表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/35

間話 剣

間話を投稿します。

間話としていますがほぼ本編です。


本日は午前中にも一話投稿しているのでご注意ください。

 まだ三歳のルードはその日、ぷかぷかと宙に浮かびながら雲の上に積み木を積み重ねていた。新しくもう一段積もうとしたところで部屋の扉が開く。びっくりして身体を震わせた拍子に塔が崩れてしまう。


「もうっ!」


 ルードが頬を膨らませると、手元に雲に乗った積み木がふわふわと流れてくる。


「もう一度だ。ルード」


 言うまでもないがルードに雲を操るなどという魔術は行使できない。それを為したのは同じく雲の上で胡座をかいている兄、ラルク・ブレイバーだ。


「ラルク坊っちゃま」

「何用だ。ゼス」


 ブレイバー家の執事が深々と礼をする。


「剣術の先生がお越しです」


「俺は今忙しい」


「暇そうに見えますが?」


「ルードが8段積みに挑戦しているところだ。

 俺は浮かせるのに忙しい」


「床でやれば良いのでは?」


「床が揺れた時に積み木が崩れるだろう。この家は騒がしい」


 あの手この手で剣術の教練を逃れようとするラルクだったが、ルードが自身をキラキラした目で見ていることに気づいてしまった。


「ねぇ、兄さま。見たい」


「む? 何をだ?」


「兄さまの剣術、見たい」




****************


「面倒くさいな……」


 屋敷の中庭でラルクがため息を吐く。

 実のところラルクが剣を使うのはこの日が初めてだった。


「君に剣術を教えるジュード・ソルフェローラです。

 よろしく。あ、その剣はあげるよ。練習用に持って来たんだ。安物だけどね」


「……ああ」


 もらった練習用の剣の柄を指で叩きながら、ダルそうな声でラルクが挨拶をする。それを聞いてジュードがにこりと笑った。


「うん。とっても嫌そうだ! 君のお父様から聞いていた通りだね。

 君はこう思ってるんだろう? 自分に剣は必要ないって」


 実際その通りだったが、わざわざ剣を教えに来ている相手にそれを言うのは流石のラルクにも憚られた。とはいえ嘘をついてやる気があると思われるのも業腹なので、無言で返す。


「まずはそこからだね。

 ()()()()()()()()()()


 剣術の師範が放つ突然の火の魔術。

 虚を突かれたラルクはほんの一瞬、反応が遅れた。

 ラルクの眼前で雷が炎弾を撃墜する。魔力がぶつかり合って生まれた蒸気がラルクの視界を奪う。


「はい、死んだ」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべながらジュードが宣言する。彼の剣の切先がラルクの首筋に突きつけられていた。僅かに触れた切先が、一滴、血を流した。


