第八話 サラとルード 前編
本日二話更新します
アリステアの精神世界。普段なら無限の白が広がる世界だが、今は違った。天に映し出されるのは過去の記憶。
アリステアのものではない。宿主であるルードの記憶。
『夢を……見ているんですね……。これが君の……原点』
アリステアが呟く。
それはルードとサラが七歳のころの出来事。
二人が初めて会った時の、すべての始まりの物語だ。
*****************************************
「あそこの部屋で聖女様がお待ちです。ルード坊ちゃま」
「ねぇ、なんで僕なの?」
「旦那様からお聞きになったでしょう。聖女様が未来の勇者様にお会いしたいと」
未来の勇者、その響きに幼きルードはにんまりとする。
覚えていた。もちろん覚えていたが、気分がいいので再確認したのだ。
七歳にして既に王国トップクラスの回復魔術の使い手『聖女』サラ・ホーテルロイ。
そんな大物が会いたがるとは、やはり僕は勇者か。と内心ほくそ笑む。
「しょうがないなぁ。僕は勇者だからね。勇者は忙しいなぁ」
面倒くさそうに見えるようにわざとらしくため息をつく。
だって勇者は誰よりも特別だから、聖女が会いに来るのにウキウキしたりするはずないでしょう?
扉をノックすると侍女が扉を開けてくれた。
「こ、こんにちは勇者様! サラッ フォータルロッでしゅッ!」
白髪の少女がドアの前で深々とお辞儀をしていた。
嚙んだ。でも勇者はそんなこと咎めたりしない。
ルードはうんうんと威厳たっぷりにうなづくと
「ルード・ブレイビャッ!」
「あー、噛んだ!」
「君もだろ!?」
「あはは、一緒だね!」
少女が笑った。
目があったその瞬間、全身に電気が走ったような感覚がして思わず視線をそらした。
初めての感覚だった。
鼓動が速くなり、顔が熱くなった。
動揺がばれないように、心臓を落ち着かせようと深く息を吸う。
ゆっくりとサラの方を見ると、サラも目を白黒とさせていた。
(もしかして、君も……)
そしてその口から驚くべき言葉が発せられた。
「あなた……誰?」
「は?」
「誰って……ルード・ブレイバー。未来の勇者だけど」
「ラルク様じゃないの?」
「兄さまがどうかしたの?」
二人して凍り付く。数秒待って、サラがもう一度口を開いた。
「あなた……ラルク様じゃないのよね?」
「ラルクは兄さまだよ? 僕、ルード」
「そう……」
サラがすぅっと深呼吸した。
ルードを睨む。
そしてルードの腹を力いっぱい殴った。
「偽物じゃない!」
とんでもない暴力女だ……
腹を抱えて蹲りながらルードは思った。
「まさかさっきの電気も君の攻撃?」
「は? 電気? なんの話よ」
それは違うのか。何だったんだあれは……。
ルードは彼女の問には答えず数歩下がって侍女を盾として使いながら暴力女を睨む。
ちなみにこれは隠れているわけじゃない。盾だから。盾を使うのは当然のことだ。ね?
「ラルク兄さまに何の用だ暴力女。まさかラルク兄さんに殴りかかるつもりだったのか?
そうはさせないぞ。僕は勇者だ。ラルク兄さまは僕が守る」
「はあ? 私がなんでラルク様に殴りかかるのよ。失礼じゃない」
「僕を殴るのは失礼じゃないの?」
「ええ」
「なんで……」
「だって偽物じゃない」
「僕は本物のルード・ブレイバーだッ!」
「ラルク様じゃないでしょ?」
「そうだけど?」
「やっぱり偽物じゃない」
「いや、本物だって」
「……」
「……」
沈黙が場を支配した。
「ねぇ」
「あのさ」
「私たち」
「僕たち」
ルードたちは偶然にも同じタイミングで同じ言葉を口にした。
「「なんの話してるの?」」
「私が聞きたいわよ!」
そうして振るわれる暴力女の拳を盾(侍女)で防ぐ。
ちなみに盾には暴力女の拳は当たらなかった。それくらいの分別はあるらしい。
僕のことは殴るのに。おかしいな? ルードは首を傾げる。
しばらくそうして睨みあっていると盾(侍女)がため息をついた。
「落ち着いてください。お二人とも」
盾(侍女)の言葉を暴力女は聞くつもりはなさそうだった。
軽快なフットワークで回り込もうとしてくる。
ルードも同じく訓練で鍛えたフットワークで常に盾を挟んで向かい合う。
膠着状態だった。
この膠着状態を破るのは誰だ?
「いいかげんにッ! しなさい!」
(盾だ! 盾が怒ったぞ!)
