第四話 身辺調査2
サラとデートをしていたらドブロイを見失ってしまった。
『遊んで……いるからですよ……』
『おっしゃる通りで……』
不満そうなアリステアの声がルードの頭に響く。
『あんな……かわいらしい子と……羨ましい……』
『え? なんだって?』
『君より僕の方が……いい男だと……思いませんか』
『君好きな人いるんじゃなかったっけ? 誰だっけ、アカシア?』
『アカシアのことは……愛しています……。ですが……好きな食べ物があると言うことは……、他の食べ物を美味しそうと思わないことを……意味しません』
『なんかなぁ、そういう話なのかなぁ』
微妙にクズっぽい発言だ。
どうもこのアリステアという人間は人格者ではないようだ。
「ドブロイどこ行ったのかしらね……」
「酒場とかかな?」
宿の近くの酒場を覗いて見るがドブロイの姿はない。
仕方がない……奥の手を使うとするか。
『奥の手……ですか』
『うん、疲れるからあんまりやりたくないんだけどね』
背に腹は変えられない。
ため息を吐いて、しぶしぶ道具を取り出そうとした時、サラが何かを指さした。
「あ、ルード。あれ何かしら?」
指の先を見る。随分遠いが子供が一人。
迷子になったらしく泣いているようだ。
周りの大人たちは目を逸らしている。
『無視……しましょう……』
『だーめ』
即座に見捨てようとするアリステアを諌め、サラと一緒に子供のところへ走る。
「ひっく、ひっく、パパぁ……」
子供のところまでたどり着いた彼らはあることに気づいた。
「ルード、この女の子……」
「うん、この尻尾、耳も生えてる。亜人の血が混ざってるね。熊系かな」
熊の耳にふさふさの尻尾。純粋な人間ではない、いわゆる亜人だ。
「だから誰も話しかけなかったのね」
「そうみたい、このあたりは亜人差別が残ってるんだね」
今ルードたちがいるこの大陸には、ヒト族以外にも動物の特徴を宿した亜人、そして魔力を糧として生きる魔族が暮らしている。
亜人族は動物の特徴を宿しているせいか、一部のヒト族の地域では亜人を下等種族や半人間と差別する風潮がある。
ルードたちの実家のある王都は亜人の数も多いので、表立って差別する人間は少ないが、この街はそうではないらしい。
「どうしたの? 大丈夫?」
膝をついて男の子に目線を合わせて話しかける。
泣きじゃくり俯いていた女の子がルードに気づいて顔を上げた。
そしてルードの顔を見て一言。
「パパぁ!」
「!?」
「パパ!? ちょっ、ルード、どういうこと!? 説明してよ! えっ、ルード結婚してたの!?」
仰天したサラがルードの肩を激しく揺する。
ルードはガクガクと首を揺らしながらサラを宥めた。
「いやいやいや、そんなわけないでしょ! 落ち着いて! 僕たちこの街来たの初めてでしょ!」
「そ、そうよね! ね、念のため確認するけどルードはまだ結婚してないのよね?」
「当たり前でしょ……」
「ふぅ……びっくりした……」
「僕の方がびっくりだよ……」
不思議そうな顔をしている女の子の頭を撫でる。
「よく見て、パパじゃないでしょ?」
「パパぁ!」
「ねぇ、なんで?」
何故か女の子は満面の笑みだ。
「あ、じゃあじゃあ、私は?」
「何してんの、サラ」
サラが自分の顔を指さしながら女の子に問いかける。
サラを見た女の子が満面の笑みで言った。
「誰!」
「ママでしょ!?」
「いや、ママではないでしょ」
当たり前の回答におかしな反応をするサラを宥める。
「パパ!」
「……まぁ一旦それでいいや、どうしたの?」
「お腹すいた!」
女の子がお腹をポンと叩いた。
さっきまで号泣していたのに随分と元気になったものだ。パパに会えたからかな? いや、誰がパパだ。と内心でツッコミを入れてしまう。
「あー、じゃああれでいいか」
近くの屋台でサーモンサンドを買って女の子に手渡した。
女の子がサーモンサンドをまじまじと見つめる。
パンを一枚めくり、サーモンの切れはしを指でつまみ上げ、呟いた。
「パパだ!」
「サーモンが?」
サラが深刻そうな顔になった。
「ルード……この子のお父さんってもしかして……」
「うん……。ひょっとしたらサンドイッチになっちゃったのかも……」
普通に考えてパパがサーモンなわけないのだが、心配そうにしているサラがなんだか面白かったので嘘をついた。
「そんな……」
ルードの言葉を信じたサラが泣きそうな顔になる。
そんなサラを他所に、女の子はもしゃもしゃとサンドイッチを平らげると満足げにゲップをした。
「美味しかった!」
「パパが!?」
女の子がルードにサムズアップした。
「パパ! パパ美味しかった!」
「哲学?」
機嫌良さそうに女の子が腹をぽんぽんと叩く。
「よいしょっと、気を取り直して。私はサラって言うの。名前教えてくれる?」
「もけしゃ!」
「もけしゃちゃんって言うんだ!」
「ちがう! あぱぱら!」
「あ、あぱぱらちゃん?」
「ちがう! んゆんら!」
「んゆんらちゃん?」
「んもうっ、違うって言ってるでしょ!」
全部違う答えなんだけど? と、
サラが愕然とした顔でルードを見た。
「ルード……この子の名前……なに?」
「僕が知るわけないでしょ……」
「パパぁ!」
「パパなのに?」
「パパじゃないからね」
「名前分からないのは不便ね……」
「なんかあだ名でも付けようか」
顎に手を当てて考え込んでいたサラが手を叩く。
「あ、サーモンの子供だしいくらちゃんは?」
「なんか嫌な感じするなぁ、その名前」
「ちゃーん!」
「やめて!」
それから少し話し合い、結局サーモンちゃんと呼ぶことになった。
「それで、サーモンちゃん。どうして泣いてたの?迷子?」
「ママが迷子になっちゃったの!」
全く、ママはすぐ迷子になるんだから! とぷんすかするサーモンちゃん。
いや、迷子になってるの君だからね?