「……何のつもりだ」


 低い声でラルクが言う。同時に、ジュードの腹部を雷が貫き、悶絶した彼の首筋を宙に浮ぶ七本の雷のナイフが取り囲んだ。


「ゴホッ……! ちょちょちょっ! タ、タイム!」


 慌ててジュードが剣を捨てると、雷のナイフも消え……なかった。


「……消してくれない?」


 ゼェゼェと息をするジュードをラルクが睨む。


「何のつもりだと、そう聞いた」


「自分で考えな?」


 すぐに殺されてもおかしくない状況で、ジュードが言ったのはただそれだけだった。


 ピキっ、ラルクの額に青筋が浮かぶ。


「チッ、貴様が言いたいのは……先程は剣が使えれば防げたと、そう言うことだろう」


「そうそう!」


「…………一理ある。が、不愉快だ」


「……へ?」


 ジュードの身体が浮かび上がる。彼の身体を包むのは積み木遊びに使っていたのと同じ雷雲だ。


 パチン。ラルクが指を鳴らすと雷雲がジュードごと凄まじい速さで動き始める。

 ぐるぐるぐるぐる。大渦に呑まれた木の葉のように、何度も何度も回転する。


「〜〜〜〜っっっ!!!」




「おえっ、気持ち悪っ……」


 青ざめた顔で地面を転がるジュード。

 それを見て気分が晴れたような顔をしてラルクが言う。


「よし。剣の稽古を始めるとしよう」


「もうちょっと待って……水……」


 雲に乗って運ばれて来たカップからぐびぐびとジュードが水を飲む。そして、よしと立ちあがろうとするが目が回っていてフラフラしている。


 そんなジュードの首に剣を突きつけてラルクが笑う。


「はっ、死んだな」


****************


「おう、ジュード。どうだった、ラルクは」


「酷い目に遭いました。けど、やっぱり勇者ですね。

 この国であの子に剣で勝てるの、もう団長とあの子の親くらいじゃないですかね」


「あん? ジュード、負けたのか?」


「夕方には勝てなくなりました」


「おし! 外出ろ! 修行だ!

 次行く時までに勝てるようにするぞ!

 いいライバルできたじゃねぇか!!」


 それからジュードはアーガスにしごかれにしごかれ、次回訪問時にはラルクを倒せるまでになっていた。もっともその日の昼にはラルクが抜き返しているのだが。

 そんなことを何度も何度も繰り返し、ジュードとラルクの剣の腕は着実に成長していった。


 そしてジュードは騎士団の副団長にまで上り詰め、

 あの日を迎えた。


****************


「ここにいたか、アーガス・ドルチェ」


 目を瞑っていたアーガスが振り返ると、すぐ後ろにラルクが立っていた。両腕には山のように花束を抱えている。


「手伝おうか?」


「よい。自分でやる」


 彼らがいたのは、墓地だった。

 あの忌まわしい事件、ジュードたちが死んでから9年が経っていた。


 ラルクは花を一本一本、手で墓に並べていく。魔法で済ませることも出来たはずだが、そうはしなかった。一つの墓を終えるごとに手を合わせ、神に祈る。

 そして最後にアーガスが立っていた墓に花を置いた。


「アーガス・ドルチェ。強さとは、何だ」


「……分からねぇ」


「ジュード・ソルフェローラは強かった。正面から挑まれていれば奴は負けなかっただろう。

 だが、背後から部下に刺され、死んだ。

 奴の強さに、意味はあったのか?」


「……」


「分からぬか。俺も分からぬ。……だが、」


 ラルクは腰の剣を撫でた。ジュードにもらった練習用の剣。ラルクはそれをあの日から肌身離さず身につけていた。


「奴の強さはこの剣に継がれた。俺の力の一部は奴のものだ。

 俺はこの力を無駄にはせん。奴の力は、国を、民を守る礎となった。その点、奴の強さは無駄ではなかった」


「……そうか」


「だがいつか俺が倒れる日。その時は俺も次へと力を託そう。貴様もそうしろ、アーガス・ドルチェ」


「ああ」



 ラルクが目を瞑り、再度黙祷する。アーガスもそれに倣った。

 そして、しばらくしてからラルクが口を開いた。


「ルードが旅に出る。同行しろ、アーガス・ドルチェ」


「何でだ? 適当な高位冒険者でもつければいいだろ」


 またいつもの過保護か、と顔を顰めたアーガスだったが、続くラルクの言葉を聞いて顔色が変わった。


「聖女とドブロイ・ネクロマンシーが同行するらしい」


「……止めなくていいのか?」


 事件からの九年間、黒幕の特定までには至っていなかったが、ラルクとアーガスの調査により容疑者は十人ほどにまで絞られていた。そのうちの一人がドブロイだった。そのことは二人と王しか知らない。


「無理に介入すれば不信を生み、警戒される。聖女の保護を名目に貴様を送り込んで制御した方が良いと判断した」


 容疑者全員焼き殺せばいいという考えもあったが、黒幕以外は無実であることを考えるとその手は選べなかった。全員かなりの地位のある人物であり理由なく処断できないという問題もある。そんなことをすれば王への不信を招く。


