第三話 身辺調査1
さて、ルードはドブロイが死霊術師であるという疑いを晴らすべく、彼の身辺調査を開始した。アリステアを納得させねばルードの睡眠が危ない。
そもそもドブロイ・ネクロマンシーとはどんな男だろうか。
宮廷魔導士の筆頭である超一流の魔術師。攻撃、防御なんでもござれ。かつて王国を襲った黒龍を撃退した立役者であり、民、貴族両方からの信頼が厚い。
ルードたちのパーティ、ルビーブレイブでは屈指のダメージディーラーであり、時にはモンスターの攻撃を防ぐタンクにもなる。元騎士団長のアーガスと肩を並べるルビーブレイブの柱である。
悪人面で笑い声がいかにも悪役っぽいが、意外と面倒見がよく子供にも好かれる。
ワインに目がなく立ち寄る街立ち寄る街でワインを樽で買って飲んでいる。冒険に行く時も常に樽を浮かせて持ち歩く徹底ぶりだ。もはや樽はみんなから五人目の仲間と呼ばれ親しまれている。ドブロイ命名『樽たろす』。
『僕の知っている……マハトと……違います。
マハトは……子供嫌いで……アルコールも絶対に飲みません』
「じゃあさ、やっぱり人違いなんじゃない?」
『僕が……気配を読み違えるわけ……ないじゃないですか……」
「知らないよ」
毎日毎日悪夢を見せられてはたまったものではない。
何とかしてアリステアを納得させなければならない。
ルードがドブロイだったらどこに隠すだろうか。
「僕がドブロイなら魔法で異空間にでもしまっちゃうけど」
『それはできないと言っていました……。
なんでも……異空間に指を移した瞬間……死霊との接続が切れてしまうとか……
まあ……嘘かもしれないんですが……』
「どんだけそのマハトってやつ信用してないの」
『嘘と死体でできているような……男でした。嘘に気づいたのは最後の最後でしたが……』
「じゃあ最初は死体だけでできていると思ってたの? 友達だと思ってたんでしょ? おかしくない?」
『僕がおかしいわけ……ないじゃないですか。
僕のことおかしいと思うなら……おかしいのはあなたの頭です……』
「その理論はおかしいよね」
この自称ご先祖様の頭がおかしいかどうかは置いておくとして、
異空間に指がないという前提で考えるしかないのは確かだろう。
異空間にあるかどうかなんて魔術師でもないルードには検証しようがない。いや、そもそもドブロイがそんなことするはずないと言うのがルードの思いだったが。
そうであるならば、まず怪しむべきは装備だろう。
そこで彼はドブロイが風呂に入るタイミングを待つことにした。
ルードたちの止まっている宿は高級宿なので、部屋ごとにも浴場があるが、共同利用の大浴場もある。
これはたまたまではなく、サラの希望だ。風呂は広ければ広いほどいいらしい。
まあ昔ドブロイがその言葉を真に受けて湖を丸ごと風呂に変えてしまったときはものには限度があると怒っていたが。
ルードやドブロイ、アーガスも大浴場があるのならそっち使おうという考えの持ち主だった。
ルードの作戦はドブロイが風呂に入っている間にドブロイの服を漁ろうというものだったのだが……
「おう、ルードじゃねぇか!」
「や、やあ。アーガス」
酔っ払いに絡まれてしまった。右手には当然のように酒瓶が。
かつて訪れた街で酒を飲みながら風呂に入るという経験をしたのだが、
それ以来すっかりそれにハマってしまったのだ。
アーガスが酔ったノリだろう、タオルでぐるぐる巻きにしてグローブのようにした左手で僕を小突く。
「おう、ルード。一緒に入ろうぜ!」
「いや、僕はもう上がったところだから」
「そうか、ルード。じゃあもう一回入ろうぜ!」
話通じない。アリステアといい、どうしてルードの周りは話を聞かない奴ばかりなのだろうか。
服を脱ぎ散らかしたアーガスにずるずると風呂場へと連れていかれる。
「おや、ルード君にアーガス。奇遇だね、クハハハ」
湯船で足をのばしたドブロイがルードたちに手を振った。
「おう、ドブロイ。風呂入ろうぜ」
「それ湯船につかってる相手に使う言葉じゃないから」
「おお、いいじゃないか。一緒に入ろう。クハハハハ。
ん、それは酒かい?」
「そうだぜー。お前さんも飲むか?」
「是非とも。ふぅむ。それなら僕はとっておきのつまみを提供しようか」
「とっておきだと?」
「昨日街で見つけてね、酒に合うこと請け合いだ。ちょっと取ってこようじゃないか」
「おお、いいな! 頼んだ!」
そう言ってドブロイが立ち上がる。
ルードの横を通りざまに肩をポンと叩いてきた。
そして小言で一言。
