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第二十五話 呪術師カース

(まずは緊急度が高い人を見極めないと……)


 患者は四人。どれも濃密な死の匂いを漂わせている。普段なら全員真っ先に治療すべきだが、今はサラ一人しかいない、優先順位をつけなければならない。


 サラは指先に光を灯すと、宙に三つの古代文字を刻む。

 そしてそれらを囲む一つの大きな楕円、さらにそれを囲む四角形。


「アー・ゲー・ツァイ。エチルゴア・スカント。クアンテッド」


 古代文字が弾け、赤、青、緑、三色の魔法陣が患者の上に浮かぶ。時間差で次々と他の患者の上にも魔法陣が描かれた。患者四人の上にそれぞれ3種類の魔法陣、つまりは合計12の魔法陣を浮かべたサラは、

 目を瞑ってパンと音を立てて手を合わせた。


 血流、魔力、肉体。人体を構成する三つの要素を同時に探査するサラ・ホーテルロイのオリジナル・マジック。

 検査時間を大幅に短縮し、しかも消費魔力は従来の十分の一というそれは、サラ・ホーテルロイが歴代最高峰の聖女と呼ばれる所以の一つだ。

 他に誰一人として習得することの出来なかった魔術を四つ並列で起動してみせたその姿に、さしものカースも目を見張る。


「おお……素晴らしい……あの方が執着するのも頷ける」


(一人目……全身の腫れが酷い。血の流れも悪い、血に毒を混ぜて全身を犯す類の呪いね。似たものを本で見たことがあるわ。

 ならどこかに毒を発生させてる核があるはず……。それを見つけられれば時間はかからなさそうね、


 ……あ、あった。ん、あれ、あぁ、んー、他にもある。四つもあるわね。

 しかも全部臓器にめちゃくちゃに絡みついてる。下手に剥がすと臓器を傷つけちゃうわ。

 前言撤回、これ治すのはかなり時間かかりそうね)


(二人目……まずいわ、心臓から血が出てる、臓器に傷をつける呪い? いや……変な魔力の流れがあるわね。辿って……骨? 骨が膨らんでる。しかも先が尖ってる、これが心臓を傷つけたのね。

 直接臓器に傷付けるんじゃなくて骨を変形させて傷付けるなんて……いじわるな呪い。気づかないで心臓修復したら骨が心臓に埋まっちゃってもっと酷いことになるじゃない。

 治すには……一旦心臓止めて出血抑えて……魔法で血を回しながら魔力供給を断って……骨の成長を止めて……骨を削って、心臓治して動かして……って感じかしら。

 これも時間かかるわね……)



(3人目……凄い熱。でも……原因は……何? 心臓、肝臓、腎臓、膵臓、胃、大腸、小腸……全部違う。

 魔力も……普通に流れてる。骨にも肉にも腫れはない。

 とすれば……脳とか? 脳は難しいのよね……下手にいじると酷いことになるって聞くし……呪いかけるにも難しいから滅多になくて見たことないし……。


 変な魔力の流れ……かなり細いけど……やっぱり脳ね、何かおかしい気がする。でもどこがどうなってるのか……もう、こんなの分かる人いるの……?

 これも時間かかりそう……)



(四人目……石? 血管の中に石が詰まってる。それにこの石……トゲトゲしてる。押し流すのは無理ね。数は……1、2、3…80個も……多すぎるわ。しかも増えてってる。

 石自体は……よかった。そんなに硬くない。魔力をあてて振動させてあげれば砕けるわね。一個一個砕いてあげれば治せそう。

 発生源は……特に特定の場所じゃなくて血管の中ならどこでもって感じね。魔力が集まってる感じもしないし……どうやって発生させてるのかしら……。

 一見すぐに死んじゃいそうにはないけど、このまま数が増え続けると危ないわね。

 まずは発生源突き止めて、一個一個砕いて。

 ああ、もうっ、これも時間かかるわ)



