第二十九話 エルフvs死霊魔術師
「僕の挽肉だって? 君らのの間違いじゃないか?」
「エルフの肉は美味くねぇからな。まぁ味でいやぁてめぇみたいな古臭いジジィも似たようなもんかもしれねぇが、胡椒入れりゃあ誤魔化せんだろ」
「そうかい。エルフでハンバーグを作るときはそうすることにするよ!!!」
ボコボコと地面から死者たちが這い出しケインたちに立ちはだかる。
「ゾンビは流石に食いたくねぇよなぁ、ミミン」
「うむ、プロパティア・ウデュール」
軽快なケインの声と対照的なミミンの落ち着いた詠唱。
精霊種の命に従い木々がうねり、ムチのようにしなって死者たちを弾き飛ばした。
「チッ、雑魚では相手にならないか。忌々しいエルフが。
だが僕の手駒は雑魚だけじゃない。
夕凪……君たちと同じAランク相当のコレクションも何人もいてね」
ドブロイは懐から古びた本を取り出すとパラパラと捲った。そして何ページか紙から破ると宙へと放った。
宙をヒラヒラ舞う紙が突然燃え上がったかと思えば煙が集まり人型を形作る。そして最後には3人の男女へと変わった。
その容貌は今までの死者たちとは異なり血色も良く生者とぱっと見では区別がつかない。唯一感情がぽっかり抜け落ちたような無表情だけがその者たちに命が宿っていないことを感じさせた。
「僕の本領は死者の使役でね。エルフの年齢は分かりづらいが……君たちは見たところせいぜい数百歳くらいか? そんな子供相手に少し大人気ないが、さっさと君たちを潰してルード君を捕らえるとしよう。
ああ、君たちを使役してルード君を捕らえるのも一興だな」
「うっせぇな。今日の夕飯はハンバーグって俺ぁ決めてんだ」
「手駒にした後に食わせてあげよう、クハハハハ。さあ、行こうか」
グイっとドブロイが腕を振ると死者たちが動き出す。彼らも生前はかなり熟練の冒険者だったのだろう、一瞬で距離を詰めてきた男、殴りかからんとする気配にケインは受けの構えを取る。だが男は瞬時に片足を軸に体を捻り、蹴りへと切り替えてケインの防御を掻い潜る。
「防げッ!」
ケインの叫びに合わせミミンが杖を振る。
ケインの胸から生えた木の枝が蹴りを受け止め、威力を分散させた。
「ほう、無詠唱か、やるじゃないか」
「痛えなぁクソがっ!!!」
ケインの骨剣は大振りだ、振るには予備動作が必要で、その隙があれば防御は容易い。勿論、その膂力をいなすのには一定の技量が前提となるが、自分にはそれがある。死者の男がそう考えるのと、あろうことか骨剣を手放したケインの拳が男の頬を捉えるのはほぼ同時だった。
ミシリと男の骨が軋む音を立てた。
「オラァッ!!」
ケインはそのまま男を地面に叩きつけ、空いた手で宙に浮いた骨剣を握ると片手で振り下ろし、死者の身体を切り裂いた。
「挽肉にしてやんよォ!」
骨剣が振るわれる。
何度も何度も何度も。
衝撃で地面が揺れるほどの力。悪鬼の如き表情で執拗に振るわれる暴力。
それを隙と見たのか、男を助けようとしたのか、別の死者が背後からケインに忍び寄る。一切の足音もなく、殺気も完全に隠し通し、かつ十分なスピードもある完璧な接敵だった。何が悪かったと言うこともない、強いて言えば相手が悪かったのかも知れない。
充血したケインの目と目が合った。
「あぁあ!?!?!?!?!?!?」
一瞬、後退りした。
死霊魔術は死者に感情を持たせるか、任意に選択可能だが、この死者たちに感情を持たせていなかった。だからそれは恐怖ではないはずだ。だが、そうでないならそれは一体何なのか。
骨剣が肉を刻む。
「残り一体ィィィィ……」
骨剣が肉を刻む。
悪魔が頬に着いた血を拭い、舐めた。
「汚ねぇなぁぁァァァァ!」
怒声を上げるケイン・ケファーに、
ドブロイが顔を顰める。
「君は……本当にエルフか?」
自然を慈しみ、平和を愛する半人半霊の上位種族、それがエルフだ。だが目の前にいるそれは明らかにその範疇ではない。オーガの親戚と言われた方が納得できる。