「あとは頼んだ」
「は?」
「クハハハハハ」
そして邪悪な笑みを浮かべながら風呂からドブロイが出ていった。
当然というべきか、ドブロイが戻ってくることはなかった。
ルードは酔っ払いと二人だけで、風呂に取り残されたのだ。この恨み、必ず晴らす。ルードは心に誓った。
突然だが相槌の基本は『さしすせそ』だと知っているだろうか。
『さすが』『知らなかった』『すごい』『センスいいね』『そ?』
『そ?』『そ』が分からない。まあ、そのうち思い出すだろう。
「若いうちは苦労しとけ。俺なんか昔な、部隊で食料が尽きて餓死しそうになってな。
当時の隊長が言うんだよ『パンがなければ耐えればいいじゃない』って。おれは耐えたね」
「さすが!」
「おい、ルード。サラの嬢ちゃんを一発で落とす方法教えてやるよ。崖に連れてってドンッッだ! これで落ちねぇ女はいねぇ!」
「知らなかったぁ!」
「だからな、俺はそいつらに言ってやったのよ。
てめえらの剣はビーフシチューかってな! ガハハハハッ」
「すごいね!」
「俺の鎧はよ、昔っから騎士団長に伝わる伝統ある鎧なんだ。美しいと思わねぇか」
「センスいいね」
「あ、やばい、ゲロ吐きそう」
「そとで吐け!!」
結局一時間半以上アーガスに拘束されてしまった。
酔っ払いの相手はしんどい。カラカラに乾いた喉に水を流し込む。
結局ドブロイの装備を物色することもできなかった。
次なる策はドブロイの尾行だ。
尾行すれば彼が悪事を働いているかすぐにわかるだろう。
酔いつぶれたアーガスは風呂場に寝かしているのでもう邪魔は入らない……
「あ、ルード! 何してるの?」
……なんてことはなかった。
邪魔とはこういう時ほどよく入る。
「どうしたの、こそこそして」
「あー、やっほー、サラ」
「あ! 分かった! 私が出てくるの隠れて待ってたんでしょ!」
「え? 全然違うけど」
殴られた。
「すぐ暴力振るうところ直さない?」
「う……わ、私だって誰でもパンチするわけじゃ……ごほん、ごほん、ごほほほん。まあまあ。それで、何してたの?」
「ドブロイを尾行してみよっかと思ってね」
宿から出て行くドブロイを指さす。
サラが目を丸くした。
ルードは敢えて本当のことを言うことにした。変な言い訳してボロを出すよりはいいだろう。
「ドブロイ? なんでまた?」
「いやさ、ドブロイのプライベートって謎に包まれてるじゃない? 興味湧いちゃって」
「ふーん、ドブロイのプライベートねぇ……。ルード、人のプライベート漁るなんて趣味悪いわよ……、やめときなさい?」
サラが僕の頭を軽く叩いて諭すように言った。
だがそこで何か思いついたようにぶつぶつと独り言を言い始めた。
「あ、でも、そっか……。そうよね……そういう手も……」
「サラ?」
「ドブロイに悪いかなぁ、でもなぁ……うん、うん! ドブロイなら許してくれるわよね! よし、決めた!
ルード!
」
「なに?」
「私も一緒に尾行する!」
「……へ?」
「そうと決まればまずは変装よ!」
「……変装?」
「いい、ルード? ……いいえ、ダ、ダ、ダーリン! 私たちの設定は新婚の夫婦よ!」
サラが顔を真っ赤にして宣言した。
「はぁ、サラ、どしたの」
「設定は大事よ! 今日は私はあなたのハニーよ! さあ、呼んでみて……」
「ハニー?」
「っ! 悪くないわね……。良いか悪いかで言えば悪くないわ……」
「良いか悪いかで言ってないじゃん」
サラはなんだかさっきからニマニマしている。
サラが楽しそうだからいいのだが、何がそんなに楽しいのだろうか。
「大変よ、ルー……じゃなかった、ダーリン! 大切なものを忘れていたわ!」
「何?」
「指輪よ! 新婚の夫婦が指輪をしてなかったらおかしいわ!」
「そうかな?」
「そうよ! アクセサリーショップ行くわよ!」
「うひひ……」
「えっと、よかったね?」
「うん……」
嬉しそうに指輪を撫でるサラは実に可愛らしい。
「これで新婚夫婦の変装はばっちりかな?」
「えーと、あとは新婚夫婦なら手とか繋いでたほうが自然よね……」
「こう?」
「そう!」
サラと手を繋いだ。一体いつぶりだろうか。
(あれ? 変装も悪くないな?)
目が合う。サラの目が泳いだ。
「こ、これは全部ドブロイを尾行するためだから……」
サラが僕から目を逸らしながら言う。
「そ、そうだよね」
「……」
「……」
「大変よ、ルード!」
続くサラの言葉は驚くべきものだった。
「ドブロイどこ行ったのかしら! 見失ったわ!」
(……でしょうね)