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第三十三話 幸せに

 気づけばアーガスは何もない白い空間に立っていた。


「終わった、か……」


 とすればここは死後の世界か。自分が天国に行けるとは思えない。地獄だろうか?


「いいえ……」


 振り返ればそこには一人の男がいた。

 ルビーのように輝く深紅の瞳。

 作り物じみた美しい顔立ち。


 リラックスしたように地面に座るその姿にアーガスは思わず身震いした。

 恐ろしく強い。見ただけで相手の力量を測る。アーガスほどの達人になれば当然のことだ。

 

「何者だ?」


「アリステア……アリストラ」


 その名は知っている。他ならぬドブロイから聞いた名だ。


「そうか、お前が……」


「ここは……死後の世界では……ありません。

 ルード・ブレイバーの……力を借りて作った精神世界。


 あなたに……礼を」


「礼?」


 古の英雄が自分に何の礼を言うというのか?



「あなたのおかげで……ルード・ブレイバーは強くなった……。それはこの先の戦いで……必ず役に立つ。


 故に……礼を。


 本日は貴方以外に……幾人もの……ゲストを……招いています。


 あなたの未練が……晴れることを……祈ります」



****************


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 聞き覚えのある声。

 ハッと気づけばそこはもう白い世界ではなく、

 王都にある教会だった。


「イリーナ?」


「気づいた? お兄ちゃん」


 恥ずかしそうに顔を赤らめながらイリーナが笑う。


「どうしたイリーナ、その姿……お前、まるで……」


 その身を包むのは純白のドレス。その姿はまるで……。


「花嫁……みたいじゃねぇか」



「うん、うん。お兄ちゃん、そうよ。これは花嫁衣裳。

 綺麗でしょ? ずっと着たかったのよね!

 ……って、あれ? 聞いてないの? あの人、アリステアさんから?」


「いや、何も……あ、だが俺の未練が何とかって」


「何でだろ、サプライズしたかったのかしら……?」


 実際はアリステアは男より女と喋る方が好きだからという実にくだらない理由で、両者の持つ情報量に差があるのだが、イリーナはイリーナなりに何か納得したらしい。


 イリーナがくるりと回る。フワッとドレスが舞い上がった。


「見て、花嫁衣裳。あと、ここは教会よ?」


「お、おう。そりゃ見りゃ分かるけどよ」


「分かってない! 鈍いわね。だから! 結婚式よ!」


「誰の?」


 アーガス・ドルチェの妹が「はぁ?」と呆れた顔で言う。


「私と、ジュードよ。

 さ、新婦入場よ、エスコートしてよね、お兄ちゃん!」


****************


 これは、何だ? 夢か?


 扉が開けばそこには大勢の招待客が。

 死んだはずのアーガスの部下たちもいる。

 全員が全員、泣いているか、ニコニコと幸せそうに笑っているかのどちらかだ。

 嬉しそうにアーガスたちに手を振っている。


 イリーナが説明してくれたところによれば、ここはアリステアの精神世界。かの英雄の何らかの術理により幾人かの人間を巻き込んで生まれた仮想の世界。

 アリステアの言葉が正しければ、イリーナも、アーガスも本物の人間の魂が宿っている。


 そして、


「イリーナ、団長」


 ステンドグラスを背景に笑う青年の魂もまた、本物。


「あっ……!!!」


 イリーナがアーガスの手を放し、その青年へと駆けて行く。

 勢いよく飛びついたイリーナを、青年が優しく抱きしめる。

 イリーナの婚約者であり、アーガス・ドルチェの部下。ドブロイの陰謀により命を落とした、二人にとって家族になるはずだった青年。二人が守れなかった、何度も夢に出てきた……