「そっか、じゃあお姉さんと一緒にママを探そうね」
「さがす!」
ルード、サーモンちゃん、サラの順番で手を繋ぎ、三人で歩く。
道ゆく人にサーモンちゃんのママを知らないか聞くが、一向に情報は得られなかった。
「わりぃな、見たことねぇや。
亜人なんて少ねぇから目立ちそうなもんだがな」
「そうですか……ありがとうございます」
何十人目かも空振り。もう夕方だった。
「なかなか見つからないね、サラ」
「うん、日も暮れて来ちゃった。早く見つけてあげないとね」
「ママどこ行ったんや〜。困ったママね!」
やれやれだぜ、とばかりにわざとらしくため息を吐いてみせるサーモンちゃん。
「まぁ、サーモンちゃんが元気そうなのが救いだね」
「そうね、パパが一緒だからかな」
「パパじゃないって……。サラは大丈夫? 元気? 疲れてない?」
「ううん、大丈夫。それに……実はちょっと楽しいかも。子供ができたみたい」
サーモンちゃんの頭を撫でるサラが微笑む。
ちょっと楽しい。奇遇なことルードも同じ気持ちだった。
だがそれはそれとして、ドブロイを結局尾行できなかったのは気がかりだ。
ドブロイが死霊魔術師である疑いを早く晴らしてあげたい。
ドブロイは自分たちの仲間だ。
ただの凄腕の魔術師だ。
「あ……」
「どうしたの? ルード」
「そうだ! ドブロイだよ! ドブロイに探してもらえばいいんだ!」
一瞬ぽかんとしていたサラだったがすぐに得心がいったようだ。
「たしかに! ドブロイなら人探しの魔法使えるものね!
あ、でも今度はドブロイの居場所が分からないわ……」
「それは大丈夫、ドブロイならすぐ探せるよ」
「どうやって?」
「見てて」
僕はポケットから街の地図を取り出した。
実はルードも人探しの魔法のようなものが使えるのだ。親しい人間限定で、しかもかなり魔力を使うという欠点はあるのだが。
ドブロイの姿を思い浮かべ、強く念じる。
『ドブロイの居場所を、教えて』
魔力が活性化し、身体が熱くなる。
あと一息だ。
『教えて!』
地図から青い火柱が立ち上る。
「きゃっ、なに!?」
火柱が指すのは地図のある場所。
「見つけた。ドブロイはここにいる」
「おぅや、ルード君にサラ君じゃあないか。何のようかね?」
ワインを煽りながらドブロイが言う。
「ちょっと頼みたいことがあってね」
「ふぅん、そうか。だがその前にするべきことがあるんじゃあないか?」
「するべきこと?」
「そうとも」
ドブロイが大仰に腕を広げ、あたりをぐるりと見回した。
「ここは賭場だろ? まずは賭けたまえよ。話はそれからだ」
ドブロイがいたのは街の賭場だった。
祈り、後悔、歓喜、絶望。色々な感情が渦巻く欲望の坩堝。
ルードとドブロイはポーカーをプレイしながら会話を続けた。ちなみにサラは見学だ。「お金が減るかもしれないじゃない」とのことだ。
「なるほど、それで僕に人探しの魔法を頼みに来たのか」
「そう言うこと。お願いできない?」
ドブロイがカードを三枚交換し、揃った手札を見てニヤリと笑った。
「容易いがね、タダではつまらない。この勝負に君が勝ったら願いを聞こう。負けたらナシだ。その場合は足で探したまえ」
「ふーん、いいよ」
即答するルードにドブロイが目を丸くした。
少し不安そうに目が泳ぐ。
「そんなに役が強いのかね?」
「いや、全然。オールチェンジ」
僕は手札5枚全てを伏せ、新しく5枚を山札からとった。
「意外だね。自分のことならまだしも、君が他人に関わることを運に任せるなんて。私もまだまだ君のことを分かっていなかったようだ」
コインには興味がないので機械的にコールしながらドブロイと話を続ける。ドブロイは他の客の顔色を伺いながらレイズをした。
「ドブロイってさ、意外とギャンブルとか好きだよね」
「ああ。僕はね、君たちが思っているより随分と長く生きているんだ。そうするとね、分かってくるんだよ」
「分かってくるって、何が?」
ドブロイの強気のレイズに恐れをなし、他のプレイヤーたちが勝負を降りた。僕はコールだ。
「僕の人生のほんの一部である今日という日の、その1日のうちのほんの一時のこの時間の、価値をだよ。
今君たちと卓を囲むこの時間は何物にも変え難い。その価値が分かれば分かるほど、この時間を少しでも輝かせたいと切望するんだ。
酒とギャンブルはそれにうってつけなんだよ」
「ふぅん、僕はよくわからないけどさ。
僕が賭けたのは手札じゃなくて、」
僕とドブロイはお互いにカードを見せ合った。
「ドブロイの優しさだよ」
ドブロイの手札は役ナシ、いわゆるブタだった。言わずもがな最弱の役だ。
ドブロイがため息を吐いた。
「その点僕が賭けたのは君のチキンさ、優柔不断さだったわけだが、残念ながらアテが外れたらしい。
だが、それにしても……
君の役はあまりにも容赦がない。
ロイヤルストレートフラッシュ、とはね」