 魔法を起動してからここまで僅か30秒と少し。一人10秒もかけていない。

 四人全員の診察が終わるとサラは少し考える。

 結論、全員時間がかかるし一刻の猶予もない。

 よくもまあこんなに様々な呪いをかけられるものだ。



「でも絶対助けてみせるわ」



 サラの脳裏に蘇るかつての記憶。

『いい? サラちゃん。治すだけじゃなくて進行を遅らせる方法も覚えておきなさい』


『どうして? イリーナお姉様。治した方が早くない?』


『患者がすごく多かったら間に合わないでしょう?』


『そんなのまとめて治したらいいじゃない』


『それができるサラちゃんも凄いけど……治療は焦ったらダメ。私たちは命を預かってるの。

 よく分からないまま下手に治したせいで悪化することもある。

 確実に治せると判断できるまで時間を稼ぐのも治療の一つなのよ』


 

 よし、まずは時間を時間を稼ごう。頭をそう切り替える。


(一人目の血に毒が混ぜられてる人。発生源を結界で包んで毒を抑えて、でも完全に包んじゃうと血が止まっちゃうからわざとほんの少し穴を開けて、あとは今流れている毒を少し中和する。これで時間が稼げるわ。


 二人目、骨が膨らんで心臓を傷つけてる人。うん、逆にもう少し骨を膨らませちゃいましょう。傷口にピッタリ合うように。尖ってるところは削っておきましょうね。この骨の膨らみ方ならしばらく傷口がいい感じに膨らむ骨で圧迫されて止血できるはず。


 四人目の血管の中に石ができてる人。太い血管に引っかかってる石は放っといていいわね、隙間が残ってる。細いけど大事な血管のとこだけ砕いて……少し血管を広げておけば時間が稼げるはず。

 


 三人目の脳がなんかおかしい人。この先の進行の仕方が読めないこの人が最優先。早く原因突き止めたいわね。

 熱が出てるってことは……もしかして身体が冷えてると錯覚してるとか? その線で考えてみようかな……)


 大きく深呼吸。


「絶対、負けないんだから」



****************


140年前のことだ。


「ああぁぁぁぁあ……」

「痛い、苦しいよぉ」

「助けてくれ、助けてくれ……」


 その部屋には何人もの人間が横たわっている。全員が全員、苦悶の声をあげていた。


 その喧騒の中に一人、涼しい顔で読書に勤しむ老人が一人。

 安楽椅子をゆらゆらと揺らすその老人は、名をカースと言った。


「頑張れ、頑張るのじゃ、お主たち。死んではならぬ。

 信じておるぞ……」


 本を捲りながらカースが呟く。人々の叫び声など耳に入っていないかのように穏やかだ。


 そして1時間が経つ頃には静寂が訪れていた。

 パタン、と本を閉じるカース。

 その目から涙が一筋、頬へと流れた。


 袖で涙を拭うと杖をスイーっと一振り。物言わぬ犠牲者たちの身体が浮き上がり、窓から外へと運び出されていった。続くドサドサっ、という何かが放り投げられ、積み上がっていく音。


「ああ、何度経験しても慣れぬ。

 気の毒で気の毒で仕方がない。彼らにも帰りを待つものがいたじゃろうに……」


 もう一度、杖を一振りすると新たに数人の生きた人間が運び込まれてくる。


「き、貴様! わ、私が誰か知ってのことか!

 ウェスティン子爵家のボルドーとは私のことだ! このような狼藉、只では……ぎゃぁァァァァ!!!」


 身体からボキボキと音が鳴り、男が絶叫する。


「わしは貴族は好かんのじゃ……。じゃが、ちょうど良いの、特にキツいやつの実験台……じゃなかった、協力者が欲しかったところじゃ。

 他の子らには気の毒でとてもじゃないが使われん」


 青ざめた表情でカースを見つめる残りの犠牲者にカースが微笑む。


「すまぬが、お主らも協力してくれるかの。人類の発展のためじゃ、苦しいかもしれぬが耐えておくれ。

 1時間、たったの1時間じゃ、生き延びたならば必ず生きて返すと約束しよう」




 それから一時間後、一人だけ息も絶え絶えながらも、命を繋いだ者がいた。爬虫類のような鱗の生えた男だった。




「素晴らしい! 貴重なデータがとれた! 感謝する!」


「ゴホっ、これで……助けてくれるんだな……」


「あの呪いを耐えたのは初じゃの……爬虫類の特徴が関係あるのか……? 身体の構造が……変温動物なのが関係……もしそうならばあの呪いも耐えれるハズ……?


