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第三十話 ママとサルモ

「ほっほっほ、お主ごときが儂に勝てると?」


「この子もいるわ。サルモ」

「はい、ママ」


 触手が伸び、カースを襲う。直撃の瞬間、カースの体を黒いモヤが覆う。触手はモヤに触れると勢いが殺され、ピタリと静止してしまう。



 触手のモヤに触れたところが灰色に染まる。染みは瞬く間に広がり触手を侵食していく。


「サルモ!」


 染みがサルモに達する直前、汚染された触手が根本からちぎれ、切り離される。即座にイリーナが傷口を修復してみせた。


「ママ、ちょっと痛い」

「ごめんなさい。次は結界で覆うわ」


 イリーナが印を結び、サルモの頭を撫でる。するとサルモの身体から触手までが薄い光の膜で覆われた。


 それを見てカースが顔を顰める。


「面倒じゃのぉ。準備したのというのは本当じゃったか」


 触手の猛攻をプカプカと浮かびながらカースが回避する。イリーナの貼った結界の効果が分かっているのだろう、もうモヤで受けようとはしなかった。


「サルモ、と言ったか?

 何故そやつの味方をする? お主が苦しんだのはそいつのせいじゃろうに」

 

 サルモはべーっとカースに舌を出しながら触手をぶんぶんと振り回した。


「ママは、好き。お前、嫌い。

 やっつける!!!」


****************


「イリーナ、君が来て今日で四年。

 新しい仕事を任せたい」


「なにかしら、ドブロイ? そろそろジュードを生き返らせて欲しいのだけど」


「残念だが、まだまだ貢献が足りないなぁ。君にやって欲しいことはまだまだたくさんあるんだ。

 だが安心してくれ。ジュード君は必ず生き返らせてやるとも」


 ドブロイが扉を開く。


「ここは……?」


 その部屋には幾つもの水槽や鍋、その他よく分からない実験器具、そして床には生まれたばかりの赤ん坊が無造作に並べられていた。


「悪趣味ね」


 イリーナが顔を顰める。ドブロイは肯定も否定もせず、説明を淡々と続けた。


「人造勇者を作ろうと思ってね。採取した勇者の細胞を攫ってきた子供に埋め込む実験をしているんだ。

 いつかラルク・ブレイバーに勝てる勇者を作りたいんだ。

 だがどうにも上手くいかなくてね、すぐ死んでしまう」


「生き返らせたらいいじゃない」


「死霊魔術で生き返らせた死者は僅かな例外を除き成長しない。赤ん坊のままでは戦えないだろう?」


「そう」


「聖女と呼ばれる君ならこの子たちを生き長らえさせられるんじゃないかと期待しているんだ。

 得意の回復魔術でね」


「回復魔術ですって?」


 イリーナは冷たい床に転がる子供に手を触れた。魔術で調べるまでもない。かなり衰弱していた。


「回復魔術とか、それ以前の問題よ。

 あなた、千年生きてて子育てしたことないの?」



「子育……て?」


 ドブロイが初めて聞いたというような顔をする。

 呆れたようにイリーナがため息をつき、ドブロイに指を突きつける。


「いいわ。やってあげる。でも条件があるわ。私のやり方に文句を言わないこと、いいわね?」





 イリーナはふわふわのベッド、暖かい部屋、十分な食事を用意させた。驚くべきことに子供たちは年齢関係なくそれまでろくな食事が与えられていなかった。

 面倒が見きれないと新しく子供を増やすことも禁止させた。


 そしてイリーナは子供たちに愛を与えた。


「サルモ、おいで、こっちよ」


 ハイハイで近寄ってきた赤子を抱きしめる。


「よくできたわね、えらいわ」




「ニーナ、これ食べてみて、おいしいわよ〜」


 スプーンで赤子の口に食べ物を運び、汚れた口の周りを拭う。


「もうちょっと食べたい? だーめ、今日はこれだけよ。

 じゃあ、みんなで遊びましょっか」



「シズちゃーん。積み木どこ隠したの? 教えてよー。えへへ〜じゃなくて、ママは場所を教えて欲しいな。え、だめ?」


