託を抜かすような坊主がなんの役に立つ? 他人の枷にしかなるまい。
それよりも、日頃より心身を鍛え人の役に立てるよう心構えを忘れぬことのほうが肝要ではないか」
「おっしゃるとおりだと思います……!」
寂然と呼ばれた弟子は、そう言って、流れる涙もそのままに、師の話に聞き入っていた。
「だがな、寂然……」
師は、急にそのお弟子さんに言った。
「そなた、ひとつ……まちがえておるぞ?」
「は……?」
「今一度、問おうぞ……。そなた、あの寺で何を見聞きしてきた? ………その御老体だけか?」
…………
寂然は、戸惑ったように、また熟考を始めた。
「……苦しい顔して食うな」
「はっ……!?」
師の言葉に、寂然は天啓を受けたような顔をしていた。
そして……、にこりと、栄蔵師は笑った。
「──今は食事時であるぞ、それを楽しめ。
泣いていても笑っていても、苦しい時はいずれ来る。
心配せんでもな……ははは」
「は……ありがた…く、頂きます……!」
…………………




