第三十二話 全霊の剣
「ハァッ!!!」
鋭い気合いの声と共に風を斬る剣。アーガスが淀みない動きで剣を合わせ、受け流す。最小限の動作だけの受け流し、一切の隙も生まれず、続け様に放たれるウィズの短刀も何なく撃墜されてしまう。
「下がって!」
パッとルードとウィズが左右に分かれると、象ほどの大きさの岩がアーガスに降り注ぐ。サルモが触手で投げだのだ。
地響きと共に落下し、転がる巨岩。
「やりましたか?」
「まさか」
ほとんど願望でしかないウィズの疑問符に、ルードが油断なく左右を確認しながら否定の言葉を述べる。
「後ろです!」
僅かな足跡で察知したウィズが振り向き様に煙幕を投げる。「エチルゴア・フレイド!」ほとんど確認せずにウィズを信じたルードが詠唱を叫ぶ。
「ハッハァ!!」
あろうことかルードの炎弾に真っ直ぐ突っ込んできたアーガスは、微塵も速度を落とさないまま爆炎を乗り越えルードの首を切り落とそうとしてくる。ウィズが慌ててルードを押し倒し、ルードは心臓が飛び出そうになりながら頭上を刃が走り抜けるのを見届けた。切り落とされた髪が一房、ハラリと地面に落ちる。
あと一瞬遅ければ、ルードはこの世を去っていただろう。そんなギリギリの綱渡りが延々と続く。
「離れなさい!!」
イリーナの呪弾は斬っても断片が身体に当たる。掠りでもすればアーガスを蝕む呪いが勢いを増す。戦いの中で既にアーガスは一度それを味わっていた。
残念そうにアーガスがルードたちから距離を取る。
少し前に落下した巨岩が斬られたのを思い出したかのように真っ二つに割れた。達人が斬ったものは斬られたことに気づかないと言うが、それにしても限度というものがある。
それを見てウィズが思いっきり顔を顰める。
「嫌になってきました……」
「僕も」
「もう五発は呪ってるんだけど……本当、化け物ね、お兄ちゃん」
ドブロイ相手も勝てる気がしなかったが、アーガスも大概だ。呪いで弱体化されてるはずにも関わらず易々と捌かれてしまう。
「なぁ、お前ら。このままじゃあ、駄目だぜ?」
嫌に真面目な顔でアーガスが言った。
「何がさ」
ルードが怪訝な顔で聞き返す。
「さぁな。自分で考えろ、よっ!!」
サラに突進するアーガスをルードが止める。剣がぶつかり合い火花が散る。
「ルード!!」
「サラはッ! 下がってて!! 君はッ、僕が守るから!!」
「でもっ!」
なんとかアーガスを押し返したルードに、突然ウィズが見惚れるように鮮やかな飛び蹴りをお見舞いした。
「何考えてんですかァァァァ!!!!」
「ごぺっ!?」
「えっ、ルード!?」
ゴロゴロと情けなく転がるルードの姿に、流石のアーガスも目を丸くして足を止めた。
「あなたも!!!」
ビシっとサラを指差すウィズ。
「何言うこと聞いてるんですか!!」
ポカンとするサラ。ウィズの勢いは止まらない。
「ルード君! 守るだけとか! 守られるだけとか! そんなん仲間じゃないんですよ!
少し時間稼いであげますからっ! 話し合いなさい!!」
鼻息荒くアーガスに向き直るウィズ。
アーガスがポリポリと頬をかいた。
「何だ、悪いな」
「いえ、仲間ですから」
****************
「サラ……ちょっと、話そっか」
「でも、アーガスが……」
「時間を稼ぐって言ってくれたから、大丈夫」
「そう……信頼、してるのね」
「色々、あったからね」
ウィズとの冒険、その全てが鮮明に思い出せる。
その時のウィズの表情、ルード自身の感情。彼女の言葉が、どれほど心強かったか。ルードを奮い立たせたか。
『私の勇者にも、なってくれませんか?』
『そうしたら私は、ルード君の勇者になってあげます』
『だからルード君、私を守ってください。
私はあなたを守ります。
大丈夫、あなたは、1人じゃない』
「……ッ、こんな、簡単なこと……」
そんなこと、とっくに教えてもらっていたはずなのに。
仲間のおかげでどれだけ強くなれるか、知っていたのに。
アーガスと会った時自分は何と言った?
『サラは下がってて』
『えっ? でも……』
『いいから』
戦いの中で何と言った?