「みんなでお絵描きしてみよっか。ん? ママの絵書いてくれたの? ありがとう、嬉しいわ。

 じゃあ、ママはみんなの絵を描こうかな」


「今日はお歌を歌いましょう。これはね、ママの大好きな歌よ」


 平和な毎日。それだけであればどれほど良かったか。


 勇者の細胞の拒否反応だろう。イリーナも回復魔術で懸命に抗ったものの少しずつ、少しずつ、子供たちは数を減らしていく。

 イリーナは知っていた。ドブロイは死んだ子供たちを生き返らせはしないことを。


「……サルモ、ニーナ。こっち、おいで。グスッ……。

 シズはね、遠くにおでかけするんだって。だからっ、しばらく会えないけど、三人で頑張ろうね」


 いつしか残った子供は三人に。この頃にはイリーナも拒否反応を抑える方法に気付き始めていた。


(勇者細胞が……子供たちの細胞を攻撃してる。だから勇者細胞を適度に殺してやればいいんだわ。自然治癒力が上回るように生き残らせる細胞の量を調整すれば、この子たちは死なないハズ……。

 完全に細胞を殺してしまっては力が失われて……あの男に処分されてしまう。バランス、バランスよ……)



「ニーナ、ニーナ、ごめんなさい……ごめんなさい……。

サルモ、もうあなたしか……大丈夫よ、あなただけは絶対助けるわ……」


 サルモがイリーナの頭を撫でる。


「ママ。泣かないで。サルモが、いるよ。ママ、一人じゃないよ。大好きだよ、ママ」


 ギュっとサルモを抱きしめる。この子は、分かっていない。イリーナが本当の母ではないことを。非道な人体実験に加担していることを。大好きなんて言われる資格はないことを。


 そしてイリーナはそれをサルモに伝える勇気はなかった。


(私は一体何をしているんだろう。ジュードには会いたい。どうしても、会いたい。でもそのために子供たちを犠牲にしてしまっている。苦しめている。こんなに可愛い私の子供たち。

 サルモ、シズ、ニーナ、ベス、ライノ、アーリア、ヘッケ、エンリ、コナー、リック、ハーラス、エンド、アンナ、ミーシア、ルル、リリ、パパス、フローラ、ミミ、ヘレン、アカリ、ナーベ、カイト、メルト、ブロム、ソラ、キキ、ポルト、チェイン、ルイ、ポップ、ステラ、ライラ、クロム。


 ごめんなさい、ごめんなさい。


 ああ、でも、でも、ジュード。会いたいわ。


 あなたに会えれば、私は報われる。


 ……なんて、自分勝手なのかしら。

 自分のことしか考えていないのね)




「やった、やったわ! サルモ! できた、できたわ!

 これであなたは大丈夫よ、ずっとずっと、長生きできるわ!」




「素晴らしい。これで量産に移れるじゃないか。

 早速新しい子供たちを調達してこよう」


 悪魔の声がした。

 抱きしめていたサルモを後ろに隠しながらイリーナが振り向く。


「っ駄目よ」


「ふむ、何故だ?」


「もう、嫌なの。こんな酷いこと……」


「おいおい散々殺しておいて何を言うんだ。

 ここまできてジュード君を諦めるのか?」


「……っ、そ、そうは、言ってないわ。もう少しサルモでデータを集めさせて頂戴。自信がついたら、再開するわ」


 イリーナの提案に、ドブロイはしばし考え込んだ後、研究室を歩き一冊のノートを手に取った。それはイリーナの研究ノート。拒否反応を抑える術が記載された彼女の努力の結晶だ。

 ドブロイはパラパラとノートをめくり、しばらく考え込んでからポツリと呟いた。


「サラ君にもできるか……」



 その呟きはあまりにも小さく、イリーナは内容を聞き取れなかった。続けて一つ頷いてイリーナに聞こえる声で言った。


「ふぅん、そうだな……、まあ、別にそれでもいい。君も随分頑張ったことだし、少し休むのも悪くないだろう。

 イリーナ。僕はしばらくルード君たちと旅に出る。この街にはそのうち立ち寄る予定だが……当面顔は出さない。

 その間好きにしたまえ」


 興味を無くしたかのように言い捨てると、その場を後にするドブロイ。


「待って、おじさん」


「サルモ……だったか。何のようだ?」

 

