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05.王子、戸惑う


「クリストファー様?」


 ミレーヌに呼びかけられ、クリストファーははっとする。

 人払い済の王宮図書館裏の小さな庭園。

 道ならぬ恋人たちが逢瀬するこの場所で、ミレーヌと会っている最中だった。

 ベンチに腰掛け美しい花々を眺めながら“愛しい”女性と会話していたはずが、途中からまったく聞いていなかったことに気付いた。

 クリストファーは、自分を心配そうに見つめるミレーヌに視線を移す。


「どうかなさいましたか? お疲れのようですが」


「ああ、いや、すまない。少し考え事をしていたようだ」


 どうしても会いたいという手紙をもらってミレーヌに会ったが、父王に知られれば叱られるかもしれないという気持ちがあっていまいち楽しめない。

 それ以上に、アレクシアのことが気にかかっていた。

 今頃どうしているのか、と。


「王族としてのお仕事をなさっているのですから、お疲れですよね。クリストファー様はほんとうに素晴らしい方です」


「ああ……ありがとう……」


 こうして逢瀬しても、微笑むミレーヌを見ても、以前のように胸が高鳴らない。


 ――凡庸な娘ではないか


 王のその言葉を振り払うように小さく首を振る。


「ミレーヌ」


「はい」


「もし私が公爵位すら得られず身一つで王宮から出されたとしても、君は私に変わらぬ愛を囁いてくれるかい?」


「えっ……」


 ミレーヌが動揺を見せる。

 彼女の口から「もちろんです」という答えが返ってきたのは、しばらく経ってのちだった。

 クリストファーの口元に苦い笑みが浮かぶ。


(わかっている。女性にとっては夫となる相手が全てと言っても過言ではない。その相手に身分や収入を求めるのは当然といえば当然だ。だが……)


 アレクシアならどう言っただろうと、ふと考えた。

 こちらが寂しいと感じるほどに自立している彼女なら。


(馬鹿馬鹿しい。私の恋人はミレーヌだ。王位を継ぐわけではないのだから、彼女の身分が低くても関係ない。たとえ公爵位が無理でも、身一つで追い出されることなどないはずだ。最悪の場合でも、母の実家であるダッドリー侯爵家を頼れる)


 不安そうな顔のミレーヌを見る。

 クリストファーは安心させるように微笑した。


「君に苦労させるようなことはないから安心して」


「はい……」


 その後適当に話を合わせ、短い逢瀬の時間は終わった。

 ミレーヌが去った後もクリストファーはベンチに腰掛けぼんやりしていたが、やがて人払いを頼んでいた侍従のグレアムがやって来た。


「今回はずいぶんと早く終わりましたね」


「……なんとなく気が乗らなくてな。それにどうしてだろう、以前ほど胸が高鳴らないんだ」


「秘密の関係が秘密でなくなったからかもしれませんね」


 長年仕えてくれている侍従の言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。

 アレクシアという存在がいてこその高鳴りだったのだろうか、と今更ながら思う。

 後ろめたいことをしている罪悪感と緊張感。彼女を出し抜いているような優越感。

 そんなものがなくなってしまえば、ミレーヌという存在は果たしてどこまで……。


(いや違う。私は彼女を愛しているんだ。愛して……)


 ――本当に? 本当に愛していたのか?

 クリストファーの胸の内に湧き上がるその問いに答える者は、誰もいない。


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― 新着の感想 ―
釣った魚に餌はやらず逃した魚を惜しく思う浮気男の心理だな
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