 ジュード・ソルフェローラがそこにいた。



「ごめんなさい、ごめんなさいっっ!! 守れなくて、ジュード、ジュードぉ……」


 泣きじゃくるイリーナの頭を優しくジュードが撫でる。


「頑張ったね、ごめんね。僕のイリーナ。

 辛かったろう、傍にいてあげられなくて、ごめん」


「そんな、ジュードはっ、悪く、ない。

 私が、私が、もっと、もっと……ううん、サラちゃんに、最初からっ、任せてれば……」


「そんなこと、ないよ。イリーナに診てもらえて、僕は嬉しかったんだ」


「ひぐっ、ひぐっ、ジュードぉぉぉ」


「団長」


 優しく撫でてイリーナを泣き止ませながらジュードがアーガスに微笑む。


「約束の旨い酒、用意してます」


 グイっと目元を肘で擦る。妹の晴れ舞台、涙は、似合わない。


「へっ、そりゃ楽しみだ」



 一度は泣き止んだイリーナであったが、そのあと何度となく涙腺が崩壊した。


 リングガールを拝命したサルモが指輪をイリーナたちの元へ届けにくる。にっこりと笑いながらサルモが指輪を差し出す。当然このサルモもまた、本物だ。


「ママ、よかったね!」

「さるもぉ、ありがとぉぉ」


 えへへ、と笑うサルモを強く強く抱きしめる。


「誓いのキスを」


 壇上でイリーナとジュードがキスをする。二人が誓うは永遠の愛。この幻想世界が終わればまた会えなくなる、それを理解してなお彼女らは永遠を誓う。


 ああ、この光景をどれほど見たかったことか。

 全てが壊れた日に戻りたいと何度願ったことか。

 もう元には戻らないのだと、どれだけ自分に言い聞かせたことか。


 まさか、最後の最後に夢が叶うなんて。

 この世界は幻想かもしれない。起こりえないもしもの世界なのかもしれない。それでもアーガスにとってここは、アーガスの想いは、紛れもなく真実だった。


 もう思い残すことは、ない。



 アーガスの身体が端から少しずつ光に変わり始める。天に召されるのだと悟る。


「ククッ、こんな汚ねぇ身体が、随分と綺麗な光に変わりやがる」


 妹たちの門出に相応しい、実に美しい光ではないか。



「お兄ちゃーん!!!」


 壇上から、妹が叫ぶ。


「ありがとーー!!! 色々、ごめん!!

 でも、でも、大好きだよー!!!」


 上品ぶった普段のイリーナとは程遠い、子供のような物言い。大人っぽくなりたいと、泣きじゃくっていたイリーナの子供の頃を思い出す。


「幸せになれよ」


 兄はそうして、虹になった。


****************


「終わっちゃった」


「ああ」


 イリーナとジュードは二人だけで何もない白い世界にいた。


 アーガスが消えてしばらくすると、教会が崩壊した。アリステアの力に限界が来たのだろう。元々あまり時間がないとは聞いていた。そして一度崩壊してしまえばまた同じことをするのは難しいとも。


 


 イリーナはジュードの手を握る。


「アリステア様に……感謝しなくては」


「ええ。本当にね」


 しばらく二人で無言の時を過ごす。それさえも幸せだった。


「イリーナ。これからの話をしよう」


「ずっと一緒にいたいわ、ジュード」


「だけどそれはできない。分かっているだろう」


 悲しそうにイリーナが俯く。

 ポツリ、ポツリと、話し始める。


「私は、一緒には逝けない」


「もちろん。当分来られちゃ困る。

 おばあさんになるまで生きて、それから来るんだ。

 イリーナの土産話、楽しみにしてるんだ僕は」


「まず、サルモを育てるわ。ねぇ、私、子どもたちにたくさん酷いことしたのよ? 償わないと」


「そっか。後悔してるんだね」


「確かに細胞を植え付けたのはドブロイよ。でも、私がもっと上手くやればあの子たちは死なないで済んだはずなの。

 結局全部、私の力不足のせい」


「そうやって何でも自分のせいにするとこ、変わらないね」


「それが私よ。だから、まず、サルモを育てる。

 それでサルモが大きくなって今日みたいに結婚したら、たくさんお祝いしてあげるの。

 きっと喜ぶわ。


 その後は、どうしようかしらね。孤児院でもやろうかしら。親を亡くした子どもたちを育ててあげるの。

 あとは街の人たちを癒やしてあげたりしようかな」


「いいね、似合ってるよ」


「最後は、そうね。子どもたちに囲まれながら、貴方に会いに行きたいわ。子どもたちは私のこと、ママ、ママって。

 何人か泣いちゃうかもしれないけど、ママはパパに会いに行くだけよって言ってあげるの」


「いい夢じゃないか。そしたら僕は君によく頑張ったね、って言ってあげるんだ」


「お婆ちゃんになっても、ぎゅっとしてくれる?」


「もちろん。どんな姿になっても、君は君だ。

 永遠の愛を誓ったばかりだろ?」


「それもそうね。

 でももう一度、誓ってくれる?」


 ジュードがイリーナに再度、口づけをした。


「愛してるよ、イリーナ。これまでも、これからも。

 いっぱい幸せになって、たくさん思い出を作って、

 また僕に会いに来て。

 そしたらそれからはずっと一緒だ。


 幸せに、なるんだよ」

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