「わたしが頑張ったら、ママのお願い、聞いてくれる?」


「……ああ、いいとも。サルモ、約束だ。

 だから強くなれ、強くなって、僕の役に立ってくれ」


「うん!」


 

 それからイリーナはサルモとただの家族のように暮らしていた。

 サルモが風邪を引いた日は夜通し看病し、逆に夜中にイリーナが隠れて嘔吐してるのを見つけたサルモが粥を作ってくれたこともあった。随分と塩気が強かったが、イリーナはニコニコとそれを平らげた。後でこっそり水をがぶ飲みしたのはサルモには秘密だ。

 春には花を見に行き、夏には川に水遊びに行った。虫に刺されて泣きじゃくるサルモを治療もした。


 そして一年が経った。


「イリーナ、そしてサルモ。最後の仕事だ。

 ルード・ブレイバーを殺してこい。

 それができればジュード君を生き返らせてあげよう」



 ドブロイの去った後、残された二人。

 サルモがイリーナにギュッと抱きつく。


「ママ、わたし、頑張る。

 ママのためなら、何でもするよ?」


「ああ、サルモ……」


 ジュードの笑顔が、怒った顔が、匂いが、温もりが、今でも忘れられない。星の数ほどの思い出が呪いのようにイリーナを縛る。諦めるという選択肢を選べたらどれだけ楽だろう。誰か終わらせてくれればいいのに。

 人殺し。娘に頼んで良いことな筈がない。この子の魂を穢す行い。それでもきっと笑って頷いてくれる。他でもない自分のために。


 そこまで分かって彼女は、


「お願い、サルモ。ルード君を、あの子を……殺して」


 その願いを絞り出した。


 万が一にもサルモが殺されないよう、ルード・ブレイバーの情に訴えかけられるよう、自らが悪役に徹することを決めたのは僅かばかりの彼女の贖罪だった。その程度で自分を許すことなどできる筈もないのに。


 そしてサルモは、かの迷宮でルードに言ったのだ。


「殺しに来たよ?」


 幼き娘の、覚悟の言葉だ。


****************


「埒が開かんのぉ。結界、うっとうしいのぉ」


 苛立たしげにカースが顔を顰める。

 さっきから呪弾を何度もサルモにぶつけているが、結界に阻まれ少しもダメージが入っていない。得意の呪いが封じられた状況に焦りがないと言えば嘘になる。


「それなら早く死んでくれないかしら?」


「それはこっちの、台詞じゃの!

 呪いしか能がないと思うたら間違いじゃ。

 プロパティア・フレイド!」


 カースの手から炎弾が放たれ、サルモを襲う。


「サルモ!

 プロパティア・レジフレア!」


 即座に反応したイリーナが詠唱する。サルモの身体を覆う結界が白から青に変わった。直後、炎弾が直撃。サルモの小さい身体が爆風に飲み込まれる。


「効かないもん!」


「プロパティア・レジカース」


 爆風の中からサルモの触手がカースへと伸びる。同時にイリーナが唱えた術により結界が今度は青から白に変わる。


 その色の変化をカースは見逃さない。


「ほぅ、見切ったぞ、イリーナ・ドルチェ!

 プロパティア・シーク・カース・フレイド!


 ホッホッ! 炎弾と呪弾の連撃! 詠唱の隙は与えぬ!! 儂の勝ちじゃ!」


 高らかに勝利を宣言するカースの言葉の通り、カースがサルモに放った弾丸は二つ。先に放った炎弾のすぐ後ろを呪弾が追尾する形だ。

 カースは対呪の結界と対炎の結界が同時に張れないことを見抜いたのだ。それこそがイリーナの守りの最大の欠陥であった。即座にそれを見抜いたカースは流石と言える。


「プロパティア・レジフレイド」


 静かにイリーナが唱えた。

 青の耐炎の結界が()()()()()覆う。

 

 そしてサルモを庇うように飛び出したイリーナに呪弾が直撃した。

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