 うむ! 分からぬ! 次の呪い、行ってみるかのぉ!」



「は?」


 嬉しそうにカースが笑い、杖からドス黒い魔力が放たれ男を包む。


 そして1時間。沈黙した男が窓から運び出されていく。


「ふむ、駄目か。分からぬの。何だったのか……爬虫類系は他におらぬし……採取に行かねば……ううむ、何で死んでしまったのじゃ……可哀想に」


 立ち上がり、建物の外に出る。そこは森の中にある木造の小屋だった。小屋の横には巨大な穴が開いている。

 中には無数の死体が積み上げられていた。


「こんなになるかの……可哀想に、弔ってやらねば。


 『フレイド』」


 杖の先に青い火の玉が浮かび上がる。杖を振ると火球はふわふわと雪のように穴の中に降っていき、巨大な火柱となった。


「お婆婆。あの世でこの子らを頼むの」


 もう一度杖を振ると風が渦巻き、灰が空高く舞い上がっていく。

 その光景を見上げながらカースが手を合わせる。そして長々と首を垂れ、祈りを捧げる。

 しばらくして、ふぅ、とため息を吐き、「採取に行くかの」と独り言を言う。




「やぁやぁ、君がカース君かね?」


 ふいに、何処かから声がした。


「どこじゃ?」


「ここだよ、ここ。穴の中だ」


 見れば穴の底に一人の男が寝そべっていた。金色の長髪を伸ばした若い男だ。

 男は「よっと」と掛け声をあげ、起き上がると、跳躍して穴から外に飛び出してきた。


「結界はどうした」


「クハハハハ! 火葬されたのは僕も初めての経験だったよ。まあ、もういいかな。熱くてかなわないね。

 いや、実験の邪魔をしては悪いと思ってね、丁度いいベッドがあったから寝転んで待ってたんだ。まさか寝入ってる間に焼かれるとは。参った参った」


 そう言う男は服を着ていなかった。燃えたのだろう。火傷一つないその姿は本当に火に巻かれたのか甚だ疑問ではあったが。


「ああ、結界だったね。悪くなかったが、まぁ、気にするな。君の専門でもないだろう。恥じることはない。

 ちゃんと開けた穴は僕が修復しておいたから、何なら前より強固に……ゴボっ!??」


 男が突然血を吐く。同時に目や鼻からも血が吹き出し、男の身体がガクガクと震え地に倒れた。

 肌がボロボロと崩れ始める。


「お主が何者かは分からぬが、

 死者を愚弄し、ベッド呼ばわりするのは許せることではないぞ」

 

 背を向け、歩き出すカース。その足を何かが掴んだ。


「何じゃ!?」


 それは地面から生えた腕だった。土が裂け、腕の主が這い出てくる。爬虫類の特徴を持った鱗の生えた身体の男……。

 カースがついさっき呪い、死なせた実験体の男だ。


「な、なぜお主が……死んだはずでは……」



「いや、何やら貴重なサンプルだったみたいだからね。手付けとして生き返らせてみたんだ。気に入ってくれたかな?」


 振り返れば殺したはずの金髪の男が健康そのものといった様子で立っていた。いつのまにか黒のローブを羽織っている。


「お主、何者じゃ」


「クハハハハ! やっと聞いてくれたね。言いたくてうずうずしていたんだ。

 僕の名はドブロイ・ネクロマンシー。悠久の時を生きる偉大なる死霊魔術師さ。


 君が欲しい。呪術師カース・ド・フィル。


 対価は、そうだな……無限に生き返る実験サンプルなんてどうだい?」

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