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第二十七話 研鑽の果て

「あ、おはよ、ルード」


「おはよー、サラ」


 焚き火にあたっていたサラがルードに手を振る。

 寝袋から芋虫のように這い出すと、冷たい風が身体にあたり思わず顔を顰めた。



「よく寝てたじゃねぇか、ルード」


 汗だくで素振りをするアーガスがニッと笑う。


「お前もやるぞ。守りたけりゃあ強くあれ、だ」


「うーうー、後でね。まだ起きたばっかじゃないか」


「今やって後でもやんだよ。分かってねぇな」


「まあまあ、アーガス。

 ほら、コーヒーを淹れたんだ。飲むといい。目が覚める」


 ドブロイが手渡すコーヒーを飲む。


「ありがとー、あちっ!」


「もうっ、気をつけないと、ルード。熱いに決まってるじゃない……」


 心配そうな顔でサラがルードの唇に触れた。暖かい光が火傷を癒す。


「いや、大袈裟な……魔法なんて要らないよ……」


「いいのいいの。放っておく意味もないでしょ?」


「まあ、そうだけど……あれ?」


 ふいにルードの頬を涙が伝う。


「なんか、涙が……」


 サラがハンカチで涙を拭う。


「んー、怖い夢でも見たのかしら」


「怖い夢……そうかも。覚えてないけど……」


「そっか。ねぇ、ルード」






「どうして助けてくれなかったの?」






 生気のない目で、サラが言った。



****************



「……ード君! ルード君!」


「うわぁっ!?」


 叫び声を上げてルードが目を覚ます。


「寝過ぎです、ルード君」


「ウィズ……」


 横をを見れば両手両足を縛られたウィズがジトっとした目でルードを見ていた。そしてすぐに自分も同じく拘束されていることに気づく。


「まずい状況です」


「この鎖外せる?」


「無理ですね。両手が自由なら多分外せるんですが……それよりルード君、見てください。あの魔法陣」


 ウィズが顎で示した場所には大型の魔法陣が描かれていた。細かくルーンと幾何学模様が刻まれていて一種の芸術作品のようにも見える。

 中心には布がかけられた何かが置かれていた。そして外周を三分割する点にガラス瓶が一つずつ。ガラス瓶の中には赤、青、紫の火の玉が浮かんでいる。


「何の魔法だろう……」


「分かりません。でも、何だかすごく嫌な感じがします」


「同感。ドブロイは?」



「ここにいるとも。おはよう、諸君」



 風が吹いたかと思えば現れたのは魔法陣のすぐ傍に人骨でできた玉座と、それに座るドブロイ。

 横に並ぶはアーガスと初めて見る老人が一人。

 アーガスの瞳に意志はなく、その姿はまるで彫像のようだ。



「今日は記念すべき日だ」


 ドブロイが感慨深そうに言う。


「せっかくだ。劇的にいこう。


 ギャラリー」


 ドブロイがドンと足を踏み鳴らすと大理石の床が泡立ち、死者たちが這い出してくる。

 誰もが貴族のように着飾り、手にはワイングラスや扇、絢爛豪華な装飾品を身につけていた。


「全身全霊をもって、喝采せよ」


「「「死者の王、万歳!!!」」」


 幾人もの足が踏み鳴らされ、雷のように大きな拍手の渦が広間を包む。


 スッとドブロイが手を上げると、ピタリと大歓声が鳴り止む。


「結構。練習の成果が出てるじゃあないか。賑やかしの諸君」


 わははは、という死者たちの笑い声。しかし誰一人として目が笑っていないのが不気味に他ならない。


「繰り返しになるが、今日は記念すべき日だ。

 千年待った、僕の努力が結実する日だ。


 ああ、我が友アーガス。


 祝いの舞でも踊ってはくれまいか」



 パチリと指が鳴る。アーガスの目に光が宿った。身体が動くのを確認するかのように手のひらが開いては閉じる。


 刹那、雷速で抜刀された剣がドブロイを切り裂いた。

 


