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第二十三話 作戦

「最悪です……」


 ルードの後ろでウィズがうめき声をあげる。ここはダンジョンの出口。追手が来ていた以上待ち伏せはあり得ると思っていたがまさかドブロイ本人が来るとは。


「その子がウィステリア・ソーンかな? 初めまして。

 いやぁ、嬉しいな。実を言うと君にもいつか会ってみたいと思ってたんだ。()()ソーンの血族に興味があってね」


「ソーンの……血族?」


「ルード君は知らなくていいことです。あなたも、黙っていてください。ドブロイ・ネクロマンシー」


 ゾッとするほど冷たい声。いつもの朗らかなウィズからは想像もつかない。


「おお、怖い怖い。流石、世界有数の暗殺--」


 何かがルードの頬を掠め、ドブロイの額にナイフが突き刺さる。一瞬遅れてウィズが投げたのだと気づく。


「黙れと、言った筈です」


 低い声でウィズが言う。


「クハハハハ! 見事見事! ど真ん中だ。

 これは景品をあげないとねぇ」


 ドブロイは自分の頭からナイフを引き抜くとふっと息を吹きかけた。水が凍るようなピキピキという音と共にナイフが根元から黄金に変わっていく。


「どうだ? 黄金のナイフだ。錬金術を使える魔術師も随分と減った。その点貴重だと思うがね?

 けれど、そうだな。女性に渡す品がナイフというのも品がない。こういうのはどうだろう」


 まるで紙でできているかのようにナイフをクシャクシャと丸め、掌で包んだ。何度か押しつぶすように握り、そして手を開くと丸まった黄金から芽が生え、茎となり、薔薇の花が咲いた。黄金の薔薇だ。


「受け取ってくれたまえ、美しき姫よ」


 ドブロイが手を離すと、薔薇は重力に逆らいながらゆっくりと地面へと落下し、地に突き刺さった。


 瞬間、破裂音と共に花弁が爆散し、ルードたちに向かって一直線に金属片が飛んできた。風を切る音に、金属でできた花びらの鋭さ。身体に当たれば裂傷は避けられない。当たりどころが悪ければ死ぬだろう。


「ッ!!!」


 反射的に抜き放った剣で花びらを斬り伏せるルード。彼の背後の土が盛り上がったかと思うと、これまた黄金でできた薔薇の根がルードを襲う。それをウィズがナイフで弾けば今度はルードが振り向き様にウィズを狙う薔薇の根を両断する。


「へぇ、良い連携じゃあないか。サラ君の代わりとしては中々上等だ。むしろ回復しか能のない置物よりいいんじゃないか?」


 許し難い侮蔑。それには答えずルードがバネのように地を蹴ってドブロイに飛びかかる。ペース配分など考えずに全力で剣を振るうルードを素手で捌きながらドブロイが笑う。


「ふぅむ、剣に迷いがない。少し強くなったか?

 才能がないと思っていたがね、追い込まれればできるじゃないか」


「クソっ、崩せない……」


 ドブロイは魔術師だ。言わずもがな近接戦闘は本職ではない、はずだが、それでもドブロイは余裕の表情で剣を素手で捌く。ここまで力の差があるのかと唇を噛む。

 強くなったはずのルードの剣は服にすら掠らず、合間を縫って死角から繰り出されるウィズのナイフもまるで後ろに目があるかのようになんなく回避されてしまう。防御一辺倒というわけでもなく、隙間を縫って掌底がルードたちを襲う。


「クハハハハハ! 600年ほど前に拳聖と呼ばれる男に弟子入りしたことがあってね。アリスやラルク君を相手できるレベルじゃないが、君たち程度なら充分そうだ」


「……ルード君。やっぱりアレで行きましょう」


 目まぐるしい攻防の中、すれ違いざまにウィズが囁く。

ルードはこくりと頷き、距離を取って懐から取り出した丸薬を齧り、印を結んだ。


「エチルゴア・フレイド!」


 伸ばしたルードの手から火弾が放たれる。だがドブロイは半歩身体をずらしただけでそれを躱した。

 悠々とルードへと歩みを進めるドブロイ。接近を拒むように距離を取りながらルードは続けて詠唱する。


「エチルゴア・フレイド! エチルゴア・フレイド!」


「敵の体勢も崩さずそんなに魔法を連発するんじゃない。その程度の魔術でも君からすれば負担だろう、ルード君。

 魔術は使い所だ。教えただろう?」


 火弾は全て避けられドブロイの後方の木々をただ燃やしただけだ。だが、()()()()()


『いいですか、ルード君。もしドブロイ・ネクロマンシーと戦闘になった時、私たちの勝ち筋はただ一つです。

 ()()()()()()()()()

 迷宮を出る直前、ウィズはルードにそう言った。


 モクモクと立ち登る煙にドブロイが顔を顰める。


「煙たいな。服に臭いがついてしまうじゃあないか。初めて嫌な気分になったよ。

 これが君たちの狙いか? だとしたら大した作戦だ」


 不快そうな顔で服の臭いを嗅ぎながらドブロイが言う。


『万策尽きた、そう思わせるんです』


「うぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

「やぁぁぁぁぁッ!!!」


 雄叫びを上げながらルードとウィズがドブロイへと突進する。まるで無策、そんな様子で。

 