ルードと暴力女は姿勢を正した。
「座りなさい」
ゆっくりと低い声でメリザ(盾)が言う。
(うん、盾じゃないね。ごめんなさい)
ルードとサラがメリザの前におとなしく座る。
おずおずとメリザを見上げる。
ちなみにこのメリザ、公爵家の令嬢だ。
ルードの家系ブレイバー家は名誉貴族的な家系で領地は持っていない。
大昔の勇者様が国を救った時に褒美として作られた家系だ。
勇者様の働きにひどく感謝した当時の公爵様は自分の娘をブレイバー家に奉公に行かせたのだが、
なぜかそれが伝統として代々受け継がれてしまったようだ。
伝統として侍女をしているだけなので正直ルードよりもメリザの方が偉い。
なのに侍女としてちゃんと尽くしてくれるメリザは本当に偉いとルードは思う。
(盾とか言ってごめんなさい)
「話を整理しましょう。聖女様。あなたがお会いしたかったのはラルク様だったのですね?」
「そ、そうよ。勇者様にお会いしたかったの」
「そこが話をややこしくしていますね。いいですか。ラルク様とこちらのルード様はご兄弟です。
つまりこちらのルード様も勇者の家系なのですよ」
「へー。そういうこと。あなたがねー。ふーん」
じろじろとサラがルードを見る。なんだよ。
「あなた、どんな魔法が使えるの? ラルク様は雷を自在に操ると聞いたわ」
「僕の魔法? いいよ見せてあげる」
ルードは部屋の隅から水差しを持ってくるとサラに手渡した。
「持ってて」
「何なの?」
ルードは水差しに意識を集中させた。
魔力の流れを感じる。
(ルードにとって)膨大な魔力を使って魔法を発動させる。
「あっ、なんか温かくなってきたわ」
「ふふん、すごいでしょう」
サラが驚いた顔をした。
「えっ、終わり……?」
「そうだけど」
「しょぼい……」
「しょぼい!? ラルク兄さまも見たことないって褒めてくれたのに!」
「確かに見たことはないんだけど……」
サラが申し訳なさそうな顔でルードを見る。
「こんなの勇者の魔法じゃない……」
「こんなのってなんだこんなのって!」
結局それからルードと聖女は仲直りすることなく、
聖女は兄であるラルクに会うこともなく、教会へと馬車で帰っていった。
そして少女を乗せた馬車が何者かの襲撃を受け消息を絶ったという知らせがブレイバー家へと届いたのはその夜のことだった。
********
「旦那様には連絡がつかないのか!」
「先週からファイルダー伯爵領へと視察へ行っています!」
「ラルク様は!?」
「今朝から迷宮です! 連絡は向かわせていますがいつお戻りになるか……」
知らせが来てから使用人や騎士たちが大騒ぎになっている。
全員パニックになっていた。
「み、みんな。お父様もラルク兄さまもいないけど、ぼ、僕がいるよ……」
そう言ったルードを執事長がちらりと見る。
七歳の子供が何を言っているんだという眼だ。
「メリザ」
「はい。坊ちゃま、こちらへ」
「ちょ、ちょっと、メリザ!」
メリザがルードを引く手が強い。
ルードはメリザの手を振り払った。
「離してよ! 僕は勇者だ! 僕があの子を助けるんだ!」
「待ちなさい!」
メリザがルードの肩を掴む。
ルードは振り返りメリザを睨んだ。目が合う。
「坊ちゃまに! 何ができるのですか! ただの子供に!」
「僕だって勇者だッ!」
「聖女様の居場所も分からない! 使える魔法は水を温めるだけ! 剣の才能もない!
そんな坊ちゃまに! できることなどありません!」
「ッ! メリザなんて嫌い!!」
「坊ちゃま!」
ルードはメリザに背を向け走りだした。
執事長がひげを撫でる。
「言いすぎですよ、メリザ」
「良いのです。あのままでは坊ちゃまは、聖女様を助けに行ってしまう。それだけはダメです。
私が守りたいのは坊ちゃまですから。そのためならいくら嫌われようと構いません」
そんな二人の会話がルードの耳に入ることはない。
メリザの言葉はルードの心を深く深く抉っていた。
その言葉が心に突き刺さったのはなぜだろうか。
大好きなメリザの言葉だったから?
違う。
ルードは薄々気づいていたのだ。自分には才能がない。
ラルク兄さまとは違う。出来損ないの名ばかり勇者だと。
だけど、だけどだ。
ルードが何も言わず走り出したのは、そんな理由じゃない。
そんなものはあの子を助けない理由にはならないからだ。
ルードが勇者であることを諦める理由にはならないからだ。
彼は知らせを聞いたとき既に決めていたのだ。
誰が何と言おうと、彼女を助けると。
なぜなら僕は、勇者だからだ。
ルードは自分の部屋に駆け込むと地図を広げた。
ブレイバー家と教会を丸で囲む。
「どこにいるの……分かんない」
王都は広い。その中で一人の人間を見つけ出すのは至難の技だった。
頼む、あの子の居場所を教えてくれ。
そんな想いで地図を食い入るように睨む。
「教えてよ!」
地図を拳で叩いた。
魔力が蠢く感覚がした。
地図から蒼い火柱が立ち上がった。
天井まで伸びた火柱は、しかし何も燃やすことはなかった。
「ここにいるの……? サラ」
火柱は地図のある場所を指していた。