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鍛治師①

この農村には何も情報は入ってこない。知る由もなければ、知る必要もない。ただお偉方はとても焦っていて、村の周りに魔物が多いとか…その程度。


魔物の量でギャーギャー騒いでいるのは、魔物がどれだけいるかわからない馬鹿か、魔物の特性を知らない貴族の方々のみ。…失礼。知る必要がないだった。


俺はこうして銑鉄を磨き、刀一本作れればそのひぐらし。…親父殿がいた頃にゃもっと盛況だったろうが、いい腕は全部王宮に召し抱えられた。お陰で、うちも少ない金で過ごさなくちゃならない。…もう老齢だってのに。


「ジャス坊も、もう独り立ちできる年だな。」


「あ、あはは…。ガン爺さん。ほら、農具。立てかけてあるでしょ。」


剣士の剣が相棒ならば、農家の農具もそうだ。少ない賃金でよく、整備を任されている。…小さい時は魔剣作りっ!!…とか、バトルアックスっ!!とか…憧れだったのに。継いでみたらこれだから。


「ありがとう。ジャス坊。お前さんの農具を手に取ってると、なんだから、力が湧いてくるんだよ。」


「無理しないでよ?…この前もそれでロディから手紙が来たんだから。」


「ハッハッハッ。…んで?あのじゃじゃウマ娘なんだって。」


…全く。歳の割になんとも豪快な爺さんだ。


「元気だってさ。魔物もちょろいって。」


「…ったく。あのシャルロッテがなぁ!!…まさか勇者とは…!!」


…地図にも載るか載らないか。そんな村から勇者が出た。どうやら、魔王が現れてそれを討伐しに行くための神託とやらを受けたらしい。


喜ばしいこと…なんてもんじゃない。

こっちにしては傍迷惑な話だ。稼ぎ頭の親父や隣の家の宿屋のルー姉ちゃんも王宮のある城下町に行った。あの日はなんの罪もないロディを心底憎んだ。食い扶持がなくなるからって。


まぁ、その時にはもう親父から術は全部受け継いでいたけれど。


「本当に…立派になってよぉ…!!」


「泣かないでよ。」


「オメェも男なら嫁の1人ぐらい作って、親父さんを安心させてやらんかいっ!!」


うぐっ…イッテ。…全く、馬鹿力ジジイだよ。


…嫁か。赤毛に青眼…手や指の火傷痕。取ってくれるならその女は大変物好きだろう。親父は別にそんなこと気にしちゃいないだろう。デリカシーのない白髪ジジイだ。俺に嫁がいようがいまいが、文出しても返ってくる気配なしのあの人に届くわけなし。馬鹿馬鹿しい。


「親父がそんなの気にするわけないでしょ?…ほら、喋ってる暇あったらさっさと農作業に行った行った!」


筋肉ダルマを半ば追い出すような形で鍛冶場から出す。仕事場に入られるのを嫌うのは職人気質の親父と一緒かな。なんかごちゃごちゃ言ってたような気もするが、知らないでおこう。


「ふぅ。」


…農具の整備も終わったら後はすることなんかない。ロディからの手紙を読むくらいだ。…あの几帳面、毎日毎日手紙をよこす。


『姫騎士』シャルロッテ・ガンバレッドを知らない人はいない…が、この村ではそんなお堅い名前なんざ価値を持たない。俺とロディは昔馴染みで、みんなからはまるで実の息子娘のように扱われてた。そんなアイツが急に勇者だって言われんだから。


…実の息子が実は王族でしたなんてのと同じで現実味がない。ぐちぐち言っててもあれだから、手紙は読むけれど。


「ええっとなになに…。」


『頼みたいことができた。すぐに行く。』


…………?


活字でそれだけ。宛名とか、そんなものは書いてあるけれど…それだけ?は?


…程なくして玄関の扉が鳴る。けたたましいほどのノック音。こんなことをするのは俺の知る中で1人しかいない。


「急すぎるでしょ。ロディ。」


「あ、あはは…。ごめん。ジャスパー。」


…冷静沈着、クールな姫騎士。…これが?どこが?


俺の目の前に居るのはクールな姫騎士の仮面を被った銀髪ロングのお転婆娘だ。どれだけ綺麗なドレスに身を包んでも、どれだけ勇敢な甲冑に身を包んでも結局は昔の印象を覆すものにはなり得ない。


「それで?頼みたいことって。」


体裁上、お茶でも出しておく。

近くで採れたグリーンハーブは滋養強壮にいい。親父にも持って行きたいが、下民が王宮直属の鍛冶場に入るなんて…。うう。恐ろしくて身震いしてしまう。


「…あぁ。…いくらでも出す。だから、私の武器を作ってくれっ!!」


…そんなこったろうと思ったよ。

とはいえ、客観的に見れば美人な幼馴染の土下座姿を干渉するようなサディストではない。


「頭を上げろよ。…どうせ、王宮直属の金属製品はアレルギー反応が出るんだろう。」


「うぅ…そうなんだよぉ…。ルマリン爺さんの武具ですら、身体中痒くなっちゃって…!!」


…涙で同情を誘うな。ルマリン…うちの親父ですらロディには対応しきれないらしい。数々の戦士がいるが、金属アレルギーの戦士なんて花粉アレルギーのミツバチみたいなもんだろう。仕事に支障しか出ない。


「…あと並みのだとすぐ壊れちゃうし…。君のならどっちも大丈夫なんだけど…。」


「…馬鹿力。」


「るっさいっ!!…兎に角、金は王宮から踏んだくれる。だから、頼むよ。ジャスパー。」


…にへらと笑う姿は一般的に見れば魅力的なのが窺える。とはいえ、体裁上は勇者様の武器作り。言い換えれば…駒。王宮からの命ならば首が繋がるようなんとか言い逃れ、断る。アイツらはお願いや依頼ではない。強制なのだから。


実際、これはいい話だ。

来る日も来る日も農具ばかり整備していた毎日。刺激的で面白そう。…俺もその種の変態だったのかと思わされるほど、胸の奥が活火山のように燃えている。


「…わかった。」


結び目を解くように硬い口を開き、一つ返事で答える。これは決して、勇者に媚びるためにやるわけじゃない。鍛治師ジャスパー・バルターの欲求を満たす…それだけだ。

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