「俺の仕事はドブロイの監視とルードたちの保護か」


「ああ。諜報部での経験もあり演技もできる貴様には適任だろう。必要であれば……貴様の判断で斬れ」


****************


 そして運命の日。


「こいつは……」


 樽に敷き詰められた無数の死者の指を見て絶句するアーガス。


「ドブロイ……やっぱりお前か……」


「ああ、見てしまったね」


 階段からゆっくりと、ドブロイが降りてくる。秘密が暴かれたというのに、実に楽しそうに笑いながら。


「ふむ。僕はルード君たちに知られたくない。君も彼らを巻き込みたくないだろう? もしここで闘るというなら僕は必ず彼らを巻き込むと約束するよ。

 それが嫌なら街の外へ出ようか。実はね、君に会わせたい子たちもいるんだ。クハハハハ!」


****************


「見たまえアーガス。君の部下たちだ」


 ドブロイが両手を広げて嗤う。彼の周りに立つのはかつての部下たち。獄中で狂死した事件の被害者たちだ。


「お前ら……死んだ筈じゃ……」


「僕の本領は死者の使役。どうだい、久しぶりに会えて嬉しいだろう? これで君は僕を許してくれるかな?」


「「「騎士団長! 誕生日、おめでとうございます!」」」


「あ、ああ……」


 在りし日の姿のまま、幸せな日の続きをするかのように紡がれた言葉。アーガスの目に涙が浮かぶ。



 一瞬の油断。




 ドスっ




 激痛。腹部に温かい何かが広がる。


 瞬時に悟る。


 刺された。


「ッッ!!」


 常人なら動けないような傷だが、気合いで抜刀。背後にいる何かに向かって振り向きざまにーー


「団長」


 それは、ジュードだった。


「ああ、こっそり生き返らせたんだ。イリーナには内緒だぜ?」


 心が揺れた。剣筋がぶれる。

 ガキンッ! ジュードとアーガスの剣がぶつかり、火花が散る。


「ドブロイッッッ!!! てめぇぇぇ!!!」


 何度も何度も剣が激突する。


「おいおい、すごいな。動ける傷じゃないと思うんだが。クハハハハ!」


 傷口が燃えるように痛む。それだけじゃない。何かを身体が蝕む感覚。これは呪いだ。


「ジュード君を殺した呪いと同じ奴だ。お揃いだね。というか、本当になんで動けるんだ?」


 身体のありとあらゆる感覚が狂っていく。悍ましいほどに強力な呪い。


「こんなものを俺の部下にッッ!!!」


 ジュードと幾度となく斬り結ぶ。これほどまでアーガスと斬り合えるのはジュードだけだ。


「お前の強さはッッ! こんなことのためじゃ、ないッッ!!」


 魂の叫び。終わらせねばならない。これ以上、誇りを、魂を、穢させるものか。


 大きく地面を踏み抜き、ジュードの剣を弾く。


 ジュードの剣が宙を舞い、地面に刺さった。


 絶対的な隙。


 愛する部下の目を真っ直ぐと見据えながら、アーガスは剣を振り抜いた。


 倒れるジュード。

 駆け寄りたい。が、先にするべきことがある。


 他にも部下が残っていた。






「手負いの獣が一番恐ろしいと言うが、全くもってその通りだな」


 全身に傷を負い、呪いに犯され、血まみれになりながらドブロイに剣を向けるアーガス。この時ばかりは悪辣な魔術師も笑ってはいなかった。



「まさか全員倒すとは、ね」



 彼の背後には二十の遺体。


 部下たちを天へと送りきった騎士団長は、


 燃えるような目で怨敵に剣を向け、その生涯の幕を閉じた。

いつも読んでいただきありがとうございます。


過去編は一旦ここまでです。


面白い! 続きが気になる! と思ってくださった方は、ブックマークやポイント、感想などをいただけるととっても嬉しいです。励みになります。


物語は折り返し地点を過ぎましたがもうしばらく続きます。それまで一日一話更新がんばりますので、引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