 真っ二つに裂けたドブロイがニヤリと笑う。


「子羊たちと魔法陣への手出しを禁じる。

 他は自由だ。好きにしたまえ」


「ハッ! 後悔するなよドブロイッッ!!!」


 一の剣は剛力の剣。王国一の膂力から放たれる刃は鉄をも切り裂く。どんな堅牢な魔法障壁もその剣閃を止めることはできない。

 二の剣は流麗なる剣。水のような優雅さをもって敵を追い詰め、両断する。

 三の剣は疾風の剣。三度振抜かれた剣撃は側から見れば一振りにしか見えない。


 そのどれもが長きに渡る研鑽を経て、磨き上げられた剣だ。剛の剣から柔の剣、柔の剣から剛の剣。一本の糸のように絶え間なく、流れるように矢継ぎ早に繰り出される。


 細切れになったドブロイが円を描くように広間を滑る。それを追いかけ、切り裂く完成された美しき刃は、アーガスの意思に反しまさしく剣舞だった。


 断ち切られるドブロイの身体から血は流れない。溢れ出るのはあろうことか桜の花びら。

 剣を振るえば花吹雪が舞い上がり、彼らを彩る。


 アーガス・ドルチェの研鑽の果て、磨き上げられた剣が、彼の怨敵の一切の脅威になっていないのは明らかだった。


「クソがァァァァッッッッ!!!!」


 苛立ち、力の限り振るわれた最後の一振りは型も何もないアーガスの怒りのままの剣。切り裂かれたドブロイの頭部が炸裂音と共に色取り取りの光を放つ。


「花火……


 と、東方では呼ぶらしい。

 実に美しいだろう。祝いの席にふさわしい。


 見事な舞だったよ。

 終わりだ。跪け、アーガス」


 カランカランと剣が地面に落ち、アーガスがドブロイの前に跪く。


 術に縛られ、自由を奪われたアーガスが地面を殴る。

 彼にできるのはそれだけだった。


「ルードォォォォォ!!!!」


 アーガスが叫んだ。


「すまないッッ!! 本当にすまない!!

 お前たちを必ず守ると! 誓ったはずがこのザマだ!

 お前は捕まり、そして、そして、サラの嬢ちゃんは……」


 ドクンっ、ルードの心臓が脈打った。


 手が自由なら耳を塞いでいたかもしれない。


 聞きたくない言葉が、耳を貫く。


「死んじまった……」




「え、?」




 死んだ? 誰が? は? サラ? サラって言った?


 混乱、混乱、混乱。


「あぁー、困るなぁ、アーガス。

 僕の演出プランを狂わせるなよ。


 でも、まぁ。これでもいいか。

 お披露目といこう」


 魔法陣の中心、風が吹き、かけられていた布が捲り上げられる。そこにいたのは青白い、安らかな顔で眠るサラ・ホーテルロイ。


 続けてドブロイが指を鳴らすと金属が割れる音と共にルードを縛る鎖が砕けた。フラフラとした足取りでルードがサラの元へと歩み寄る。

 

「嘘、嘘だ……サラ、サラ……そんな、返事をしてよ、ねぇ……」


 離れていても分かる。閉じられた目が、ピクリとも動かない指が、滑らかな髪が、サラ・ホーテルロイを構成するありとあらゆる要素が、現実を突きつける。

 ルード・ブレイバーが見間違える筈もない。紛れもない本物。本物の、遺体。


「あ、あぁ……」


「ルード君……」


 力なく座り込むルードに、ウィズの声は届かない。サラの冷たくなった手を握り、名前を何度も呼ぶ。

 返事は、ない。

 


「ドブロイ・ネクロマンシー!!!」


 アーガスが叫んだ。


「いや、我が友、ドブロイッ!!

 頼む、後生だ!


 嬢ちゃんを、生き返らせてくれッッ!!


 こんなの、こんなのっ、見たく……ねぇ……」



「んー? 僕は君の友か?

 だって、君の部下たちを殺したのも、妹を唆して奪い去ったのも、そこのサラ君を殺したのも、それに他でもない、君自身を殺したのも、ぜぇーんぶ僕なんだぜ?

 そんな僕を君は友と呼んでくれるのか? 随分と心が広いじゃないか!

 あれもこれも、その他色々犯した悪事も、まとめて全部水に流してくれると、君はそう言うのかい??」



「……っ!!! ぁぁぁぁぁあ!!!


