鍛治師②
金属アレルギーの彼女だからと特別なものは使っていない。簡単な話は代用品で誤魔化した擬似金属を使ってるだけで。
メタルリザードの皮なんか特に鉄によく似ている。それでいて鉄より強度は合って…だが、加工が容易ではない。
「武器にも結び目がある。縦の力と横の力、どっちかの均衡が崩れたらそりゃもろくなる。」
「うぅん。そういうの、得意じゃないんだよねぇ。」
…勇者よ、それでいいのか。
「なんだってそうだろ。水も時間を掛ければ石を削る。当たる場所が悪ければ、大きく削るし、よければ少なく磨耗する。武器だって一緒だ。」
鉄を削る時、石を削る時なんかはよく意識する。結び目を削って見た目だけ良くしても、使いにくかったら無意味だ。
「っと。このぐらいあればいいか。」
戸棚に残っていたメタルリザードの外皮は2、3枚。コレだけあればいい。見た目だけなら鉄の箔。だが、鉄よりも固くて軽い。コレを刃に添えて、持ち手は魔木にオオイノシシの皮を巻く。鋳造するのが早いが、鉄の融点よりも高いので、鋳造窯を熱せねば。
「ほほう。流石だな。」
「やめとけ。昔火傷してんだろ。」
鋳造窯は試し溶かしが必要だ。だからこそ、うちのは黒金の流曲線の中身に鉄屑がこびりついている。窯は使って育てる。それが親父からの教訓だ。
「まずは鋳型を作る。…剣ができるまではどのくらいかかるかな。」
「うぐっ…。まだこれか…。」
…見せたのは金の意匠のついた豪華な剣。…確か名前はホーリーソードだとか。鍔の翼の意匠は見事だが、刃の鋳造が甘い。おそらく、待つ時間を見誤ったな。
「しかも、鍛冶屋の親父。メチャクチャ下品な目でこっちを見てくるんだよ…!!」
「側だけはいいもんなぁ。」
「側だけって…。」
喋らなければ国宝級の見た目だ。
だからこそ、赤髪青眼チビ男と一緒にいるのは王宮の殿下諸君には黙っておいた方がいい。
「そういや、ジャスパーは城下町に来ないのか?腕利きのお前ならあそこでもいいぐらいの地位は稼げるだろ。」
「赤毛の青眼、チビ男。珍しがられるだけさ。よく女と間違えられて。」
ムキムキ仮面の炭鉱マンなんて此処には存在しちゃいない。いるのは少女に間違えられる細身の男のみ。城下町に前親父と遊びに行った時はひどかった。もう少しでそういう店に入れられかけたんだから。親父が店主に激怒して守ってくれたけど。
「それに、ウチは黙ってやってるから。お偉方は気に食わんだろう。」
「黙ってって?」
「たとえば、このメタルリザードの皮。…外なら値打ちもので仕入れるだけでも半分は取られる代物だ。」
メタルリザードは鉱山龍とも呼ばれる。メタルリザードの皮は若ければ若いほど軽く色鮮やかになり、歳を取れば硬く、重くなる代物。前者から鉱山地帯にのみ巣食う希少性、後者から若いものほど取引難易度は高くなる。
「若い皮は剣や槍などの武器に、老いた皮は鎧や盾に使われる。だから、城下町以外ではなかなか取引されてない。正規なら城下町側は取られたくないわけだから、渡航費や輸入費をもろもろ釣り上げる。」
「うげ。…そんなの使っていいの。」
「逆だ。…使わなくちゃいけないんだよ。証拠隠滅ってな。」
メタルリザードの討伐は二つの意味を持つ。
一つは鉱山の再開拓、もう一つは上位種の存在だ。もしそれが王宮に知られれば、メタルリザードらは取り尽くされてしまう。そうなれば、次に見つかるのは何年も先になるだろう。
外皮はなかなか市場に出回らない。これがあるのは親父のツテのおかげだ。おっさん冒険者には本当に頭が上がらない。
「メタルリザードは武器として最高の素材。特に金属アレルギーのお前なんかのな。勿論、他の冒険者の武器にも使われるわけだから、渡航費やら輸入費無しで手に入ってるコレはみんなが喉から手が出るほど欲しいってわけ。そうすると、盗人が現れる。ここからはお察しだ。…俺は自分の村が平和ならそれでいい。」
「…なるほどね。それが使わなくちゃいけない理由か。」
親父め。とんでもない置き土産をしてくれたことだ。
メタルリザードの皮、赤宝龍の爪だってある。…後者一本でも何も考えずに余生まで暮らせるというのに。人1人が自堕落で生きていけるくらいはあるというのに。辺鄙な村の鍛治親父が持っていていいものじゃない。
「もし、城下の関者でも此処に入ってきたら即刻、俺は打首だ。そんなものがたらふくこの鍛冶場にあるんだから、とんでもないものを受け継いだ。」
「…お前の親父さん、何者なんだ。」
「知るか。少なくとも俺にとってはただの親父だ。」
しょっ引かれるのが嫌なんじゃない。死ぬのが嫌なんじゃない。ただこの畑ぐらいしかないような山奥の村で、この古びた木の鍛冶屋で、1日を過ごしたいだけだ。
「…城下町に行く理由なんていくらでも考えられるけど、今すぐに行きたい理由なんてひとつもないんだよ。」
「…確かに。」
くしゃっと笑う顔はあいも変わらずだった。
雲上人になってしまった幼馴染は…勇者となったとしてもやはり俺の幼馴染だった。