「おいおい、他に手はないのか? クハハハハ。

 だとしたらつまらない、実につまらない。

 僕やアーガスが教えたことは一体なんだったんだろうね」



『必ず急所は避けてください。私とルード君、どちらか一人でも動けなくなったら終わりです。

 どれだけ苦しくても、絶対に立ち上がってください。君ならそれができると、信じています、ルード君』


 ドブロイの掌打がルードの胴体に突き刺さる。すんでのところで身体を捻って急所は逸らす。が、怪人の一撃は魔力もこめていないにも関わらずルードを数メートル吹き飛ばし、木に叩きつけた。あまりの衝撃に視界が一瞬白く染まり、胃から熱いものが込み上げる。

 胃液が混じった唾液をペっと吐き出し、喉の奥に酸味を感じながらもルードは即座に立ち上がる。再びドブロイへと切りかかっていく。恐らくあと何発か貰えば意識が刈り取られる。そう確信したが、それでもルードは勢いよく地を蹴った。

 きっとウィズも同じだろう。白い肌は至る所が泥に塗れ、整った顔を苦悶に歪めながらも難敵相手にナイフを振るう。


 そのような状況で、ルードは意外にも自分が冷静であることに気づいた。アリスが戦っているのを頭の中から眺めているのと同じ感覚。客観的に自分と、そしてウィズの動きが見える。これが相次ぐ死闘を経て得た力なのか、それとも単にアリスのおかげなのかは分からない。とにもかくにも、ドブロイに向かって狂ったような雄叫びをあげて突進するルード・ブレイバーの頭は冴え渡っていた。


 あと少し、まだ、まだだ。


 再度、掌打を喰らう。痛い、意識が飛びそうだ。いまだに徒手空拳を振るうドブロイには一撃も届いていない。お前魔術師だろと唇を噛む。

 勝ちは果てしなく、遠い。

 だが、ルードには見えている。

 どれだけ苦しくとも勝利を諦めない戦友(ウィズ)の眼が。

 ルードが打ちのめされても、また立ち上がると信じて振り向こうともしない親友の背中が。


 そして、彼女が送る、作戦決行の合図が。


 ウィズの右手が言う。


『行け』と。


 地を踏みしめ、飛び上がる。大地が衝撃でひび割れた。


 空中で剣を上段に構え、目を閉じ、精神を集中する。

 ゴーレムを両断した、アリス直伝の剣。

 ルード・ブレイバーの持つ最大最強の一撃。


 だが、剣を振るうまでの集中、その無防備な時間は決して無視できるものではない。

 ドブロイが呆れたように笑う。


「おいおいおい、なんだそれはルード君。

 そんなの当たるわけーーッ!!??」


 失望から一転、魔人の顔が驚愕に変わる。


「ッッッ!? ゴホッゴホッ」


 咳き込み、口から吐き出されたのは大量の鮮血。

 身体がガクガクと震え出し、膝から崩れ落ちる。

 この百年でドブロイ・ネクロマンシーが初めて戦闘で膝をついた瞬間だった。


「毒かッっ!?」


『ルード君が火の魔術で起こした煙に、私が毒を混ぜます。解毒の丸薬は渡しておきます。

 普通の人間なら一息で死ぬ毒ですが、相手が相手なので、確証はありません。

 でも最低でも一瞬、動きが止まる筈です。ルード君、そのチャンスを決めるのは、あなたです』


 ドブロイがルードを見上げる。瞬間、剣を構えるルードの姿が、千年前の()()()に重なった。

 過去のトラウマがフラッシュバックし、背筋が、凍った。


 この偉大なる死霊魔術師が!? 一瞬とはいえ恐れたと?

 

 名ばかり勇者ごときに?


 許せる筈がない。



 毒に侵されているにも関わらず、ドブロイが体勢を立て直す。その顔に浮かぶのは怒り。

 怪人は剣を構えているのがアリステア・アリストラではなく、ルード・ブレイバーだと言うことも見抜いていた。アリスなら、こんな悠長に回避の時間など与えてくれないからだ。だが、恐らく威力は本物。アレは受けられない。もう素手で剣を受けようなどとはしない。

 回避一択。毒のせいでコンディションは最悪だが、避けるだけなら造作もない。


「意外です。血の色、人間と同じなんですね」


 だが、彼女はそれを許さない。その言葉と同時にドブロイの足の腱が切り裂かれた。


「ぐッ」


 ほんの一瞬、ほんの一瞬だけだ。ルードの放つオーラ、殺気が、ドブロイにウィズの存在を忘れさせた。そして、それがドブロイに残された唯一の回避のタイミングを失わせた。



 ルードは集中していた。周囲の音が全く耳に入ってこないほどに集中していた。

 それでも、


「決めてください!!!! ルード君!!!!!!」


 ウィズの声だけは聞こえた。

 ルードは、一心に剣を振り下ろした。

 


 

「強く、なったじゃあないか、ルード君。


 僕に()()()、使わせるなんて」




 無数の死者の腕が地中から飛び出した。

 瞬く間にルードたちを絡め取り、締め付ける。

 もがけどもがけど拘束は緩まず、やがて二人は意識を失う。


 少年らが相対するのは史上最強の死霊魔術師。


 死者を蘇らせ、使役する。生と死の境界を横断する唯一の存在。


 神話の化物。


 どれだけ油断していようとも、まだまだ未熟な少年少女が届く存在では、ない。


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