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第二十四話 姫の戦い

 時は少し遡る。ルードが宿屋で眠りこけている時の話だ。


「んっ……。ここ……は?」


 深い眠りから目を覚ましたサラ・ホーテルロイの第一声。


 頭がズキズキと痛い。

 妙に重たい体を起こして深く息を吸うと、カビのような古臭い臭いが鼻をつく。

 ちらちらと揺れる蝋燭の火に照らされるのは見覚えのない石造りの壁。



「起きたようじゃの? 痛いところはないかの?」


 声のした方に振り向くとそこには安楽椅子に座った一人の老人が。

 老人は紙の擦れる音と共に手に持った本のページを捲る。

 半月型のメガネの奥に優しそうな青い瞳が覗く。


「あなたは……?」


「わしか? わしは……そうさな、とうの昔に朽ち果てた……人々の想いの結晶かの。

 名を、カース」


「カースさん。わたしはサラ・ホーテルロイ。

 ねぇ、ここはどこなの? わたしはどうしてここにいるの?」


「一つ目の質問だけ答えてあげよう。ここは城の中じゃよ。どの城かはさほど重要ではない。

 そして二つ目の質問の答えじゃが……それは君も知っているはずじゃ」


「わたしが、知ってる……?」


「寝起きは誰しもそうじゃて。

 ゆっくりと、思い出しなさい。

なぜ君は眠っていたのか、否、眠る前に君は何をしていたのか……」



 眉間に皺を寄せて考えるが、上手く思い出せない。

 頭がズキズキと痛い。靄がかかったようだ。


「うーん……」

 

 パチンと指を鳴らすとサラの周りで光が瞬いた。


「ほう、無詠唱の回復魔術か。大したものじゃの」


 眠気覚ましの軽い回復魔術。頭痛に眠気、二日酔いまで一発で治る。飲み過ぎでアーガスが起きない時に何度使ったことか。当のアーガスは二日酔いを魔術で治すのは情緒がないと不満そうだったが。


 冴えた頭で何があったかを思い出す。

 と、同時にサラの顔から血の気が引いた。


「ルードッ! ルードは無事なの!?」


 カースに掴みかからんばかりに跳び上がるサラ。

 ガチンという音と共に足に痛みが走り、バランスを崩して転倒してしまう。見れば足首にはガッチリとした足枷が付けられていた。

 カースがニコリと笑う。


「自分よりもまず友の心配か、おぬしの心根が現れておるの。実に良いことじゃ。


 さて、おぬしは今ルード・ブレイバーが無事かと問うた。逆に聞くがの、無事じゃと思うのか?


 相対するは偉大なる死霊魔術師ドブロイ・ネクロマンシー。頼みの綱のアーガス・ドルチェもあの男の手に落ちた。聖女サラ・ホーテルロイは何も出来ずに気絶した。


 哀れな子羊、ルード・ブレイバーに助かる術はあるじゃろうか?


 死んでしもうたよ、あの子供はの。

 何も出来ずに、無様に、泣き叫びながら、『サラ、サラ』と。お主にも見せてあげたかったの。


 クフっ、クフっ、クフっ」

 

 知らぬ者が見ればこのカースという老人は大切な孫の話でもしているように見えただろう。全身をリラックスさせて安楽椅子に横たわり、穏やかな表情で笑うその姿。それはこの老人にとって人の生き死にが娯楽でしかないという事実をサラに知らしめた。


「嘘……ルード……」


 脱力し、崩れ落ちる少女を眺めながらカースは髭を撫でる。

 気の毒だ、などと言う気持ちは微塵も湧きはしなかった。楽しい、と言う気持ちなら溢れるほどに湧いていた。


(ふぅむ、容易い容易い。女子の心を操るなど造作もないことじゃ。

 さて、次の段階に移るとするかの……)


 まずは心を折ってくれ、それがドブロイからの指令だった。


 もちろんルードは死んではいない。だがサラ・ホーテルロイにそれを知る術はない。

 アリステア・アリストラなどという過去の英雄がルードに力を貸したことなど知るはずがない。


 彼女の知る事実はカースの言う通り、ドブロイが敵に回り、アーガスは殺されて操られ、自分が気絶したと言うことだけだ。

 そして彼女はよく知っている。ドブロイの、アーガスの、ルードの実力を。

 天地がひっくり返ってもルードに勝ち目はないことを。

 故にこの嘘は狙い通り極めて有効に作用する。



 はずだった。


『サラちゃん、落ち着いて。私たちは最後の砦なの』


 かつての師、イリーナ・ドルチェ。彼女の言葉が頭に響く。いつだったか、ルードが大怪我をしてサラの元に運び込まれたことがあった。パニックを起こすサラを、イリーナはそう言って嗜めたのだ。


 スッと頭が冷えた。

 いつだってそうだ。どんな時だってこの言葉はサラを現実に引き戻してくれた。


(うん、そうね。イリーナお姉様。

 でも、表面上はこのまま泣き続けないと。

 冷静になったことはバレちゃだめ、きっと後で役に立つ……)