『サラはッ! 下がってて!! 君はッ、僕が守るから!!』
『でもっ!』
「君は戦おうとしてくれたのに……」
でも、ウィズが時間を作ってくれてる。
今ならまだ、間に合うはずだ。
「サラ、僕は君を、必ず守る。
だから、お願い。
僕を、守ってくれ」
サラは、ニコリと笑った。
「うん!」
****************
「ウィズ、お待たせ! 大丈夫!?」
「余裕です。そっちは?」
「おかげさまで。世話をかけるね」
ウィズを見れば全身切り傷だらけだ。深手は負ってないようだがかなり無理をして凌いでいたことが窺える。
「貸しイチです。ケーキ楽しみにしてます」
「腕によりをかけて作るよ」
「え? お店のがいいです」
「そっか。任せて、食べ放題だよ」
「ふっふっ、楽しみです。
じゃあさっさとここを乗り切らないと、ですね」
二人で舞を踊るかのように、ルードとウィズが強敵に立ち向かう。
本当に息が合っている。短い間の付き合いのはずなのに互いを信頼し合っているのが分かる。
正直、少し悔しい。
サラの目が悲しげに揺れた。
あそこにいるのは自分で在りたかったと思わなくは、ない。そんな戦場に似つかわしくない感情が湧き上がる。
『僕を、守ってくれ』
いや、ここから肩を並べるのだ。
あなたの期待に応えよう、私の勇者。
サラ・ホーテルロイの得意分野は回復魔術。戦闘においては負傷者の治療が彼女の両分。
パーティーに必須とも言われる重要な役割だが、逆に言えば負傷者が出るまでは出来ることがない。好ましいことではあるが現時点で大きな怪我を負っているものはいない。
何か、何かないか、自分に出来ることは。
攻撃魔術を使うか? サラも全く使えないわけではない。いや、今の戦況ではルードたちの邪魔をしてしまうだけだ。アーガスだけに光弾を当てるような器用な真似はサラにはできない。ルード、アーガス、ドブロイ、この三人と組んでいた時は攻撃力過剰気味で攻撃魔術の練習など不要だったのだ。ドブロイたちも回復魔術の上達を優先する方針だった。
まさかこんなところで裏目に出るとは。
「イリーナお姉様が羨ましいわ……」
同じ聖女のイリーナは知らぬ間に新しい力、呪術を身につけ、今も立派な戦力だ。
自分も彼女のように……
「あ……」
違う。私は、そっちじゃない。
私には私のやり方がある。
いい手を思いついた。
即興だが、出来るはずだ。
あれだけ特訓したのだから。
術式をイメージ。できる。
「みんな! 一瞬、下がって!」
「!! わかった!!」
急な指示にも関わらず、ルードとウィズが即座に後退する。遅れてイリーナの指示でサルモも後退した。
「ペンティゴア・アクセレイド!」
サラの手から光の糸が伸び、仲間たちとサラが文字通り、繋がった。魔術を練り、糸を通して送り込む。
ドクンっ、仲間たちの心臓が脈打った。
「これはっ……!」
「身体が……軽い、です。力が、漲るような……」
脳が無意識にかける人体のリミッターを、脳神経を操作して強制解除。反動で傷つく筋繊維を即座に魔術で治癒。
心臓を操作して血流を増強、上がる体温を魔力で冷却、血管と臓器に補強をかけ、身体にかかる負担を抑制する。
人体破壊の呪い、治癒の回復魔術。それらを同時に並列で行使し調和させる。しかもルード、ウィズ、サルモ三人同時。
カースの呪いとの戦いで得た経験と、生まれ持った才能が組み合わさって初めて生まれたサラ・ホーテルロイだけの絶技、オリジナルマジック。
「身体強化魔法よ! 行って、みんな!」
「すごい、すごいよ! サラ!」
これまでの数倍の速度でアーガスに迫る。脳のリミッター解除により身体の可動域さえも大きく広がり、しかし、反動は即座に治癒される。あまりの治癒速度に痛みすら感じない。
「うぉっ……!」
驚嘆の声を上げるアーガス。
嵐のような連撃。しかしそう易々とは崩せない。身体強化された三人を相手にしてもなお、刃は彼へは届かない。
だが、隙は生まれた。
漆黒の呪詛がアーガスに着弾する。アーガスの動きがさらに鈍くなった。
イリーナとサラ、呪いに苦しめられた聖女たち。似たような境遇にありながら彼女らがたどり着いた魔術は180度違う。
「私を忘れないで? お兄ちゃん」
「ハッ、いいねぇ、大好きだぜイリーナ」
「そ? 私もよ」
鋼が衝突、火花が散る。踏み込んだ足が土を巻き上げ、土煙が彼らを包み込む。つかず離れず、一進一退の攻防。
「いい、いいぞ! お前たち!!!」
アーガスが叫ぶ。
剣を合わせながら、ルードは思う。
僕とアーガスの旅はここで終わる。アーガスを倒し、僕たちは先へ行く。
本当に、貴方は色々なことを教えてくれた。
『いいか、ルード。常に仲間の位置を意識するんだ』
『常に声を掛け合え。目でも語れ』
『次の展開まで考えて剣を振れ』
『試合じゃねぇんだ。剣以外にも、蹴りでも何でも使やぁいい』
『つっても最後は気合いだルード。絶対勝つ、その気持ちで剣を振るんだ』
ルードの目に涙が浮かぶ。体温はサラが抑えているはずなのに身体が熱い。
「アーガスッッ!!! 貴方に、勝つ!
貴方を越えて! 先へ行く!!!」
「やってみろッ、ルードォォォォォ!!!」
サルモとウィズがアーガスの体勢を崩す。
仲間たちの期待に応えろ。全身全霊の剣を放て。
極限の集中から放たれるルード最大の一撃。
アーガスはそれさえも受け止めてみせた。
「ハァァァァッッッッ!!!」
サラが渾身の魔力をルードに送る。
ルードも己の全てを剣に託した。剣が蒼く燃え上がる。
そして、
アーガスの剣が、折れた。
もう一度、全霊の剣を。
「ありがとう」
全身全霊の感謝を込めて。剣を振ったその瞬間、
アーガス・ドルチェは、笑っていた。
「強く、なったじゃねぇか」