 ああ、お前は……俺の……友だ。

 だから、頼む……。嬢ちゃんを、生き返らせてくれ。

 あんな思いは……ルードに、して欲しくねぇんだ……」


 復讐のためにアーガス・ドルチェは生きてきた。王国を隅から隅まで調べ上げ、容疑者を絞った。冒険に出たのも最重要容疑者たるドブロイを探るため。歯を食いしばり、憎しみの炎を燃やし続けたのは全ては仇を討つためだ。それさえできれば何もいらない、筈だった。


 大切なものなんて、もう男には残っていないと思っていた。


 そんな男が、他でもない、絶対に殺すと誓った怨敵に跪き、懇願する。

 友を、助けてくれ、と。


「クハハハハハッッ!!!!!

 いいよ! いいよ! 分かったとも、()()()アーガス!!

 唯一無二の親友である君の頼みだ。

 叶えてあげようじゃないか!!」


 魔人が嗤う。笑って笑って笑って、涙を拭う。同時にドブロイが賑やかしと呼んだ死者たちも大声で笑う。

 ひとしきり笑ったところで、満足そうに手を叩く。


「どきたまえ、ルード君。悪くない慟哭だったよ。

 ウキウキしたね」


 ルードの身体が浮き上がり、魔法陣の外に降ろされる。


「さあ、始めよう。千年待ったメインイベントだ」


「サラが、生き返るの……?」


「そうとも、ルード君。だからそこで大人しくしていたまえ。間違っても邪魔をしてくれるな。アリスにもよく言っておけ」



 サラが生き返る。その提案はあまりにもルードにとって魅力的だった。もはやドブロイに対抗しようなどという思いはない。

 だが、ルードの中にいる英雄は、違う。


(いけません……!!)


 頭の中に響くアリスの声。同時にルードの身体が光り、一人でに動き出す。



 淀みない動きで剣を抜き、ドブロイに飛びかかる。イリーナたちを相手にした時とは違う本気の剣。


 剣がドブロイに届く瞬間、弾かれた。

 火花が散る。

 立ち塞がり、剣を構えたアーガスがアリスを睨む。


「どきなさい……! アーガス・ドルチェ……」

「邪魔をッ、するな! 亡霊が!」


 鍔迫り合い。押し負けたアリスが吹き飛ばされる。

 


「ゴホッ……」


 空中で回転し、上手く着地したアリスが咳き込み、突然血を吐いた。激痛が身体を走り抜ける。


「やはり……間隔が……短すぎます……回復が……足りない。

 しかし……そうも……言ってられません。

 ここは、無茶を……」


 アリスが剣を地面に突き立てる。剣の周りに七の魔法陣が浮かぶ。アリス自身も苦しいのだろう、顔色は悪く、小刻みに震えている。


「ヘプティゴ「やめて、アリス!!」


 ルードが叫び、アリスから身体を奪い返す。

 魔法陣が砕けた。


『邪魔を……するな……ルード・ブレイバー!!

 君は……分かっていない……!』


 アリスの声が怒りに震える。

 

「そんなの知るもんか! サラが、サラが、生き返るんだ!!」


 アリスの意思の強さは決してサラを想うルードにも劣るものではない。が、あまりにもアリスは弱りすぎていた。


『ぁグぅっ……後悔……しますよ……』




「もう遅い」


 ドブロイの声。


 漆黒の四本の鎖がルードの胸を貫いた。


「ア……ァ……マハ……ト……貴……様」


「引き篭もられたら厄介だが、こうして出てくるなら話は別だ。相変わらず思い通り動いてくれて嬉しいよ」


 奇妙な感覚と共にルードの中から何かが引き抜かれる。

 現れた深紅に輝く光球をドブロイが掴む。

 血は出ない。肉体的な損傷はない。しかし大切なものを失ったような感覚。


「クハハハハハ! 今日は何ていい日だ!

 全てが! 全てが手に入った!

 アリス、今日で君も、僕のものだ。


 容れ物がいるなぁ、これなんかどうだ?

 懐かしいだろう」


 

 ドブロイが呼び寄せたのはこの状況に似つかわしくない古ぼけた可愛らしいクマのぬいぐるみ。

 アリスの魂がぬいぐるみの中に入っていく。

 ドブロイは最後にぬいぐるみに膜のような結界を張った。


「アリ、ス……?」


「サラ君の蘇生の対価だと思ってくれ。別にいらないだろう? あんなやつ。安心してくれ、僕がアリスを幸せにするさ。クハハハハハ!


 さて、と。



 それじゃあ、サラ君を生き返らせようか」

 


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