「さぁなァァァァ!!!!」
骨剣が振るわれた。
死霊魔術師の身体が真っ二つに裂ける。
「言っただろう。僕の本領は死者の使役だと」
ドブロイの身体の傷口が泡立ち、そこから伸びた無数の腕が骨剣を、ケインの身体を押さえつける。
「ッ!!」
彼らの周囲の地面の至る所に小さな裂け目ができ、そこから無数の生首が生えてくる。男、女、老人、子供、目が三つある男に、口がパックリと裂けた女。ある老人は顔中に釘が突き刺さっていた。
誰一人として同じ顔はおらず、しかし全員が同じ苦悶の表情を浮かべていた。
「この子たちは全員魔術師なんだ。それも全員名のあるね。
君にはこれが防げるかな?」
無数の生首が一斉に口を開き、呪文を詠唱した。
「「「ペンティゴア・ダーキサイト・オールキャスト」」」
超一流の魔術師の証である五重魔法陣。それが至る所に展開される。禍々しい魔力が空気を震わせ、
次の瞬間、数多の黒球が轟音と共に大地を大きく削り取った。
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「……驚いたな。今のを、防ぐか。
何をした?」
「うっせぇ、食材に教えることはねぇ。
味が良くなんのか? なんねぇだろが。死ね」
ペッと血を吐きながらケインが言う。
しばらくして、ドブロイがポンと手を叩いた。
「ああ、そうか、なるほど!
君、エルフじゃないな?」
「何度も言わせんな。
食材は、黙ってろよ」
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「ウィズ」
「はい」
剣を抜く。ウィズも短刀を構えた。
「サラは下がってて」
「えっ? でも……」
「いいから」
渋々と言った感じでルードの後ろに下がるサラ。
彼ら三人の前に立ち塞がるのは二人の影。
筋骨隆々の偉丈夫に、一見弱々しい老人。
「アーガス」
「お爺さん……。いえ、カース」
アーガス・ドルチェとカース・ド・フィルが彼らの前に立ち塞がる。
「ルード君。分かってると思いますが、厳しいです」
「うん、でも勝たなくちゃいけないんだ」
「アーガスさん、でしたっけ。懐かしいですね。正直あの人だけでもかなり勝ち目薄いですよ?」
「頼むよ、ウィズ」
「はぁ。頼まれました。
やれるだけ、やってみましょう」
強い敵だ。実力差は歴然。
彼らの表情にも余裕が感じられる。
「のぅ、アーガス。これはあまりにも、何というか……
弱いものいじめではないかの? 楽しいのぉ」
「カース、下がってろ。俺一人で十分だ」
「ずるいのぉ、じゃが、分かった。
他ならぬお主の頼みじゃて」
アーガスの後ろにカースが下がる。
「嘘じゃぁぁぁ!!!!
全員!!! 死ねぇぇぇぇ!!!!」
「おい、カース! てめぇ!!」
カースの手から放たれた黒光が雨のように降り注ぐ。
ルードたちがなす術もなく呪いに侵される寸前、
「ペンティゴア・ホーリーシール」
眩い結界がルードたちを囲み、呪いを遮断した。
「サルモ」
「はい、ママ」
巨大な触手が暴れ回り、カースとアーガスを吹き飛ばす。
「お前……」
「何のつもりじゃ。
イリーナ・ドルチェ」
砂煙の中を女が歩いてくる。
「ジュードとやらはもういいのか?」
「私、思ったのよ。ルード君たちに負けてから考えたの。あの人はきっともう、ジュードを生き返らせてはくれない。私は用済みだから。
だったら、ね? せめて、復讐しようかなって。
ねぇ、カース。私、とっくに知ってたのよ。
ジュードを殺したのがあなたの呪いだって」
「イリーナ……お姉様……」
「久しぶりね、サラちゃん。大きくなったじゃない。
悪いけど、カースは私に頂戴。
安心して。いつか殺そうと思ってたから、
準備は万端なの」
そう言って妖しく聖女が笑った。