 敵を欺くのは戦いの基本だ、とアーガスも普段から言っていたではないか。


「ルード、ルード……私を守るって……言ったじゃない」


 

「あああ、そんなに泣いてしもうて、可哀想にのう。

 ほれ、ハンカチじゃ、涙を拭くといい。

 クフっクフっクフフ」


「……いらない。ルード、返してよ……会いたいよぉ」


 演技を続けながらもサラ・ホーテルロイは思考を止めない。


(そう、そうよ……よく考えればおかしいわ、この状況。

 ()()()()()()()()()()()()


 ドブロイが本当に死霊魔術師なら、いや、それは真実なのだろう。

 であれば何故、サラを殺していない?


「気の毒に気の毒に、だが諦める必要はないぞ?」


(何か私にさせるつもりなのね……殺して操っては達成できない、何かを)


「ひっぐ……ど、どういう……こと?」


「忘れたかの? あの男は死霊魔術師。

 生と死など、あれの前では意味をなさん」


(だったらきっと、)


「ルードも……生き返らせれる?」

「もちろん、じゃが……」

「ほんと!?」


(あなたはこう言うはずよ)



()()()()()()()()

「条件がある」


「な、なんでも言って! なんでもするわ! 私、ルードのためならなんだって!」


(これでいいわ。本心だし。

 でも、違う。あなたたちの言いなりになんかならないわ。

 

 私、気づいちゃった。

 

 だって、ここにはあるはずのものがないもの。

 それだけで私を完璧に縛れるのに、それをドブロイは分かっているはずなのに。


 ああ、よかった。

 

 持っていないのね……


 ルードの遺体)


 

 ドブロイ・ネクロマンシーはカースに『まずは心を折ってくれ』と、そう言った。

 だが、こうも言っていたのだ『難しいと思うがね』と。

カースはその言葉の意味を正しく理解できていなかった。過大評価だと一笑に付した。

 ドブロイはサラと共に旅をしたが故に、その才覚、人間性を深く理解していたが、カースにとってはただの小娘。

無理もないことだった。


 その驕りをサラ・ホーテルロイは見逃さない。

 演技を持って、敵を欺くのだ。


 もし初めからルードの死体を目の前に突きつけられていたら、サラは無条件で降伏していただろう。

 ルードを生き返らせるため、ドブロイの言いなりになっていた。

 それは奇しくも先代聖女イリーナ・ドルチェと同じ選択だったが、そもそも聖女とはそう言うものだ。

 望みのままに救う力を持って生まれたが故に、大切な者を諦めることができない。


 サラを服従させるための最強のカード。それはドブロイもよく分かっているはずだ。

 にもかかわらず、出してこない。つまり、持っていない。


(逃げおおせたのね……)


 幸運に恵まれたのか、誰かが助けてくれたのか。もしそうならその誰かには感謝しなければ。

 生きていれば、きっと。


(待っているわ、ルード。

 信じてる。助けに来て、私の勇者)


 必ず来てくれる。確信があった。


 力の差は歴然。

 まずは少しでも時間を稼ぐことだ。バレないように、さりげなく。

 逃げ道を探そう。敵の弱点を暴こう。


 きっと役に立つはずだ。

 


************************************


「さあ、それでは、授業を始めようかの」



 カースがパタンと本を閉じる。

 懐から取り出した杖を取り出し一振り。すると部屋の扉が開き、何かが部屋に入ってきた。


 担架だ。人が乗っている。

 それも一台ではない。四台の担架が誰に担がれるでもなく、ふわふわと宙を漂い、サラの前でピタリと止まった。


「っ! この人たち……」


 一目見てサラの顔色が変わる。

 そこにいたのは面識のない人たちだった。だが揃って息が荒く、汗だくで、血色が悪く、意識がなかった。

 何よりサラを驚かせたのはその身体から立ち上る魔力の色。

 ドス黒い血のような濁った赤色に、ヘドロのようなネバついた灰色。離れていても分かる、悪意に満ちたその色。


「呪われてる……」


 かなり強い呪いだ。

 聖女として多くの症例を見てきたサラでも見たことのないほどの。いや、一度だけあったか……。

 それが四例。しかもご丁寧に全員別の呪いがかけられている。


 一刻も早く治療しなければこの呪いたちは何の躊躇いもなく命の火を吹き消すことだろう。


 そんな極めて深刻な状況でも、カースという老人はニコニコと、一切の邪気のない笑顔を崩さない。


「一目で分かるとは、流石じゃの。術者は分かるかの?」


 そう問いかけたカース。だがサラからの返事はない。

 見ればすでに真剣な表情で患者の前にしゃがみ込み、治療を始めていた。


 目の前の患者を救う、それが聖女サラ・ホーテルロイの在り方なのだから。

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