第21話 男の名は、源右衛門
「……深山、と申します」
すると、電話の相手も答えてきた。
「───初めまして、鳴門と申します」
……どきりとした。
話は聞いていたが、いきなり向こうからアプローチしてくるとは……。
しかし、戸惑う僕を他所に、向こうはさらに続けてきた。
「……そのまま歩いてください、立ち止まらずに」
声の感じは柔らかいが、何か背骨を掴まれでもしたような、圧倒的な強制力を感じた。
僕は言われたとおりに、人通りのない道を真っ直ぐに歩き続ける。
やがて、生け垣のある見通しの悪い丁字路に差し掛かったところで、
「──そこで、右に曲がってください」
と告げられる。
明らかに、こちらの動きを見張っている言い方だ。
背筋に、少し寒気を覚えながら、言われたとおりに右に曲がる。
すると、曲がった先には白い軽自動車(商用の軽1BOX)が止まっていた。
そして、その脇には……灰色の作業服姿の中年男性。
見たところ、何の変哲もないただのおじさんだが、僕は本能的に直感する。
……この人だろう。
一応、用心して脇を通り過ぎようとする。
が、呼び止められた。
「深山さん、ですね?」
僕は、その人の顔を見る。
「はい」
緊張しながら、答えた。
「……ひばりお嬢様からの命で、参りました。鳴門と申します。まずは、お乗りを」
そう言って、車に乗るように促された。
僕はうなずいて、助手席のドアを開けようとすると、
「後ろにお乗りください、人目があるといけませんので」
そう言って、後ろのドアを開けた。
後席には、ようやく一人座れるくらいのスペースが開けられていた。
僕は、その隙間に体を滑り込ませ、すぐに扉を閉じた。
ほぼ同時に、鳴門さんも運転席に乗り込んでエンジンを始動していた。
「出しますよ?」
「はい」
僕は、ベルトを締めると同時に返事をした。
車は静かに走り出した。
僕は、改めて車内を見回す──。
後部の荷室はおろか、座席にまでいろんな機材が詰め込まれている。助手席にまでだ……。
後席窓は全てスモークが貼られており、外からは見えないようになっている。前席と後席の間にも、カーテンが引かれており、僕の姿は直接車外からは見えないように配慮されているようだ。
しゃっ──。
運転席後部の部分だけ、カーテンが開けられ鳴門さんの姿が目にはいる。
「……改めまして。花菱ひばりお嬢様の、サポートを担当することになりました、鳴門源右衛門と申します」
ルームミラーに映った鳴門さんの顔は微笑んでいた。しかし、全く安心できない微笑みでもあった。
その表情の下に、どんな感情が隠れているのか……、それが一切伺い知ることができないような何かを感じさせていた。
「深山、です。……深山窓月と云います」
気圧されながら、辛うじて名乗ることができた。
従者の一族……。
まさか、自分が生きているうちにそのような人種と知り合う事があろうとは──。
あまりの事に、なにも言えずにいると、突然……鳴門さんの表情が「普通」になった。
表情だけで言えばむしろ無表情に寄ったとも言えるほどだ。だが、先程よりも圧倒的に人間味を帯びた表情になったと思った。
「失礼、つい仕事の癖が抜けなくて……。お気になさらずに」
「は、はい」
思わず、肯定してしまう。
……たぶん、これも相手の話術なのだろう。
緊張から解放されると、気が弛んで口が軽くなる……。そう言うことを誘っているようにも思えて、あえて緊張は解かずに身構えていた。
「ふふふ、どうか楽に……。今から身構えていては、話が終わるまで身が持ちませんよ?」
今度は、親しみのある話し方だ。
多少は作為があるのだろうが……、これがこの人の内面に近いだろうか、と本能的に察する。
「……今回、私がここに来たのは、ひばりお嬢様の活動の足場固めを手助けするため。……それと、現場の確認ですね」
頷きながら、僕は言われたことを反芻する。
あくまでも、手助け……ということか。直接、手を下したりはしないんだな、やはり。
「……聞くところによりますと、かなり劣悪な環境である……とか?」
そう言って鳴門さんは、ルームミラー越しに僕の顔をちらりと伺ってきた。
「はい……。トイレもないような場所でして……。花菱先生の事を考えると、そこだけでも何とかしたいと思っています」
僕はまず、一番の懸念材料を伝えてみた。
協力といっていたが、具体的にどのくらいまでの事をしてくれるのか、……その部分は探ってみなければ分からないだろう。
直接、聞くのもいいかもしれないが……、なんとなく、この人は僕の素性を探っているような気もする。ある程度、誇張無しで曝け出してみようと思ったのだ。
「……ええ、聞き及んではおります。……正直なところ、そんな現場では1ヶ月も待たずに計画の中止をする報告が上がると思っていたのですが……」
……なんだか、ずいぶん投げやりというか……、失敗することが前提のようにも聞こえるな……?
先生から聞いたときも、似たような違和感を抱いたのだが、花菱本社側はこの件について、ずいぶん消極的のような気がする──。
「──思いの外、辛抱強いところが見えまして……。我が主である、鷹山さまも驚いておりました」
花菱鷹山……。
それが、先生の兄の名前。
そして、鳴門さんが直接仕えている人物なのだろう。
「……失礼、深山さん。先ほどのスマートフォンを用意して貰えますか」
「は、はい」
急な要望に少し驚いたが、すぐに取り出す。
「Base Security、というアプリが入っておりますので、それを立ち上げてください」
僕は、言われたとおり、アイコンをタップする。
すると、画面に地図が表示された。
「これは……、研究所周辺の地図?」




